第22話:ベテランビルメンの覚悟
廊下を僕と沙夜で塞ぐように陣取り、これから来るだろうモンスターたちを待ち受ける。沙夜はこの状況を楽しんでいるみたいだ。顔は自信で満ち溢れていて笑顔すら浮かべている。
「大輔、どっちが多く倒せるか勝負よ!」
「えぇ……、どんなモンスターが来てるかもわからないのに?」
沙夜の余裕が僕にも移ったのか僕もこんな危機的状況でも、どうにかなるか。という安易な考えに落ち着いてモンスターを待つ。
まだ仕込み刀は抜かないでおこう。廊下はふたり並んで戦うには少し狭いので、誤って沙夜を切りつけてしまうかもしれない。
階段を下りてきた複数のモンスターの姿が見えた。
人型の骨格むきだしのモンスター、スケルトンとでも呼ぶのだろうか。スケルトンが階段を所狭しとぎゅうぎゅう詰めの状態で駆け下りてきた。スケルトンの姿が見えたのだろう。近くの牢屋から多くの男女の悲鳴が上がる。
おいおい、多すぎだろ。ていうか動く人型の骨とか怖い!
そう思った僕は少し後ずさりしてしまった。
スケルトンの群れはそれぞれ得意武器なのか獲物を持っていた。
剣や斧、盾を持っているものもいれば弓を手にしたスケルトンアーチャーの様なものまでいる。
そいつらが、僕らに向かって廊下を横並びになってゆっくりと迫ってくる。
ホラーが少しだけ苦手な僕を差し置いて、沙夜が迫り来るスケルトンに先制した。
彼女は腰まである黒髪を尾の様になびかせてスケルトンに駆け寄ると、小柄な体型を活かして前衛のスケルトンたちを掻い潜り、群れの中央で回し蹴りを放った。沙夜の回し蹴りを受けた多くの骨たちは、廊下の壁や牢屋の檻に強く叩きつけられて粉々に砕け散った。
群れの中に突如姿を現した沙夜に迎撃を行なってくるスケルトン。しかし、彼女は巧みに回避して、隙あらば殴る蹴るの暴行でスケルトンを黙らせていく。
僕も臆している場合ではない。
沙夜に背後から手にした剣を振り下ろそうとしているスケルトンに体当たりをぶちかまして、転倒させる。そして、両手で握った木刀状態の仕込み刀で、廊下左右に展開していたスケルトンの頭と体を繋ぐ首部分の骨を素早く薙ぎ払った。――人型の頭蓋骨が宙を舞う。
僕はその結果も見届けずに次の獲物へ木刀を下段に構えて飛び掛かる。下段からアゴを狙うように振った僕の木刀は狙い違わずヒットしてスケルトンの顔をかち上げ、スケルトンは体勢を大きく崩して廊下の壁に当たり、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
ここでやっと沙夜の背中が見えた。沙夜に僕の背中を預けて、襲い掛かってくるスケルトンに備える。
スケルトンは自分たちの群れの中央へ、わざわざ自ら囲まれに来た僕たち獲物に対して武器からガチャガチャと音を立てながら襲い掛かってくる。
回避をすると沙夜の背後にスケルトンの攻撃が当たってしまうので回避はできない。手にした木刀で受けてははじき返す。そしてスケルトンたちに隙があれば、こちらから斬りかかる。これを群れを倒しきるまでひたすら続けた。
沙夜が最後の1体にとどめを刺して、戦闘は終わりを迎えた。
何体のスケルトンを倒したか自分でも覚えていないほど大量なスケルトンの群れだった。僕は、息も絶え絶えだ。
「はぁ……はぁ……、なんとか終わった」
僕は背を預けていた彼女に向き直る。彼女は息ひとつ乱れていなかった。
「まぁ、スケルトンごとき何体来ようと余裕ね」
彼女はそう言って、自身のロングスカートについたホコリを払った。
骨まみれに様変わりした地下の廊下。
骨を踏み抜かないよう注意しながら、牢屋の檻越しに奥さんと会話している藤原さんに声を掛けた。
「沙夜が解錠魔法を使えるんで、試してみましょうよ」
「本当か!? すぐに試してみてくれ」
