第20話:おいやめろ!毒まんじゅうだ!


 モンスターの奇襲を受けることなく無事に山中の道路上で朝を迎えた僕たち。


 朝ごはんに携帯食を食べ、毛布などを背負い直して再び歩き始める。野営に慣れていないので、皆それほど疲れは取れていないようで、ふたりの顔には疲労の色が見えた。そういう僕も、疲れが完璧に取れたとは到底言いづらい。


 昨日よりやや重い足取りの僕らは、それでも今日中に目的地へ到着するため、半ば気力の力で前に進んでいた。

 

 そんな僕らの前方の道路上に人影が見えた。


 こんな場所に人が居るとしたら、魔王に挑もうとする強者か、人の姿を真似するモンスターの類だろう。藤原さんと沙夜は後者だと思ったらしく、警戒している。

 

 僕はそんなふたりを見ながら、道路上にポツンとこちらに背を向け立っている男性に声を掛けた。


「おはようございます」


 コミュニケーションの初歩は挨拶から、そんな事をどこかの本で読んだ覚えがあったので、とりあえず挨拶をしてみた。男性も声を掛けた事でこちらに気が付いたのか振り返る。男はこんな場所に似つかわしくない白衣を着ていた。


「あ、おはようございます」


 会話が通じるという事は人間だろう。そう考えた僕は、ある事を思い出していた。そういえば沙夜と対峙したダンジョンマスターも人語を話していた。目の前の男性を少しだけ警戒する。まだモンスターか人間かわからない。警戒の色を強めた僕に男性はおどけながら口を開いた。


「あははぁ~、そんな警戒しなくても僕は人間ですよーっと」

「証拠はあります?怪しすぎますけど」

「んー、何かあったかな」


 男性は自分の服のポケットやズボンのポケットを漁り始めた。しばらく漁り続けて、「あったあった」と言いながら僕に名刺を差し出してきた。

 そこには『モンスター研究所』近藤渉(こんどうわたる)と書かれていた。どうやらこの男性は研究員らしい。


「研究員という事はわかりましたけど、なぜここへ? 危ないですよ」

「いや~、何かこうピーンと来てね」

「はぁ……?」


 なるほど、わからない。


 頭が良い人は考えることも、言ってることもさっぱり理解できない。なぜなら僕は馬鹿だからQ.E.D(証明終わり)。

 僕は後ろに居るふたりにも彼の渡して来た名刺を見せた。名刺を見たふたりは驚いた顔をしている。有名人とかなのかな? 藤原さんが男性に詰め寄る。


「あんた、この名刺偽造じゃないだろうな。この名刺の通りならあんたがモンスター研究の権威って事になるぞ」

「世間ではそう呼ばれてますね」


 モンスター研究の権威だって? そんな人がなぜモンスターのうじゃうじゃ居るここにいるのか。その答えは彼自身の口から出た。


「いや~、実はすごい発見をしまして。でも研究所の誰も信じてくれなかったから、こうして現地で証拠を持ち帰ろうと、ここまで来たわけですよ」


 アクティブ系な研究者だった。僕のイメージだと研究者ってフラスコをフリフリして、その結果に一喜一憂しているインドア派なイメージだったけど彼はその真逆の性格らしい。


「それで? そのすごい発見ってなんなの?」


 沙夜の我慢が限界に達したらしく、近藤の話しの結論を聞きたいみたいだ。


「実はですね……」


 それから近藤は持論として、魔王が日本に居るモンスター、特にダンジョンマスターと呼ばれる人語を話すモンスターは、魔王が全て創造したものだと説明を始めた。後は理論とかの説明を一生懸命、目をキラキラさせながらしていたが、チンプンカンプンである。


「ふーん、つまり魔王を倒さない限りモンスターは減らないって事ね」

「そうです、お嬢さん。ご理解頂けた様で嬉しいです」


 沙夜が一言でまとめてくれた。この子やっぱり自称『エリート』だけあって頭も良いのね。そんな所も……。とか僕が恋する乙女をしていると、藤原さんが近藤に質問した。


「魔王を倒しても、ダンジョンマスターは個人でモンスターを作成できるのか?」

「んー……。それは、魔王を倒してみないとわかりませんね」

「ほー、じゃあ倒してみるか」


 ……おかしい。ここには藤原さんの奥さんを助けに来たはずだ。僕も一応仕込み刀の特訓()とかしたけど、魔王と戦っても勝てないから最低限、攻撃を凌いで逃げられればいいな(希望)って感じだったのに。なんとか軌道修正をしなくては。


