第15話:梅雨時期の悪夢 その3(終)


 突如、防災センターに襲来した自称『エリートビルメン』の金島沙夜に誤った日本語の使用方法で告白まがいをしてしまった翌日。


 僕は藤原さん宅の客用布団で起床してから昨日、自身がやらかした数々の失敗を思い出して布団にくるまって震えていた。


「な……なんて事をしてしまったんだ」


 とにかく、まずは昨晩、僕の振舞った晩御飯を食べた事で、泡を吹いて失神してしまった藤原さんの安否確認からだ。僕はおそるおそる藤原さんを横たえた布団に近づいた。

 良かった、息はしているみたいだ。ただ悪夢でも見ているのか、「目玉焼きは青くない、目玉焼きは青くない」と寝言を繰り返している。確かに昨晩、僕の作った目玉焼きは青かった、なぜだろう。さっぱり理由がわからない。

 ……もしかして、これも何かのスキルなのか!などと考えながらも藤原さんが生きていた事に安堵した。しかし、ぎっくり腰なので今日はお休みだろう。ゆっくりと体を休めて欲しい。


 次に考えなければならないのは、金島沙夜の事だ。なぜ僕は昨日の内に誤解を解いておかなかったのか。大変悔やまれる。朝ごはんを食べにララの部屋に行こうかとも思った。しかし、ララの部屋に泊まっているであろう彼女と、顔を合わせるのも、なんだか昨日の事を思い出して甘酸っぱい気持ちになってしまう気がして今日はそのまま防災センターへ出勤した。


「おはようございます所長、梅雨らしい生憎の天気ですね」

「あぁ、おはよう山下くん。今日もスライム祭り頑張ってね」


 いつもの椅子に腰かけて少し前に起きたような声で嫌味な事を言ってくる所長。この人いつ自宅に帰ってるんだ本当。所長と朝のルーティンのセンサーのエラーチェックをしていると、金島沙夜が防災センターに入ってきた。

 夜型人間っぽいから朝来てくれるか、少し心配してたので、そこは安心した。彼女がスライム祭りに参加してくれないと、もれなく僕の腰が死ぬ。彼女は僕と目が合うと露骨に反らして、顔を赤くしている。


 所長にもこのラブコメチックな雰囲気に気づかれたのか「後は若いふたりに任せますね」と変な気を利かせて部屋から出て行った。所長はそういう所に気を使う暇があるなら、もっと気を使う所があると思う。僕の腰の心配とか、藤原さんの腰の心配とかだ。腰しか気にしてないな?

 

 部屋の中でふたりきりになるとなんか気まずい。


 何?この青春の初恋みたいな雰囲気?しかも相手は見た目小学生だぞ?いいのか僕。僕の中の紳士は現在寝ていた。とりあえず今日も1日中、地下2階層で彼女とスライム狩りだ。


「じゃあ地下へ行こうか」

「……うん」


 何?この子可愛いじゃないの。僕の心の中のお母さんも大絶賛だ。顔を真っ赤にした沙夜を引き連れて地下2階層へ向かう。道中も気まずい雰囲気のままだ。

 昨日何度も見た地下2階層のグラウンドと、昨日より少し目減りしたスライムが僕らを出迎えた。このスライムってどこから湧いてるんだろうね?沙夜に聞いてみる。


「沙夜、スライムってどこから湧いてるの?ダンジョンマスターっぽいの倒したから、ここって誰も管理してないんだよね?」


 沙夜は僕が声を掛けると、飛び上がり僕のあごに向かって頭突きしてきた。慌てて躱す。当たったらただでは済まないほどの勢いの頭突きだった。僕の頬をかすめた風がその威力を物語っていた。華麗に着地した彼女は突然話し始めた。