僕が声を掛けてこっちに顔を向けた藤原さんの顔には、自分の力不足を嘆いていたのか、涙の流れた跡があった。
藤原さんの言葉を聞いた沙夜は牢の檻の前まで進み出て、錠がかかっている場所に手をかざして目を閉じてブツブツと呪文を呟いた。
美少女の神聖な雰囲気に引き寄せられたのか、他の牢屋からも捕虜として捕らえられていた人間が彼女を見ようと顔を出していた。
しばらく牢屋の錠に手をかざしていた彼女は僕の方へ振り返る。
「多分開いたと思うわ」
彼女はそう言って、藤原さんの奥さんが閉じ込められていた牢屋の入り口の取っ手を廊下側に引いた。何の抵抗もなく牢屋の入り口が開いた。まほうスゴイ……。
「あなたっ!」
「幸子っ!」
牢屋から出た藤原さんの奥さん、幸子さんは藤原さんに抱き着いた。藤原さんも自身の奥さんと20年振りの再会に喜びを隠せないみたいだ。奥さんを愛おしそうに見つめながら涙している。
他の牢屋に捕えられている捕虜の人たちも、ここから逃げられると思ったのか声を上げ始めた。
再びモンスターの大群が来られては困るので、静かにさせて沙夜が順番に牢屋の鍵を解錠していった。捕虜の人たちは全部で100人ほどもいるだろうか。どれほど食料を与えられていなかったのか全員が痩せこけている。それに、年齢、性別関係なく捕えていたのか、年齢はバラバラだ。中には最近捕まったような子供の姿もあった。
藤原さんは再会を果たした自身の奥さんともう二度と離れたくないだろうと思った僕は、藤原さんに捕虜の人の誘導、護衛を任せ、ここ魔王城から脱出を行う事にした。僕と沙夜を先頭に牢屋から出した人々と下りてきた階段を上る。
大所帯となった僕らはモンスターに発見されやすいだろうし、走って逃げるとしても捕虜の人たちの体力が持つか心配だ。極力モンスターに見つからないように脱出しなければならない。慎重に耳をすませて元来た道を戻る。
階段を上り終わると、城内はさっきの喧騒が嘘の様に静まり返っている。僕は嫌な予感がした。隣にいる沙夜も同じように思ったのか顔をしかめている。足音すら響き渡りそうな静寂の城内に僕と沙夜は先んじて踏み込んだ。
「ようこそ! 魔王城へ!」
僕らの少し上から突然しわがれた男性の様な声が響いた。
この声には聞き覚えがある……この声は、この声の主は。
「我が魔王だ! 歓迎するぞ地上人よ!」
僕は反射的に声のした方向に視線を向ける。そこには、漆黒のマントを羽織り、頭には禍々しい牡鹿の様な角を2本生やした長身の男がいた。
その男は、右手に持った杖を床に打ち付け、左手を腰に当てて、こちらを見下ろしていた。
――――間違いない。自身を魔王と名乗っていた人物だ。そしてここまで、数々の挑戦者を亡き者にしたモンスターの親玉。
一瞬でも時間を稼いで僕も逃げなければ。
僕は即座に後ろで捕虜の護衛をしていた藤原さんに叫ぶ。
「藤原さん! 捕虜を連れて逃げて!」
しかし、藤原さんは僕の叫び声を聞こえなかったかの様に、後ろ髪をかきながら歩いて来て、僕の隣に並んだ。
そして静かに口を開く。ゆっくりとした口調で話し始めた。
「おいおい、来る前に言っただろ。大輔くん、お前が逃げるんだよ」
「えっ!?」
驚く僕に藤原さんは自身の手にした日本刀の峰(みね)部分で僕の後頭部をしたたかに打ち付けた。
視界が揺らぐ。意識が途切れそうだ。
床に倒れ込みそうな僕の視界が、最後に見た藤原さんは僕の耳元でささやいた。
「一緒に来てくれてありがとよ……思い残すことはねぇ」
藤原さんを止めなければ。止めなければ彼は……。
……そこで僕は意識が途絶えた。視界が真っ暗になり、音も聞こえなくなった。
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