第18話:死地へ向かう意味
武器屋から木刀型仕込み刀をただで譲ってもらった帰り道、僕は沙夜にもお礼を言う事にした。
「最初はどこに連れて行くんだと思ったけど、結果的に今までの武器なんか目じゃないくらいなものを貰えたよ、ありがとう」
「どういたしまして。あの武器屋って知る人ぞ知るお店だから、説明が難しいのよね。店主も変わってるし」
沙夜と楽しく話している内に防災センターまで戻ってきた。所長は長期の有休を取っていたはずだが、魔王の映像が流れた事で、居ても立っても居られなくなったのか、なぜか出勤してきていた。藤原さんと話し合いをしているみたいだ。
「ただいま戻りました」
僕は話し合いをしているふたりに声を掛けた。所長がここまでの話を藤原さんから聞いていた所らしい。所長が僕に真剣な顔を向けた。
「あーちょうど良かったよ山下くん。それで藤原くんと魔王の所に向かうって?」
「はい、そのつもりです」
「今、藤原くんにも言ってた最中なんだが、無謀な事はやめなさい」
てっきり所長の事だから、死なない程度に頑張ってきなさい、と軽く流して終わりだろうと思っていた。
しかし実際は、僕の目の前で真剣な顔をして僕らを引き留めようとしている。僕らの実力が足りないと言いたいんだろうか。それなら事実なので否定しようがない。
僕が所長になんと返事をするか迷っていると、藤原さんが割り込んできた。
「所長、俺は何も魔王と、まともに戦おうなんて思ってないぜ。要は魔王に捕らえられている人を助けたいって話だ」
「それはさっきも聞いたよ。でもね、地下のモンスターでさえ手こずっている、私たちの様なビルメンが、魔王と万が一戦う事になったら太刀打ちできない、できるわけがない。私はそう言ってるんだ」
「それでも俺はいくぞ。嫁の幸子が魔王に捕まっているとわかったんだ。それを止める権利は所長にはねぇ。仮に俺を止めようとしても無駄だ」
どうやら僕と沙夜が来るまでの間、所長と藤原さんの話し合いはここで平行線となっていたらしい。所長は僕に視線を向けて尋ねてきた。
「藤原くんのワケはわかったけど、山下くんはなぜ、わざわざ死にに行くような無茶な事を考えたんだい?」
「それは……」
藤原さんの力になりたいから。と自身の頭に浮かんだが、それだけでは理由としては弱いかもしれない。
僕はなぜ魔王を相手に戦おうとしているのか。
改めて考えてもさっぱりわからない。でも目の前で困っている人が居て、その人がお世話になっている人なら助けるのは人間として当然の事だろう。
所長の言う通り僕らはただのビルメンだ。僕に至っては戦った経験はここの地下でのものしかない。それも数か月という短い期間のだ。
それでも、それでも僕は――。
「僕は職場の仲間である、藤原さんが困っているのであれば、全身全霊を持って困っている事の解決に力を貸したい! 理由はそれだけです」
どれだけ考えてもこれ以外の理由は僕の中から出てこなかった。多分、僕みたいな人を世間では馬鹿というのだろう。でも、自分に嘘をつきたくなかった。例え馬鹿でも周りの人を幸せにする事くらいできるはずだ。
所長は僕の答えが不服だった様で、メガネの奥にある目を細めて睨みつけてきた。そしてため息をつく。僕はそんな所長を見て、自分の言葉足らずな部分に気付いた。
しまった……これじゃまるで僕が自己満足の為に魔王と戦いに行くみたいじゃないか……。僕は慌てて付け足した。
「あ、いえ、もちろん自分が死ぬかもしれないって事はわかっていますし、本当に危険な事だと理解しています」
所長は呆れた表情を浮かべたまま、今度は僕の隣にいる沙夜へ問いかけた。
「沙夜ちゃん、君はどう思う? このふたりの考えに賛同するかい?」
「私は大輔の意見を最大限に尊重するわ。確かに無謀な事かもしれないけど、何もやらずに後悔はしたくないもの。それに私、仮に魔王と遭遇しても、魔王くらい全然余裕よ」
沙夜は自信満々に所長へ言い切った。
所長は自分に同意する味方が居ない事を知ると、さっきよりも深くため息をついて、僕らを見る。
「これじゃあ私が悪者みたいじゃないか。わかったよ、好きにするといい。君たちの居ない間は応援業務に出していたビルメンを呼び戻して対処するよ」
「そうこなくっちゃな所長! 恩に着るぜ!」
藤原さんが所長の肩に手を置いた。所長は嫌そうな顔をしながらも少し嬉しそうだ。
「ただし! 危なくなったらすぐに逃げるんだよ」
「はい」
「了解」
「あと、山下くん。手に持ってる木刀、ただの木刀じゃないよね。その仕込み刀、私に見せてくれるかな」
所長は僕の持つ木刀を指差して言った。一度見ただけでわかるなんて、やはり所長も只者ではないのだろう。所長へ武器屋から頂いた仕込み刀を手渡した。すると、鞘から抜いて刃の部分を眺め始める。
「ふむ、これはいいものだね」
所長は感心しながら何度も角度を変えながら観察している。
「山下くんは、こういった暗器の様な武器を使った経験は?」
「ないです……残念ながら」
「はぁ……しょうがない。私も少しなら使えるから教えてあげるよ」
「えっ!?」
まさかいつも居眠りをしている所長が武器に精通している人だったとは知らなかった。しかし、今は驚いている場合ではない。せっかくのチャンスなんだ。少しでも技術を身につけなければ。僕は素直に頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
こうして僕は、明日から所長の下で仕込み刀を使った剣術を学ぶ事となった。所長は僕の返事を聞くと「私も同じ様な武器を探してくる」と言って部屋を出て行った。所長が出て行った後、藤原さんが僕に声をかけてきた。
「さっきはありがとうな。大輔君の気持ち嬉しかったぜ」
「いえ、僕は思った事を正直に口に出しただけですよ」
「いや、お前が言ってくれた事は俺にとってもありがたかったんだ。嫁の幸子を助ける為とは言え、俺は魔王の所にひとりで乗り込もうとしてたんだ。そりゃ、いくら俺でも怖くて仕方がない」
「僕だって今から怖くて仕方ないですよ」
藤原さんは急に真剣な顔つきで僕と隣の沙夜を見る。
「もしも、俺の嫁を助けに行って魔王と遭遇してしまったら、大輔君と沙夜ちゃんは逃げて欲しい。これは俺のわがままかもしれねぇが。若者には長生きして欲しいんだ。……こんな世の中だけどな」
いつも言葉遣いや言動も若い藤原さんだが、この時は年相応のおじいちゃんの様な面持ちで、自身の孫を愛おしく思う祖父の目で僕と沙夜を見ていた。
僕はそんな藤原さんの想いを聞いて、胸の奥が熱くなる感覚を覚えた。きっと藤原さんは今までにもビルメンの仕事で、自分より年下の新人が命を落とす場面に何度も遭遇してきたのだろう。僕は藤原さんの言葉に重みを感じた。
「約束はできませんけど、努力はします。でも藤原さんを見殺しにはしませんからね」
「あっはは! そんなの俺だって死にたくはねーよ」
僕の魔王が支配する関西圏へ向かうための特訓が始まった。
――――
翌日から、僕は所長の下で仕込み刀の基礎を教えてもらっていた。沙夜は暇なのか、僕と所長の稽古を眺めている。所長は傘のような仕込み刀を手にして、僕は昨日手に入れた木刀を手にしている。
「いいか山下くん。暗器というのは敵の意表を突かなければならない」
「はい」
所長はそう言って僕に傘を振り下ろしてくる。稽古のためにゆっくりとした早さなので、難なく手にした木刀で受ける。
「ふんっ!」
所長は僕が木刀で傘を受けることがわかると、傘の持ち手部分を横に強く引っ張り、内蔵されていた刀を引き抜きながら僕の首元へあてがった。
傘を受ける事に集中していた僕には、首元に刃先が当たるまで、早すぎて何も見えなかった。所長は僕の首元から刃先を離して再び傘の中に納刀して、僕へ話しかける。
「時間は限られているから、今私がやった動作を今日から出発の日までひたすらやってもらう」
「は、はい」
「君は会心のスキルを持っているんだったね。ならば抜刀と同時にスキルを発動させなさい」
「やってみます」
一度目を閉じる。大切なのは集中する事だ。
「いきます!」
僕は、所長のさっきの動きを真似して、まずは木刀で斬りかかる。所長は手にした傘でそれを受けようとしている。――ここだ!
僕は木刀に仕込まれた刀を引き抜き同時に会心スキルを発動させようとした。
「あれぇ……?」
こういう時ってカッコよく一発で決まるお約束じゃないの? 僕には難しかった。同時に2つの事を行うのは思ったより難しい。所長はそんな僕の姿に苦笑しながら声を掛けてきた。
「まぁ、最初からできる訳がないよ。何度もやりなさい」
「はい!」
こうして僕は魔王の下へ向かうその日まで仕込み刀の特訓をした。
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