第19話:いざ魔王の下へ


 藤原さんと約束した3週間がたった。


 ララに対して僕は今回の事を教えない事にした。言ったら絶対について来ようとするだろうし、馬鹿をして死ぬ人間は僕だけでいい。沙夜にも秘密にするようお願いした。沙夜はあまりいい顔をしていなかったが、なんとか納得してくれた。

 

 あれから所長の指導の下、僕は今日まで仕込み刀の抜刀と同時に会心スキルの発動という訓練を繰り返し行ってきた。しかし、成功率は5割程度だ。不安はあるが、これ以上時間は待ってくれない。


 この3週間の間に多くの人々が魔王に挑んだみたいで、テレビのニュースなどでは、毎日の様に死亡者の名前が羅列されたりテロップで流れたりしていた。しかし、どの挑戦者も魔王に傷ひとつ付ける事もできず、死を迎えたようだ。


 なぜなら、連日のように魔王が地上波を乗っ取り、その旨を報告していたから。魔王の眼鏡に適う猛者は今の所居ない事、このままでは人質は皆殺しにする事、魔王はここで待っているとご丁寧に自身の居場所までもを繰り返しこちらに向かって呼びかけ、敵意を煽ってきていた。その度に藤原さんの奥歯を噛みしめる音が聞こえてきていた。


 しかし藤原さんは、ひとり死地に飛び込む事をせずに僕の準備が整う3週間という期間をよく我慢してくれていた。僕と沙夜と藤原さんはそれぞれ準備を整えて防災センターに集合している。


 藤原さんが僕と沙夜の姿を見てから、一度無言でうなづいた。僕と沙夜もそれに無言でうなづき返す。


 僕らは魔王の支配する関西圏へ出発した。


 魔王が支配する関西圏へ行くには、途中まで、電車が走っている。と言っても、日本地図で言えば名古屋までしか走っていないので、そこからは基本的に徒歩で魔王の居る場所を目指すことになる。


 この物騒なご時世に、わざわざモンスターが近くに存在する名古屋行きの電車に乗る人も少ないのか、僕らの貸し切り状態で、がらんどうの電車に揺られて名古屋駅に到着する。ここまでの旅路は順調だ。ここからは徒歩での移動となる。


 駅から出ると、まるでゴーストタウンの様に活気も人も居ない。この辺りは魔王の侵略に抗う人類の最前線みたいで、たまに歩いている人の姿も見受けられるけど、誰もが足早に去って行く。


「さぁ、救出劇の始まりだ」


 藤原さんの静かな宣言と共に歩き出す。先頭は藤原さんで後ろに僕と沙夜が横並びで歩き始めた。

 

 ここが日本国民にとっての最後の砦だという、緊張感に包まれる。

 

 緊張を煽る静まり返った街並みをしばらく歩くと、前方に自衛隊の様な迷彩服を纏った人が通行禁止の看板が掲げられた道路の上で銃を肩に掛けた状態で立っていた。

 先頭を歩いていた藤原さんが、その人たちに声を掛けた。ふたり居た内のひとりがそれに応じる。


「よぉーこんにちはー」

「はい、こんにちは」

「ちょっと聞きたいんだけど、いいかい?」

「どうぞ」

 

 藤原さんの軽い感じの挨拶に、自衛隊の様な人は愛想よく答えている。

 

「この先に用があるんだが通ってもいいかね」


 藤原さんの発言を受けた迷彩服のふたりは、またか……という様な目つきをしてから、返事をした。


「構いませんが……やはり魔王討伐にいかれるのですか?」

「まぁ、そんな所だ」

「国の指示でそういった意思のある者は通すように言われていますが、ここから先に行って戻ってきた人間は今の所、居ません」

「ほぉ、じゃあ俺たち三人が初めての帰還者になるかもな」


 通行が可能だとわかった藤原さんは迷彩服の人の忠告を軽く流してズカズカと通行禁止の看板を跨いで、その先へ進む。僕と沙夜も無言でそれに続いた。

 

 さっき対応をしてくれた迷彩服の人とすれ違う際に会釈をする。迷彩服の人も僕らに会釈を返す。そして、通り過ぎてから後ろを振り返ると、迷彩服の人達が僕たちに向かって敬礼をしていた。

 

 おそらくあの人たちは、この先で死んでいった人たちを見送りながら今までここで警備を続けてくれていたのだろう。僕たちも同じように彼らに見送られて死ぬかもしれない。

 

 僕の緊張を悟られたのか前を歩いていた藤原さんが、親指を立てた拳を突き出してきた。僕も同じ様に親指を立てて返す。

 

 沙夜が不思議そうな顔をして僕らのやり取りを見ていたので、沙夜の頭の上に手を置いて撫でると、沙夜は笑顔で頬を赤く染めていた。

 

 そのまま道なりに進んでいくと、次第に民家を含め、建物が少なくなっていく。まるで、大きな生物に踏みつぶされ倒壊している家屋もあれば、巨大な何かが通った跡なのか地面が大きくえぐれていたり、木々がなぎ倒されている箇所などもあった。僕たちは警戒しながら歩みを進める。

