水曜日だけのダウンタウン
上野世介
【トゥー・シック・オン・ザ・ミドルウェイ説】
ある日、俺は同級生の
「私がタイムリープしてるって言ったら笑う?」
浜田美咲は真っ先にその一言を俺に突きつけた。
近所の公園に来いという命令にロマンスを感じていたのは、間違いだったようだ。
浜田美咲は家が近く、幼稚園からずっと同じ道を進んできた間柄だ。とはいえ、幼馴染という言葉を使うことはない。仲は良くも悪くもないし、クラスが同じだったことは一度も無い。
「ど……え、どういうこと?」
俺は久しぶりに喋った。外に出るのも久しぶりだというのに、こんな寒風の中、ミステリーに巻き込まれるのは意外すぎた。
浜田美咲は可愛い。俺がワンチャンを望むほどに可憐で高潔で凛々しかった。学校で評判を聞くとか、彼氏がいる噂とか、俺はそういうポジションにいなかったので知らないが、ズバ抜けた存在だったのは確かだ。
そんな彼女の言葉を俺は信じそうになっていた。
「タイムリープ……って、え?」
「私はもう56回も過去に遡ってる。例えばほら、もう少しで犬の散歩中の小林さんが通る」
浜田美咲が指を差したほうを見ていると、5秒ほど経って、近所の小林さんが愛犬を連れて現れた。
「そこの滑り台に黒い野良猫が来る」
公園の滑り台の足元に黒猫が歩いてきた。
「枯れ葉が2枚、風に運ばれる」
俺と浜田美咲の間を枯れ葉が通り過ぎた。
「あなたは私と会うついでにクラスの寄せ書きを捨てようとしている」
俺は身震いした。俺の上着の内ポケットには、強引に折り曲げた寄せ書きの色紙が入っている。自宅のゴミ箱に捨てると親にバレるから。
ズバリ的中とか、そういうレベルじゃない。エスパーかメンタリストか、それとも本物の……。
「え……マジぃ……?」
俺は浜田美咲を信じた。
そこからの話は早かった。彼女は母親の自殺を食い止めるためにタイムリープを繰り返しており、時間が戻る原因は不明。とにかく母親の死体を見ると強制的に過去に戻るらしい。
確かに浜田美咲は母子家庭で、父親は失踪したという噂を聞いたことがある。しかし、彼女の家は二階建てで大きく、彼女自身も美しい見た目を保持している。経済的な苦悩は見当たらない。
「私にもわからない」
と浜田美咲は事あるごとに言っていた。
56回も時間溯行をしているわりに、有効な打開策は見つかっていないという。
ある平日、彼女の母親を尾行した。仕事は看護師で、通勤の際に車を使っていたので俺たちはバスで行った。母親が病院に入るところまで見届けたが、用事も無しに病院には入れないということで帰った。
帰る途中、「なんで俺に?」と尋ねると、浜田美咲は「あなたしか信用できない」と答えた。お決まりの答えで、曖昧でしかなかった。でも俺は嬉しかった。
次の日、買い物に行く彼女の母親を尾行した。最寄りのドラッグストアとスーパーを回り、母親は寄り道もせずに帰った。やることが無くなり、俺と彼女はクレープを食べてから公園で作戦会議をした。
また次の日、彼女の買い物に付き合った。家を監視するための小型カメラを買うという目的だったが、高校生には高すぎて買えず、普通に街をブラブラしていた。最終的に映画館で14時半から上映する知らない洋画を見て解散した。
ざっくり2週間ほどそんなことを繰り返した。
浜田美咲が電話で俺を呼び出し、なんとなく俺はついていく。その繰り返し。母親の自殺原因がわからないまま、俺たちの春休みは終わろうとしていた。
中学3年が始まる5日前、浜田美咲からの連絡は途絶えた。
俺は何の気なしに外に出て、浜田美咲の家の前に行った。別にストーカーとか、そういうつもりはない。ただ、連絡が来ないという異変が、今までの違和感を確認するためのキッカケになっただけだ。
朝の8時10分。浜田美咲の家は大きくて白いのでわかりやすい。
行ってみたらすぐにわかった。何も無かったから。車も自転車も、表札も無い。あったのは粗大ゴミに片足突っ込んだみたいな大量のゴミ。古着が多い。
引っ越しだろうか。それとも夜逃げか。
俺に知る
「水曜日は燃えるゴミの日だよ。日曜日と」
浜田美咲が後ろにいた。
「うわっ、ビックリした」
家の前にいることを気味悪がられていないか。そう思ったのもつかの間、彼女は微笑んだ。
「学校行こ」
「え?」
「部活もあんまやってないから、今日」
彼女は「ほら」と俺の手を引っ張り、中学校に連れていった。
