Chapter01 誤解

Data:2016/06/20

Time:08:20


〜小さな誤解は、やがて大きなものへと姿を変える。そう、それは「ロミオとジュリエット」のように、時として死を招くことすらある〜


とってもステキな空だ。薄灰色に染められた羊たちが日向ぼっこをしている空から、所々の切れ目からは光が漏れ、暖かく地上を照らす。その溢れた光の美しさからか、鳥たちは歌い、草木は踊る。


俺は、図書館へと向かっている。そう、本を読むためにだ。以前は読書は嫌いだったけど、今は好きになった。だって本は、次から次へと様々な世界へ俺を誘ってくれる。過去や未来、海外や異世界、どんなところにでも行ける。この平凡な日常から、解き放ってくれるんだ。

――とカッコつけてみたが実際は違う。俺が今恋している女性、詩音が俺に読書に楽しさを教えてくれたんだ。HR中に居眠りしていた俺は、勝手に図書委員に決められてしまった。後になってみれば、それが運命の出会いのきっかけだった。

俺の学校では委員会は、クラスから男女1人ずつ出すことになっている。そして図書委員に立候補していた女子は詩音だった。それからというもの、委員会の仕事の度に彼女は本の話をしてきた。最初はうざったく感じ、文句を言ったこともあった。それでも彼女はめげずに話してくるので、仕方なく、ものすごくオススメされた本を読むことにした。やはり読み始めた頃は辛かったがだんだん慣れていき、次第に次へ次へとページを捲る手が早まっていった。そして今では自ら本を手に取るほどにもなった。そう、彼女に本の世界へ誘われた俺はその世界へ引き込まれていった。でもそれだけじゃない、彼女に惹かれ、完全に恋をしてしまったのだ。彼女のチャームの魔法にでもかかったかのように……。

自分の発想の気持ち悪さに苦笑いしながら歩いていると、ふと、詩音から、おはよう、と声をかけられた。ランニングをしているらしい。俺はおはよう、頑張れよと言って手を振る。彼女は俺に手を振って応え、角を曲がった。お、そっちの方走ってるんだ、と思いながら、俺も図書館へ行くために角を曲がろうとすると、詩音が男に抱かれている姿が目に入った。

信じられない! 車通りも人通りも少ないとはしても道端だぜ? こんなとこで白昼堂々抱き合うかよ、普通。つーかなんであの男は俺の詩音を抱いてるんだ! 俺のがあいつよりかっこいいだろーが。それなのになんであんな奴なんかと。

あんな男のどこがいいのか気になる俺は、2人が去るまで見続けることにした。


「ごめんなさい!」

思わず私は謝る。いや、ほぼ完全に余所見をして曲がった私が悪いのだろう。そう思いながらよろめき、後ろに倒れ込んで後頭部をしたたかコンクリートに打ちつけるーーと思ったのだが、なぜか私の体は宙にある。もしかして魔女になったの⁈ と思ってみたが、そういうことではなかった。相手の人が私の体を受け止めてくれているらしい。

「大丈夫ですか」

相手の甘い声が耳をくすぐる。たぶん男性。それも声とか喋り方から考えれば青年だと思う。

「ひゃい!」

私は慌てて返事をしたせいか、うまく言えなかった。恥ずかしさで赤面しつつ、恐る恐る顔を上げる。そこにあったのは、くすくすと笑う外国人っぽい顔立ちのカッコいい青年だった。光が差し込んだ深海のように蒼く澄んだ切れ長な瞳に、筋の通った鼻。血色の良さそうな紅い唇は透明感があり、まるでルビーのようだ。顔のパーツは整っているが、どこか幼さを残している。引き締まってはいるが柔らかそうで微かに赤い頰や、栗色で優等生のような髪型と、その笑い方のせいか、若干中学生にも見えるくらいだ。

「あ、ごめんごめん、手を離すけどいいかい?」

正直私は、もっとこのままのが良かった。こんなモデルみたいな、いやもしかしたら実際にモデルかもしれない男子に、体を抱きかかえられてる。初対面だけど、やっぱり王子様みたいで憧れるし! とも言っていられないので、頷いて、彼を正面から見つめた。かっこいい、かっこよすぎる……!

付き合っている人がいるのにそんなことを思ってはいけない、そんな天使の声は、悪魔の声でかき消される。あとでお礼したいってことで、LINE交換しちゃえよ。そんな声にしたがって、彼に声を掛けてみる。

「あのっ、今日の午後にでもお礼したいんで、LINE交換してくれます?」

怪訝そうな顔をする彼。そりゃそうだ、急にぶつかってきた挙句、LINE交換を要求してくるなんて怖すぎる。もはや当たり屋でしょ、私!

しかし、彼の返事は快いものだった。

「うーん、いや、お礼とかはいいんだけど……。でも何かの縁かもしれないし、LINEくらいならいいよ」

この人、詐欺にあってないだろうか。そう心配しつつも、その純粋さのおかげで交換できるとなったことに感謝して、お礼と謝罪を告げると、私は再び走り始めた。

私のこの喜びの気持ちを、鳥たちが歌っていた。



明るい日差しが、徐々に広がってくる。僕の心の水面に癒しの石が投げ込まれてできた、波紋みたいに。

それにしても不思議な子だ。あの程度でお礼って言われても、むしろ申し訳ないほどだ。

「にしても、かわいい子だったなぁ」

思わず言ってしまい、辺りを見回す。こんなところ誰かに見られてたら恥ずかしすぎる! というか最悪通報される……。運のいいことに、辺りには誰もいなかった。

彼女に会っていなければ、最悪な日だった。そうだった、家に帰ろうとしてたけど、家出してきたんだった。どう考えてもあれは父さんが酷すぎる。あそこまで怒る必要はない、と僕は思う。ちょっと迷惑かもだけど、さっきの子に聞いてもらおうかな?

そう考えると、なんだか元気が湧いてきた! 僕は斜めにかけたバッグのベルトをギュッと握りしめ、駆け出した。



にしても何だったんだよ、あいつはよぉ。

この心のモヤモヤをどうにもできない俺は、何度も何度も考えを巡らす。もちろん答えが見つかるはずもなく、この気持ちは消えないままだ。そんな自問自答を繰り返しているうちに、図書館へ着いてしまった。

そうだ、今日は詩音に勧めたい本を借りにきたんだった。危うく忘れるところだった。

俺は、本を探し始めることにした。


Data:2016/10/16

Time:20:36

トーリーは目を覚ました。彼が寝ていたベッドの枕元に置かれた携帯で時間を確認する。画面には20:36と表示されていた。

トーリーは窓の外に目をやると、星々が輝く夜空に月が浮かんでいるのが見えた。月が綺麗ですね、と彼はポツリと呟く。寂しさと恥ずかしさが混ざったような表情を浮かべていた彼は、ふと思い出したようにカーテンを閉めると、ベッドへ潜った。

暗く、寂しい月は去り、窓からは幸せそうな太陽が光を流し込む。その部屋に詩音が遊びに来ていた。詩音はトーリーのベッドに腰掛けている。

「急にごめんね」そう言って詩音は、持ってきた飲み物を手渡す。太陽の光にも負けないほどの眩しい笑顔をしていた。

「いや、いいさ。僕もすることなくて退屈だったんだ」

トーリーも笑顔ではあったが、どこかぎこちない顔だった。そのことを詩音は見逃さなかった。

「何かあったの? 私でよければ話聞くけど」

「ううん、なんでもない……いや、なんでもないっていうか」

濁すように話すトーリーを詩音が問い詰めようとしたところで、詩音の携帯が鳴った。






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