 

 すると、目の前に大きなクレーターがあった。

 

 その直径は50メートル程だろうか。底が見えないくらい深く窪んでいて、まるで隕石でも落ちたかのようにそこだけポッカリと穴が空いていた。沙夜は、恐る恐るという感じでクレーターの縁に立ち中の様子を伺っていた。


 どれほど巨大な生物が居て、そいつがどういう事をしたらこのような事になるのか、僕には想像もできなかった。

 

 穴に落ちないよう気を付けて更に先へと進む。


 穴から1キロも歩いた所で、突然地面が大きく揺れた。

 

 僕と沙夜は何事かと周囲を見渡すと、前方から途轍もない速さでこちらへ向かってくる土煙を発見した。藤原さんは僕よりも早く反応していて既に戦闘態勢に入っている。

 

 徐々に近づいて来る土煙の中に、僕たちの倍はある体長5m程の二足歩行するトカゲの姿を視認できた。トカゲは、両手に鋭利な爪を携えていて、口元からは牙が覗き見えている。目は血走っていて、明らかに正気じゃない。

 

 あれはヤバい奴だ。

 直感的にそう思った。

 

 トカゲが、その巨体に見合わないスピードで一気に距離を詰めてきた。その動きは人間の比ではなく速い。一瞬で視界から消え去り、次の瞬間にはもう、すぐそこまで迫ってきている。

 

 しかし、それよりも速く動いた人物がひとり。藤原さんだ。


 藤原さんは、腰に差していた日本刀を抜き放ち、目にも留まらぬ速さでトカゲを袈裟斬りに切り伏せた。どうやったのか、藤原さんが納刀すると、トカゲの上半身と下半身はきれいに切り分けられていた。僕は目の前で何が起きたのか理解できずに呆然としていた。


「ただのエロジジイだと思ってたら、結構やるじゃない」

「あんまり褒めるなよ。ない胸揉みしだくぞ」

「…………」

 

 せっかく格好いいシーンだったのに台無しだった。その後、沙夜からひとしきりボコボコにされた藤原さんはよろよろとその場で立ち上がる。


「無駄な体力を使っちまったぜ」

「誰のせいよ」

「あはは……」


 僕は苦笑で軽く流した。

 

 「さぁ、行こう」

 

 僕たちは、再び歩き出した。

 民家も何もない山の中の道路を歩き続ける。

 そんな山の中でそろそろ日も暮れて辺りが暗くなってきた。


 魔王が自分から明かした居場所の大阪城まで名古屋から徒歩で1日以上かかるため、今日はここ山の中の道路で野営だ。交代で見張りをしながら眠ることにした。最初は僕が見張りだ。

 

 山の中は高度があるので夜は冷える。たき火の明かりで付近にいるかもしれないモンスターに近寄られるのを避けるため、火は使っていない。藤原さんは毛布に包まってすでに寝息を立てていた。僕の横で暖かそうな寝袋に入った沙夜が声を掛けてきた。眠れないのだろうか。


「ねぇ、だいすけ」

「ん?」

「上手くいくかな?」

「……不安?」


 僕が横の彼女にそう聞くと彼女は少しだけ考えてから口を開いた。


「ううん、だって私と大輔ならきっと大丈夫」

「何その根拠のない自信」


 僕は沙夜の言ったことがおかしくて笑ってしまった。沙夜も僕につられて笑う。しばらく笑い合うと沙夜は安心したのか、すやすや眠ってしまった。可愛らしい寝顔の彼女を一度見てから僕は交代の時間までひとり、片手に仕込み刀を持ってまんじりともせず道路に座って見張りを続けた。


 夜も更けてきた頃、藤原さんと見張りを交代する。

 

 交代の際に藤原さんから声を掛けられた。


「お熱いねぇ……。見ていたおじいちゃんの方が恥ずかしくなっちまったよ」

 

 藤原さんは狸寝入りでさっきの僕と沙夜のやり取りを聞いていたみたいだ。あまりの恥ずかしさに僕も顔が赤くなる。

 

「起きてたんですか!?」

「年を取ると眠りが浅くてなぁ……聞くつもりはなかったんだが」


 そう言って藤原さんはポケットから何かを取り出して僕に手渡してきた。下品な笑みを浮かべた藤原さんに嫌な予感がよぎる。


そういう時・・・・・は、俺の見えないところで頼むぞ」

「……」


 やはり、エロジジイだった。どうしてポケットにこんな物をいつも携帯しているんだ。僕は道路脇の森の彼方へ手渡された物を放り投げた。


「あ"あ"ぁぁ……!0.1の高い奴だったのに」


 藤原さんは僕が放り投げた物を視線で追い、ものすごく残念そうな顔でこちらに視線を戻した。知るか! もう寝よう。


「知りません! お休みなさい」


 僕は沙夜の隣で毛布に包まると体を横たえた。

 隣で眠る沙夜から女の子特有の甘い香りがしてきた。

 ここまでの行程の疲れもあり、そんな甘い香りを嗅ぎながらすぐに眠ってしまった。

 

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