第23話:残された僕、託された希望


「藤原さん!! いってぇ……」


 僕は、藤原さんを止めようと叫びながら起き上がった。それと同時に頭の後ろ側から鈍い痛みが走る。思わず頭の後ろを押さえてうずくまった。


「大輔、気が付いたのね……」


 僕はどれほど意識を失っていたのか。


 僕が起き上がったのは魔王城に向かう時、一泊した山中の道路の上だった。道路に沙夜の持ってきていた寝袋が敷かれていて、そこで僕は意識を失っていたらしい。

 僕が意識を取り戻した事に少しだけ笑みを浮かべている沙夜に声を掛ける。


「藤原さんは!」


 なかなか返答をしない沙夜にしびれを切らした僕は周囲を見渡す。

 僕らが魔王城の地下牢から連れ出した捕虜の人たちの中に藤原さんを探す。

 さっきより人数が減っている捕虜だった人たちの中には藤原さんの姿は見えなかった……。


「私ひとりじゃ、この人数を助け出すのが限界だったわ」


 沙夜は悲しそうな顔で僕に告げた。

 

「それよりも藤原さんは!!」


 僕の再度の問いかけに彼女は静かに一度だけ首を左右に振った。

 

 そんな馬鹿な……。嘘だろ。僕は信じないぞ。藤原さんは絶対に生きてる。

 僕は頭の痛みを無視してその場で立ち上がり、助け出された捕虜の人たちを順番に見ていく。モンスター研究者の近藤は居た。僕の顔を見るとそそくさとどこかへ行った。しかし、藤原さんは居ない。

 

 違う。違う! なんで居ないんだ!!


 藤原さんの奥さんらしき人が居たので声を掛ける。

 沙夜は僕の異常な様子に後ろで声を張り上げているが、そんなのは無視だ。


「あの」

「……はい」

「藤原さんの奥さんですよね? 藤原さんは?」

「……」


 しばらく無言で僕を見つめた幸子さんは、次第に目に涙をためて、目に収まりきらなくなると静かにしずくを流した。涙が顔に跡を残しながら落ちていく。幸子さんはゆっくり、自身にも言い聞かせる様に僕へ告げた。


「……あの人は、死んだわ。魔王の手にかかって」

「しん……だ……?」


 僕は全身の力が抜けてしまって、その場にへたり込みうつむいた。

 

 あの藤原さんが死んだ……?

 いつでもスケベな事しか考えていないエロジジイで、でも刀を持たせればモンスターを一刀両断にしていた藤原さんが……?


 茫然としている僕に幸代さんが優しく声を掛けてきた。うつむいた状態から顔を上げる。その顔には未だにしずくが流れ続けている。


「あの人はね、若者のあなたに希望を託したのよ」

「ぼくに……?」

「きっと、あなたなら魔王をいつの日か討って日本を平和にしてくれるって希望よ」

「……」


 僕が魔王を倒す?

 ここに来た時も魔王に遭遇したら逃げる事しか考えてなかった僕が?

 ここに来る前、僕が藤原さんに向かって言った、見殺しにしないっていう誓いすら破った僕が?

 馬鹿げてる。夢物語だ。どうして僕はここに来ようとする藤原さんを止められなかったんだろう。どうして……。


 僕が無言でうつむいていると、幸代さんは静かに離れていった。


 どうやら捕虜の人たちの休憩を終えて、再び歩き始めるみたいだ。今この時も捕虜を捕まえようと魔王の手下が僕らを追いかけてきているらしい。近くにいた捕虜の人が話しているのが聞こえた。


 沙夜がうつむいたまま動かない僕を心配して声を掛けてきた。


「大輔、行くわよ」

「……」


 反応しない僕にしびれを切らしたのか背中を思いっきり蹴飛ばされた。僕はアスファルトに顔面から飛び込む形になり、鼻から血が出たのか、鼻水がでたのかわからないが、何かが飛び出したのはわかった。

 

 背中をさすりながら、のろのろと蹴飛ばした本人の方へ振り返った。


「私だって悲しいわ! でもね、ここで追手が来るのを待ってても、あのエロジジイは喜ばないわよ!」


 沙夜の言う事はもっともだ。今は藤原さんの死を悲しむ時ではない。


「……ごめん」


 僕は乱暴に服の袖で鼻を拭って立ち上がった。


 幸い、帰り道でモンスターに出くわすというトラブルはなく。

 捕虜だった人たちを連れ、無事に来るときに通った自衛隊の様な人たちが警備している所まで戻ってきた。


 初の帰還者を見た自衛隊の様な格好のふたりは、僕らを見ると喜びの表情を浮かべたが、僕ら一行の暗い雰囲気に気がつくと、その表情を無表情に戻した。そして、僕らがここを行きで通った時と同じく、静かに敬礼をして通過する僕らを見送った。


 名古屋駅に着いて帰りの電車に揺られている。


 捕虜だった人たちは、ここまで来れば安心だと思ったのか、涙ながらに僕と沙夜に向かって「命の恩人だ」とか「英雄だ」などと言ってきた。僕はその言葉に返事をする気になれず、ただうつむいていた。


 電車が東京駅に到着した。


 捕虜だった人たちは再度、僕らにお礼を言うと、それぞれどこかへ行った。藤原さんの奥さんも知り合いの家へ行くとの事で駅前から去っていった。

 駅前には僕と沙夜だけになった。沙夜が僕に語り掛けてくる。


「もしかして、あの時一緒に戦っていればとか思ってるんじゃないでしょうね?」

「……少しだけ」

「馬鹿……」

「そうかも……」


 うつむく僕に目線を合わせる様に沙夜は近寄ってきて、下から僕を覗き込んだ。


「大輔、ちょっと、しゃがみなさい」

「……え?」

「いいから!」


 沙夜に強く言われた僕は渋々腰を落とした。すると、僕の頭を両手で掴む。頭突きでもかまされるのかな。

 僕はぼんやりとした思考でそんな事を考えていた。

 

 次の瞬間、僕の唇に柔らかいものが触れた。

 

「……っ!?」

 

 突然の出来事に頭がついていかない。

 数秒の間、何が起こったのか理解できずにいると、沙夜はゆっくりと顔を離していった。

 顔の離れた沙夜は頬を赤く染めている。そして僕から目線を反らしながら話し出した。


「なんて言葉かければいいのか、わからなかったから」

「う、うん……」

 

 沙夜が何を言っているかよく分からないけど、とりあえず相槌を打つ。

 

 沙夜は再び僕を見つめると口を開いた。

 

 ――私はあなたが好き。あなたが魔王を倒すって言うなら、私はあなたの側で支える。だから……。

 魔王を倒して。私たちのためにも。私たちを逃がすために命を張った藤原さんのためにも。


 彼女は真剣な目をして言い切ると、僕の返事を待っている。

 

 ……弱気な僕は今日で終わりだ。もう逃げない。

 

 僕は力強く沙夜に告げた。

 

 ――わかった。約束する。魔王は必ず倒す。

 

 その答えを聞いた沙夜は嬉しそうな顔で微笑んだ。

 


 ――――

 

 翌日、魔王は日本国内全土に声明を出した。


 日本には魔王の目に留まる強者が居なかった事。これから本格的に日本という国を自分のものにするための侵略を行う、という内容だった。


 僕は自分の不甲斐なさに歯噛みした。

 

 そして、声明の発表後、すぐに各地で建物地下から地上に進出してきたモンスターとビルメン、自衛隊などの戦闘が始まった。テレビは各地の戦闘を映し出し、一般市民に避難を繰り返し呼びかけている。

 

 事態は僕たちビルメンの手を離れ、日本全土で互いの存続を賭けた戦争へと発展したのだ。

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異世界日本でビルメン始めました。 ビルメンA @Risou_no_Ajitama

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