第16話:「魔王」からの挑戦状
「スライム祭り」の一件で招いてしまった、金島沙夜との誤解は解けないまま、あれから2週間ほどが経った。沙夜は、すでに僕の彼女面で、ここ都立病院の防災センターに籍まで移して、常に僕と一緒に行動していた。
『エリートビルメン』としてダンジョンマスターと呼ばれる地下の管理者を倒して周っていた彼女の仕事はその後どうなったのか。それは僕にもわからない。まぁ有休とか使ってるのかもしれない。初対面の時みたいな、僕への苛烈な暴力を振るう事もなくなったので、そのメリットの為に誤解を解いていないまである。
都立病院の地下はスライム祭りを終えた今、ダンジョンマスター不在の影響か、地下にはモンスターも皆無となっていた。最近では、地上階の機械点検がメインの仕事になってきていて、地下へ降りるのは週に一度、地下の各階層を目視でモンスターの有無を確認するだけの簡単な作業になっている。
ここに勤めてから何度も命の危機を感じていた僕としては、今のまま平和な日常が過ごせればいいな。そういう風に考えていた。
地上階の点検が終わると、何か異常が発生するまでは防災センターで待機、という名の休憩時間だ。所長は仕事が暇になったので長期休暇中に入っていた。その日も点検を終えた僕と沙夜、そして藤原さんと、くだらない話をしながら、テレビをつけて談笑していた。
テレビはお昼のニュース番組が流れていて、各地の天気予報や、その日起こった事件などが流れていた。モンスターが出現する様になってから、しばらく時間がたったこの世界でも、人間による犯罪は消えないらしい。窃盗容疑で警察に逮捕された、ヒョウ柄の皮膚をしている亜人種の犯人の顔がでかでかとテレビに映し出されていた。
そんな、ニュース番組の途中で突然テレビが消えた。
「何事だ!? せっかく可愛いニュースのねーちゃん見てたのによぉ」
「なんでしょうね? 放送機器の故障とかですかね?」
「ねぇねぇ、だいすけ。今日の私の服どう? 似合ってるかな?」
突然の事に三者三様の反応、1名ほど状況が理解できていない人がいる様な気もするが、気にしたら負けだ。何も映らなくなって真っ黒なテレビ画面。すると、何らかの故障が直ったのか画面に映像が映し出される。
テレビ画面の映像は、さっきまでのニュース番組のものではなく、どこか別の場所の映像みたいだ。
真っ暗な部屋に薄っすらと人影が立っているのが見えた。僕は、テレビのどっきり企画とかなのかな? そう思ってぼんやりとテレビ画面を眺める。僕と藤原さん、テレビの異常事態にやっと気が付いた様子の沙夜も、テレビ画面を呆然とした様子で見つめた。
そんな三人が見つめる中、真っ暗な部屋に突然スポットライトが当てられて人影だった人物が照らされた。
僕はその人物が同じ人間ではない事が一目でわかった。
テレビに映っているのが男性か女性かはわからないが、その人物には僕ら人間には生えていない牡鹿の様な立派な角が2本生えていたからだ。テレビ画面に映し出された異様な人物は話し始めた。しわがれた男性の様な声だ。
「こんにちは、地上人の皆さん。
今テレビ画面のこいつは何て言った? 僕は藤原さんと沙夜の顔色をうかがった。ふたりとも真っ青な顔をして目線がテレビに釘付けとなっている。僕がふたりの顔色を見ている間にも、テレビ画面の人物、魔王は話を続けた。
「我は強者との戦いに飢えている。関西圏を我が手中に収めて早40年ほどたった。しかし、お前ら腰抜け地上人どもは誰ひとり、魔王である我に挑もうとしない」
テレビ画面の魔王はそこで一度言葉を切った。そして恐ろしい形相となり本性を見せた。
「我が怖いか? 虫けらども」
いったい何が起こっているんだ。僕はテレビのリモコンを持ち、ふたりに無断でチャンネルを回した。どの局も同じ映像が流れている。無断でテレビ番組を回している僕への抗議の声はあがらず、ふたりは目を見開いたまま画面を眺め続けている。ふたりの額には冷や汗なのか汗が噴き出ていた。画面に映し出された魔王は、なおも話を続けた。
「貴様ら虫けらに対し、寛大な魔王である我は、我を討伐するチャンスを貴様ら虫けらにやろうと思う。おいっ!」
魔王の呼びかけに応じた側近らしき、ひと目で屈強だとわかるモンスター2体が、胴を麻縄の様なもので縛り付けた人間。複数人の男女を連れてくるのが画面に映った。それまでテレビ画面を食い入るように見つめていた藤原さんが突然、腰かけていた椅子を蹴り倒して立ち上がり、叫び声をあげながらテレビ画面に近づいた。テレビに覆いかぶさる様な姿勢で画面をまじまじと見ているみたいだ。後ろの僕らは画面が見えない。
「……幸子! 幸子! やっぱり生きてたんだな」
「藤原さん、そこに立たれると僕たちが、見えないんで下がってもらえます? あと、幸子って誰です?」
「……邪魔よ」
僕と沙夜の非難を受けて冷静になった藤原さん。自身で蹴り飛ばした椅子を元に戻して力なく椅子へ座り込んだ。藤原さんの口から、さっき僕のした質問の答えが出る。
「幸子は俺の奥さんだ。関西圏が突如、魔王に支配された時。生き別れとなって今日まで生きているのか、死んでいるのか、それさえわからなかった……生きててくれたんだな。」
「そんな事が……」
僕は藤原さんの独白に返す言葉が見つからなかった。暗い表情になった僕を元気づけるように藤原さんは話を続けた。