徒歩15分。中学校は上り坂の先にあるため、引きこもりがちな俺には大変だったが、到着すると驚きが疲労を打ち消した。
こんなものだったか。ちっぽけな校舎だ。俺が原因を忘れるほどに恐れていた場所とは思えない。近所のコンビニよりも矮小に見えて、乾いた笑いがこみ上げてくる。
桜の花びらが頭に落ち、それを払う。
入学式の季節か。小6が生活を変えようとしているのに、俺は元に戻れていない。こんな中学校ごときに何を怯えているのだろう。
ふと浜田美咲に目をやると、彼女にも桜の花びらがついていた。彼女は髪についた数枚の花びらを指差し、こちらに笑いかけてくる。
「桜フラペチーノだ」
「何それ?」
「うーん、甘いやつ」
彼女は「ね」と呟く。何が「ね」なのか知らないが、俺は「な」と返した。
体育館から球をつく音が、2階から吹奏楽部の管楽器の音が響いてくる。彼らは何度、桜を見ただろう。俺は今年に入って初めてだ。でも視界に入るのは幹や花びらだけで、浜田美咲のついでだった。
これが浜田美咲との最後の思い出で最高の思い出。
その次の日から浜田美咲は本当にいなくなった。
ゴミも何も無い。すっからかんだ。タイムパラドックスか何かで消失したんじゃないか、とさえ思える。
自分から連絡する勇気が起きず、中学3年の初日、俺は決めた。やるかやらないかなんてことは、決めてしまえばどうでもよくなる。
俺は久しぶりに朝7時半に起きた。
朝食はとらず、起きてすぐに歯を磨く。顔を洗い、着替えをする。制服に袖を通すのが妙にむずむずしても、本懐を考えれば何てことない。
家を出て県道沿いの道を歩き、あとは坂を登るだけ。俺の通学路は信号機を渡る必要がなく、だいたい狙い通りの時間につく。
上履きに履き替え、廊下を踏みしめ、階段を登る。
「ふー……」
教室のドアが見えてきて、深呼吸をした。ドアは開いており、あとは進むしかない。
流れるように廊下から教室に入る。何人か見てきたが、すぐにいないもののように扱われた。故意に無視しているのではなく、ただの無関心。
席に荷物を置いた。机の中にいろんなプリントや冊子が詰まっている。
それらのことなど気にも止めず、隣の席の、俺が唯一話せるノッポの男子生徒に近づく。
「お、おはよう」
「お~、おはよう。めっちゃ久しぶりじゃん」
「うん、あはは……それでさ、俺がいなかったときのこと聞きたいんだけど……」
「おう」
「……浜田美咲って転校したの?」
「浜田?あー、2組の。転校したって言ってたような、多分ね。でも、なんか揉めたらしいよ」
「も、揉めた?」
「もらった寄せ書き捨てたんだって、その場で」
前の席にいた丸顔の男子生徒が半笑いで「え、それマジか」と体を向けてきた。
ノッポの男子生徒は「マジマジ」と話を続ける。
「なんかほら、有名だったじゃん。2年になってから急にぼっちになったって。しかも自分から」
「あ、ああ……そうなんだ。ありがと」
俺には遠い話だ。まったく別世界の事のよう。
転校したならタイムリープは解決したのか?もしかして並行世界とかそういうオチ?浜田美咲に直接問いたださない限り、答えは見えなさそうだ。
俺の浜田美咲を探す気持ちはまだ冷めていない。きっと冷めることはない。あの笑顔を忘れたくない。
席に戻る途中、クラスに入ってきた担任教師が声を飛ばしてくる。
「おっ、松本!来てくれたのか!先生嬉しいぞ!」
ああ、この担任が嫌いだったのを思い出した。
今は綺麗事ばかりを追い求め、理想事に真っ直ぐでいられるかもしれない。気持ちや信念がどんなことよりも優先されるかもしれない。だけど、それは時間の問題なんだ。そう、時間。時間はどうしたって過ぎていくものだ。
*
会社の正月休み中に、ある映画を見た。
実家暮らしなので遠出しないし、初日の出も寝顔の横を過ぎていった。
起きれば午前11時。映像配信のサブスクに入っていた俺は、何となく『あなたへのオススメ』の欄にあった映画をタップした。
その劇中で出てきたセリフの一つが俺は気になり、映画が終わるまでモヤモヤしていた。
『俺、未来から来たって言ったら笑う?』
うーん、聞いたことあるような……。
水曜日だけのダウンタウン 上野世介 @S2021KHT
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます