第17話:無資格な僕の違法な武器


 僕の職場である都立病院から出て、街中まで前を歩く沙夜についてきた。


 沙夜は一体どこへ向かっているのか、僕が彼女に聞くと「お店よ」と一言だけ答えた。

 

 僕と沙夜は街中を黙々と進んでいく。


 沙夜は、大きなスーパーなどの店が立ち並ぶ、人通りの多いメイン道路を横切り、薄暗く人通りが全くない路地裏のような細い通路に入った。こんな場所にお店がある訳ない。仮に店があったとしても、後ろ暗い商売をしている店だけだろう。そう思った僕は沙夜に質問した。


「そろそろ僕をどこへ連れていくのか教えてもらえる?」

「もう少しで着くわ」


 沙夜は僕にそう言って前を歩いていき、2階建ての一軒の家の前で足を止めた。僕の目には路地裏で日当たりの悪い普通の一軒家にしか見えない。


「着いたわ。ここよ」


 彼女は一切のためらいもなく一軒家のドアを開け、玄関で靴を脱ぐ事もせず、土足で家の中へ上がり込んでいく。僕は彼女の行動に驚きながらも、彼女の行動をまねして、土足で家に上がった。


「なにこれ!?」


 家に上がった僕は驚き、声を上げた。


 まず最初に目に留まったのが、2階建ての室内を縦に貫くたくさんの棚だ。この家には2階は存在せず、1階から2階までの高さを貫く様に棚がいくつも据え付けられていた。その棚には所狭しと様々な武器、銃器が乱雑に収められている。

 

 僕が驚いて声も出せずに家の中をきょろきょろ見回していると、この家の家主らしき、タオルをラーメン屋店主の様に頭に巻いた男性が沙夜に声を掛けた。


「よぉ金島! 生きてたのか」

「お生憎様あいにくさま、残念ながら生きてたわ。あなたも変わりなさそうね、『武器屋』」

「当たり前だろ? 俺はここから滅多に外へ出ない」


 僕を差し置いて、沙夜と『武器屋』と呼んだ男性は挨拶を交わした。『武器屋』と呼ばれた男性は、沙夜の後ろにいる僕に気づいたみたいだ。


「んー? そっちの男の子はなんだ? 金島のこれか?」


 武器屋はそう言って沙夜に向かって意味深に自身の親指を立てた。沙夜は耳まで真っ赤になりながら、こくこくと縦に何度もうなづいた。沙夜の反応を見た彼は、僕に近づいてくると上から下まで僕を眺めた。男の顔を見て何が楽しいのか時折、ふむふむ言いながら僕は武器屋の視線を浴びた。


「ふーん金島も、お年頃ってやつだな」


 そう言って僕の前で口を大きく開けて大声で「がっははは!」と笑い始めた。僕は目の前で突然発生した大声に耳を塞ぐ。しばらく笑い続けて疲れた様子の武器屋は、僕に自己紹介してきた。


「ふぅ……笑った笑った。こんなどうしようもない世界で、主に武器を、時には打って、時には売っている『武器屋』だ。よろしくな」


 自己紹介を終えた武器屋は腕組みをして、僕の自己紹介を待っている。その姿は武器屋というより、やっぱりラーメン屋店長だ。


「初めまして、山下大輔といいます。都立病院のビルメンをしています」


 僕は無難な自己紹介を彼に返した。


「ビルメンか。獲物は何を使っている」


 武器の話になると急に目が鋭く、口調も変わる武器屋。僕はそんな彼にたじろぎながら、「木刀ですけど……」と質問に答えた。僕の答えを聞いた武器屋は目が点になる。


「おいおい、獲物が木刀って事は無資格の駆け出しビルメンじゃねーか。金島ぁ! なんでこいつをここに連れて来た」


 武器屋は睨みつけるように沙夜を見る。沙夜は睨みつけられているのを気にせず、彼に向かって答えた。


「あなたも今日の魔王の映像を見たでしょ? 私と大輔で魔王を倒しに行くのよ」


 武器屋は呆れた表情で僕と沙夜を交互に見てから、ため息をつく。


「はぁ……、あのな金島。お前が強いのは知っている。ダンジョンマスターを2体葬ったのも知っている。だが、あの魔王って奴だけはそれとは別格だ」

「そんなの、実際に戦ってみないとわからないわ。勝負は時の運だもの」

「それで? 普段、徒手空拳の金島が武器を欲しがるとは俺は思わない。つまり、この山下って男に武器を見繕えって事か?」

「えぇ、そうよ。ここなら1本くらいあるんじゃないの? 『脱法武器』ってやつが」


 沙夜の言った『脱法武器』という言葉に驚きを隠せない武器屋。


 武器屋は一言だけ「あるにはあるが……」と言いながら部屋の奥へ向かった。僕は沙夜の言った武器が、絶対にまともな武器ではない、と思いながら成り行きを見守ることにした。


 しばらく何をするでもなく沙夜と待っていると、武器屋は1振りの一見、いつも僕が地下で使っている木刀の様なものを持って戻ってきた。

 最初、僕みたいな無資格者には武器は売れないって意味なのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 武器屋は僕の前まで来ると、手にした木刀のようなものを僕に無言で手渡してくる。僕も無言でそれを受け取り、それを眺める。

 やはり武器屋は、僕の事を馬鹿にしているのか、何の変哲もない木刀のようだ。僕が何か一言でも悪態をついてやろうと思った矢先に、武器屋が話しかけてきた。


「なんだ? 何の変哲もない木刀だと思ったか? の部分をよく見ろ」

「え?」

 

 そう言われた僕は木刀の柄を観察する。薄っすらと切り込みが入っている。


 これが何か理解した僕は柄の部分を持ち、もう片方の手で木刀の先端部分を握って、鞘から刀を抜くような動作で一息に柄を高く持ち上げた。僕の目の前で木刀の姿が刀へと姿を変えた。

 

 仕込み刀だ。


 それに木刀の、この場合鞘に当たる部分も木製ではない。木よりも硬い質感が手を通して伝わってきた。まるで鉄を持っているみたいだ。僕は刀に魅入られた様に何度も刀の上から下を眺めていると武器屋が声を掛けてきた。


「その鞘も、もちろん木に見せかけているだけだ。実際は硬い甲殻を持つ昆虫の様なモンスターの素材を使っている。刀は普通の玉鋼だがな」

「これなら無資格の僕でも使えるって訳ですか?」

「刀は普段しまっておいて、いざって時に使う感じなら、いけるだろ」

「つまり、厳密には違法・・って事ですね」


 僕は違法とわかっても、なぜかこの仕込み刀を握った手を離せなかった。それは、刀の波紋が美しいからでも、仕込み刀がかっこいいからでもなく、無資格の僕が持てる唯一の武器だと思ったからだ。


 自ら死にに行く、というと自殺願望がいささか強いが、おそらく今までのモンスターとは一線を画す強さの魔王と戦うのだ。自分の身を守るための武器はいくつあっても困らないだろう。

 

「気に入ったみたいね。だいすけ」

「うん……。これは僕の手には余る業物かもしれないけど、少しでも足りない実力を武器で補わないとね」


 沙夜は武器屋に向き直り、「ここに来てよかったわ、ありがとう武器屋」そうお礼を言って店を出て行く。代金も支払わずに店を出てもいいのだろうか。僕が払えって事? 武器屋に代金を聞いてみる。


「武器屋さん。これおいくらなんですか?」

「金はいらねーよ。金島も俺がそう言うと思ってここに連れて来たんだろう」

「えっ!? ただでいいんですか?」


 仕込み刀をただで譲ってくれるという武器屋に声を張り上げてしまった僕。武器屋はそんな僕に視線を合わせて、「その代わり……」と言葉を続けた。


「山下大輔! お前が魔王を倒して日本を救ってこい! そしたら無料だ」

「はぁ?……」

「俺は、こんな風になった世界を変えたくて武器を打ち続けてるんだ。俺にはモンスターと戦う勇気も、スキルもないからな」


 武器屋はそう言って、僕が出て行くために店のドアを開けた。

 僕は彼とすれ違う様に店を出ようとする。

 すれ違う時に武器屋はぼそっと僕にだけ聞こえる声でささやいた。


「男だったら惚れた女のひとりくらい守ってやれ」


 僕は武器屋からの突然かけられた言葉に、こくんと肯定の意思を示して店を出た。

 

 沙夜は店から少し離れた位置で僕を待っていた。僕が出てくるのが遅かったので、少しだけ心配そうな顔をしている。僕が近づくと彼女が話しかけてきた。


「武器屋と何か話して来たの?」

「いや、別に……。さぁ戻ろう!」


 僕は武器屋から、さっき出る前に言われた言葉を考えながら、元来た道を沙夜と並んで戻っていた。僕の言葉足らずで沙夜とは、なし崩し的にこういう関係になってしまったが、僕は沙夜の事をどう思っているんだろう。


 好きか嫌いかで言えば、金島沙夜という女性の事は好きだ。


 それは彼女の優れた戦闘能力ももちろんだが、この子と居ると素の自分というものを出せる事に最近気づいたから。

 

 でも今はこの僕の気持ちを沙夜には伝えない。

 

 僕が彼女を守れるくらい強くなった時、改めて彼女に今の気持ちを伝えるのが一番いいだろう。


 僕はこれから彼女のために強くなる。


 僕の心の整理はついた。


 あとは魔王の元へ向かうその日まで例え付け焼刃でも鍛錬を行うのみだ。すぐに沙夜や藤原さんほど強くはなれないだろう。でも努力を止めなければ、いつかきっと追いつける日は来るはずだ。

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