「……別に珍しい事じゃねーんだ。世の中には俺みたいな奴は、ごまんと居る。俺は自身の腕を磨き、新たなスキルを身に着け、いつの日か俺の奥さんを関西圏へ探しに行く。俺は、そのためにモンスターとの戦闘でスキルと自身の腕を磨ける、ビルメンの仕事をしてきたんだ」
藤原さんの話を聞いて静まり返る防災センター内にテレビ画面の魔王の声が響く。
「いいか脆弱な地上人ども、猶予は1ヵ月だ。我に挑まんとする猛者よ。我をあまり暇にさせる様な事態となれば……人質は皆こうなる」
魔王は視線を捕虜の様に縛り付けられた人間に向け、片手で頭を鷲掴みにして軽々と持ち上げた。
鷲掴みにされた男性は縛られた状態で宙づりになった足をジタバタしながら悲鳴をあげて必死にもがいている。
比較するものがなかったので魔王がどれほどの大きさなのか、僕はここまで理解していなかった。
画面の中で鷲掴みで宙づりにされている男性と比較すると魔王の身の丈は3m以上はありそうだ。僕はその事実を知って固まった。地下で戦った熊のように大きなモンスターよりも大きい。
画面の中で男性がひと際高い悲鳴をあげる。耳に突き刺さるような高音の悲鳴だ。そして魔王に鷲掴みにされていた頭部が、トマトがつぶれた様に真っ赤な飛沫を辺りに散らして砕け散った。魔王は自身が今した事をなんとも思っていない様な顔で僕らの方に視線を戻した。
「理解したか? 腕に自信のある猛者、人質を救おうとする勇者、力の差のわからぬ愚者。何人でもいい、全て我が相手をしてやろう。ただし」
そこでカメラアングルが変わり、空を映す。
遠くに米粒ほどの鳥みたいな生物が何匹も飛んでいた。
カメラが鳥の様な生物をズームしていく。
その生物を今まで実際に見たことがない僕でもすぐにわかった。
ドラゴンだ。様々な色のドラゴンが空を飛んでいた。
「空からの奇襲はなしだ。興がそがれる。我は正々堂々と命を賭した戦いを望む。いいか、猶予は1か月だ。挑んできた者がいれば再び放送してやろう。ではな……虫けらども」
魔王がそれだけ言うと、テレビ画面は再び真っ黒な状態に戻った。しばらくして、唖然とした表情のニュースキャスターが画面に映る。スタッフが一瞬だけ映り込み、彼女に原稿を渡した。ニュースキャスターの彼女は、たった今入った重大ニュースを読み上げ始めた。
僕はそこで、リモコンを操作してテレビを消した。
僕以外の人も、今魔王が話した内容を反芻(はんすう)しているのか部屋は静まり返る。
そんな静まり返った防災センター内で、藤原さんが椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうとしている。僕は慌てて藤原さんに声を掛けた。
「藤原さん!まさか魔王と戦おうとか思ってるんですか!? あいつがどれほど強いのかもわからないのに! 見たでしょうさっきの力! 僕らみたいな一般のビルメンじゃ敵わない事くらい藤原さんも理解できたでしょ!?」
僕の言葉を聞いた藤原さんは、僕の方へ勢いよく振り返った。その顔は目が血走っており、隠しきれない憎悪がにじみ出ていた。
「うるせぇ!! 勝つとか負けるとかそういう問題じゃねーんだ! 俺の大切な嫁が捕らえられて生きているとわかった今。俺は誰が止めようと魔王と戦いに行く!」
藤原さんは、覚悟を決めた男の表情と声で僕にそう言って、なおも部屋から出ていこうとする。
おそらく藤原さん自身も、魔王と自分の力量の差はわかっているはずだ。
なのになぜ……。
このまま藤原さんを魔王の待っている場所まで行かせたら彼は間違いなく死ぬ。それも跡形もチリすらも残らないかもしれない。僕には魔王が、それくらい強大な力を持っている様に見えた。今のままの僕が魔王の前に立てば1秒すら戦う事もできないだろう。
どうやったら藤原さんを止められる。
僕は背を向け部屋を出ていく藤原さんに叫んだ。
「僕も! 僕も一緒にいきます!!」
驚いた顔をして藤原さんは僕へ振り返った。
「大輔くん……おまえ……」
「ただし、今の僕と藤原さんではどれだけ力を合わせても到底敵わないでしょう。なので3週間。3週間だけ僕に時間を下さい!」
僕は驚いた顔をしている藤原さんの目を真剣に見つめて、それだけ言った。
「あら、大輔が行くなら私も行くわよ。だって私は……大輔の彼女だしね!」
「うわっ! いきなり後ろから飛びつかないでよ沙夜。びっくりするから」
「お前たち……」
目に涙を溜めた藤原さんは床に膝をついて、うつむいた。
「俺だって、あの魔王に勝てるとは正直、思っていなかった。でもお前らが一緒に来てくれるなら希望がありそうだ。ありがとう、ふたりとも」
それから、魔王を討伐するためにどういう事が必要となるのか。僕たちは3人で話し合いを始めた。結論は、僕と藤原さんの実力向上。僕、個人に関して言えば、もっと強い武器が必要だろうという他ふたりからの意見が出た。
全く持ってその通りだ。どこの世界に魔王をヒノキの棒で倒す人間がいるだろうか。しかし、僕は無資格ビルメンなのだ。どうしたものか、僕が悩んでいると沙夜が声を掛けてくる。その顔は真剣なもので、デレデレな彼女モードではなく、命を賭けた戦いに身を置いている人間の顔をしていた。
「だいすけ、あなたの武器を探しに行くわ。私についてきなさい」
僕は彼女に連れられて防災センターから出た。
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