「あ、あのー、藤原さん。まずは奥さんですよね? そこが今回の目的ですし」

「あぁもちろんだ。まずは幸子を救出する」

「じゃあ、このお話はここまでで。ご高説ありがとうございました教授」


 完璧な軌道修正に満足した僕は、そのまま道を先へ進もうと歩き出した。


「あー待って欲しい。私も一緒に行きますよ」

「……」


 こうして、もしかするとこの人のせいで魔王と真正面から戦うハメになりそうな地雷を旅の仲間に加えて魔王の居る魔王城へ向かった。


 山道を抜けると今回の目的地、大阪城改め、魔王城が見えてきた。


 魔王城は違法建築も甚だしい。城の1階部分より2階部分が突き出ているのが遠目で見てもわかった。きっと魔王の建築センスが皆無なんだろう。

 壁は一面真っ黒で屋根が真っ赤というのも、いかにも悪役がここに居ますって感じの建物だ。もしかすると魔王は、強さを求めるあまり、何かを見失っているのかもしれない。


 城が見えた事で藤原さんが殺気立った目をして呟く。


「いよいよだな……待ってろよ幸子」


 本当に奥さんの事を愛してるんだなぁ。まぁ僕も逆の立場なら同じ事をすると思うけど。僕がそんな事を考えていると、道路前方から犬の様なものが4匹ほど走ってくるのが見えた。


 野良犬だろうか? 近づくにつれてはっきりと見えた。

 犬にしては大きいし牙が鋭い、あれはもしかしてモンスター?

 僕の隣にいた沙夜が突然叫ぶ。


「フェンリルの群れよ!構えて」


 沙夜の叫び声で全員が気が付いたらしく、各々が構えた。僕は誰も見てないだろうという事で仕込み刀を最初から抜いておく。

 どのくらいの速さで迫っていたのか、刀を抜くと犬の様なモンスターは僕の目の前で口をあんぐりと開けて噛みつく寸前だった。


「このっ!」

 

 慌てて鞘を前に突き出し僕の腕の代わりに鞘を咬ませる。ガギっという音と沙夜がフェンリルと呼んだモンスターの体重が鞘を持った左腕にかかる。危うく鞘を落としそうになったが、腰を落としてなんとか持ちこたえ右手に握りこんだ刀を振るう。


 フェンリルは僕が刀を振るうと一度飛び退き、今度はこちらの様子をうかがい始めた。ふぅ……危なかった。鞘を見ると歯形がしっかりとついている。鉄より硬い鞘をここまで咬むなんて、咬みつかれたらひとたまりもない。でもやれる。今の僕ならやれるはずだ。……いつもの木刀じゃないしね。


 少し心の余裕を取り戻した僕は周りを素早く見渡した。沙夜は2匹のフェンリル相手に上手く立ち回っている。藤原さんも1対1で押し勝っている様に見えた。僕はそこまで確認すると。目の前でうなっているフェンリルに向き直る。


 もう一度咬みついてこい! その時がお前の最期だ。


 僕の願いが通じたのか、僕が攻めてこない事にしびれを切らしたフェンリルは、再び僕に飛び掛かってきた。


「さすがに同じ手は喰わない!」

 

 さっきと同じように鞘に咬みつかせて、左手方向に上手く力と体重を受け流しながら右手に握った刀を遠心力をのせてフェンリルの首元へ突き刺した。

 

 ギャウンッ!!  悲鳴をあげて地面へと倒れ込むフェンリル。立ち直る隙を与えず、倒れたフェンリルに馬乗りなって再度手にした刀を首へ突き刺した。とてもじゃないが前世の動物愛護団体にはお見せできない光景となったフェンリルは、そのまま息絶えた。


 僕は慌てて周りを見る。まだ戦闘しているなら仲間の加勢をしなければならない。その心配は杞憂だったみたいだ。沙夜は軽々2匹のフェンリルを瞬殺したようだし、藤原さんも僕が見た時にはフェンリルの首を一閃で落としていた。僕は仲間の無事を見てから鞘に刀を納めた。


「ふぅ、びっくりした」

「ほんとよね、まさかフェンリルの群れが来るなんて」

「ここからが本番って事だろうな。大輔くん、沙夜ちゃん死ぬなよ」


 藤原さんが自分の死亡フラグを建てたセリフの後で、そういえば一人忘れていた事に気が付いた。


「大丈夫です? 近藤さん」

「け、研究は好きだけど、せ、戦闘は無理みたいだ」


 近藤は必死に地面に身体を丸めて路傍の石役に努めていたみたいだ。僕が声を掛けた今も震えが止まらないようなので、手を貸して無理やり立たせた。

 魔王城は目と鼻の先なのに先が思いやられる。ここからはモンスターとの戦闘も増えるだろう。必然的に戦闘ができない近藤を守らなければならない事も増える。


 とっとと藤原さんの奥さんを見つけ出して帰りたい。そう思いながら道を進む。

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