「ひゃ、はい。スライムは梅雨時期の雨に含まれる魔王の魔力から生成されるらしいので、デ、デェジョンジョンマスターの有無は関係ありません!」

「へぇーそうなんだ。んじゃ、今日もバリバリ狩ろう!」

「ひゃい!」


 対応に困った僕は、彼女がカミカミで話しているのを放置して、さっそく今日もスライム祭りの開催を告げた。昨日よりも心なしかお互いに距離をとって、それぞれスライムを狩る。デェジョンマスターって強そうだね。


 昨日は30分ほどで袋一杯になったスライム狩りも、今日は彼女の動きがぎこちないのもあって、かなりの時間が掛かっていた。ていうか、昨日かなりの数狩ったし、今日も狩る必要ある?そんな事を考えながらでも僕は手にした木刀で、意識せずにスライムを葬っていく。


 そろそろ僕のスライム袋も一杯になりそうだ。そんな時に沙夜がか細い声でこちらに呼びかけてきた。近寄って話を聞く。


「だ、だいすけ。ちょっと来て」

「はい、どうしたの?」

「この袋、沙夜重くて持てなーい」

「は、」

 

 は?今そんなの求めてないです。と自身の口から思った事が出てしまう直前に、先ほど起床した僕の中の紳士がストップをかけた。


 どうしろっていうんだ紳士。この子は重い袋を軽々持てるスキルがあるはずなんだぞ。そのために地下へ一緒に来てもらってるんだが?僕の中の紳士は、僕がここまで言っても首を縦に振らない。


「は、ははは。面白い事言うね沙夜。どれ、僕が持とうか……あはは」

「わーありがとう大輔」


 結局僕が満載の袋2個を担いで地上まで向かった。袋1個を運ぶ時間の倍の時間をかける様は牛歩という言葉が似合うものだっただろう。なにより僕の腰への負担が2倍だ。いや、もしかすると5倍くらい負担が増えたかもしれない。


 全身汗だくで、昨日も来た薬品精製科に到着した。ここまでの道のり、僕がどれだけ苦しそうな顔をしていても、「がんばれーがんばれー」と謎の応援しかしてこなかった沙夜に殺意が沸いてきていた。これで満足か?僕の中の紳士。紳士は満面の笑みと拍手で僕をたたえている。大満足らしい。


 結局その日僕は、地下でスライムを狩って、スライム袋をふたり分地上まで運ぶという作業を定時まで繰り返した。人間ってやればできるもんだな。心なしか達成感まである。沙夜の力もあって、地下のスライムはほぼ狩り終わった。


 今日の仕事を終えて、防災センターに戻る。所長がホクホク顔で僕らに向かってきた。


「山下くんと金島さん、君たちの活躍のおかげで無事祭りも大盛況のまま終わったよ。これは少ないけど病院の皆さんからのボーナスだ」


 そう言って、僕と沙夜に分厚い茶封筒を手渡してくる。結構な額が入っている様に見える。失礼だとは思ったが、所長の目の前で中身を確認した。給料の3か月分はあるぞ!間違いじゃないだろうか。


「こんなにもらっていいんですか?」

「あぁいいのいいの。大変だったでしょ?スライム祭り来年もよろしくね」

「は、はぁ」


 僕と所長のやり取りが終わると、沙夜も所長からもらっていた茶封筒をこちらに差し出してくる。


「だいすけにあげる……」


 ホストに稼ぎを貢ぐホステスかなんかかな?お父さんは許しませんよ。僕の中で謎の人物が誕生した瞬間だった。


「いや、それは沙夜がもらったお金だから沙夜の好きに使いなよ」

「わかった。そうする」


 これまでの彼女は何だったんだ。恋はここまで女性を変えるのか。中身誰かと入れ替わってる説も考慮しなければならない。そんなレベルの変化を遂げた彼女を少し怖いものを見るような目で見てしまった。


 「あぶく銭は身につかない」という言葉の通り、かなりの額をもらったはずの僕の異世界初ボーナス。その行方は、この後スライム祭り休暇と称して与えられた3日間の休日で、彼女の服やアクセサリーに丸ごと消え去った。


 この子、ここに住むつもりなのかしら?

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