第14話:梅雨時期の悪夢 その2


 それから金島沙夜は、僕の昼休憩が終わるギリギリまで僕を部屋から追い出してデートの準備を整えた。しかし、彼女のスキルによるものだろう怪力は今回ばかりはありがたい。これくらいは目をつむろう。


「お待たせ」

「うわ、可愛い。似合ってるよ」

「そう? ありがとう」


 ララの部屋から出てきた沙夜は服装が変わっていた。さっきまでパジャマ姿だったのに、今は道を歩けば芸能事務所からスカウトを受けるほどお洒落だ。僕は上から下まで彼女を見る。肩が少しだけ出るデザインの黒のワンピーススカートで、見えている鎖骨がなんともセクシーだ。そして片手に腕を通して小さなハンドバックを持って部屋から出てきた。


 しかし、残念ながらこれから沙夜が持つのは、そんな小さなハンドバックではなくスライム満載の大きな白い袋だ。僕はウキウキ気分の彼女と連れ立って地下2階へ向かう。


「どこにエスコートしてくれるの?」


 僕は地下までの道中、彼女がする質問の答えに困ってしまう。なんと返答するのが正解だろうか。まぁいいか。そのまま答えよう。


「地下とは思えないほど見通しがいいんだ。そこに君をエスコートするよ」

「あら、それは楽しみね」


 彼女は本当に楽しみにしているのか無邪気な笑顔を僕に見せる。僕は少しだけ罪悪感を感じながら地下2階層に到着した。


 彼女の手からハンドバックを奪い、エレベーターのカゴ内に放り投げて、スライムの死骸入れの白い大きな袋を手渡した。


「なによ、これ……」


 彼女も僕のエスコートに大満足のようだ(白目)。その喜びを表すようにさっきから僕のスネを蹴り続けている。いやーどうしてこうなったのかな(棒読み)。


「とりあえず、ここまで来たんだしさ。(スライム狩り)しよ?」

「デートじゃないじゃない!!」


 彼女の熱烈なボディブローが僕のストマックに深く突き刺さった。まったく喜びの表現方法をこれしか知らないんだろうな。困った嬢ちゃんだぜ。僕は口の端から血を垂らしながら、諦めた表情の沙夜とスライム狩りを始めた。


「ふんっ!」


 彼女が腕を振るえば、スライムがまとめて2~3体砕け散る。


「はぁっ!」


 彼女が足を振るえば、スライムがまとめて5~6体はじけ散る。


 僕から少し離れた位置で、場末(ばすえ)のバッティングセンターで、日頃部長から受けているセクハラに対してのストレスを解消しているOLの様な沙夜に声を掛ける。


「あの沙夜さん……」

「なによ!」

「ひぃっ!? ……ゴホン。スライムは極力、原型を留めた状態がいいかなーとか思ったり?思わなかったりする訳ですよ」

「……そんなに怯えなくてもいいじゃない。わかったわよ」


 どうやら僕の意見は採用されたようで、その後彼女はスライムを丁寧に1体ずつ倒しては袋に詰めている。僕も負けじと手にした木刀でスライムを叩きのめす。

 

 僕がスライムを1体狩る間に、沙夜は3~4体、狩っているので実力の差は目に見えて明らかだ。やはり自称『エリートビルメン』を名乗るだけの事はある。

 

 藤原さんと僕で袋一杯になるまでスライムを狩るのに1時間ほどかかったのに、沙夜と僕だとその半分ほどの時間で袋が一杯になった。一度3Fまで袋を運ぶ。スライムを狩るうちに彼女の機嫌も多少は直ったのか、いつも通りだ。


「あー重い。なんでスライムがこんなに重いんだ。しかも、よく見るとアメーバみたいで気持ち悪いし」

「あら、スライムは貴重な薬品に加工されるのよ。気持ち悪いのは同意だけど」


 僕がひーこら袋を引きづっているのに対して、彼女は片手で軽々と袋を持って歩いている。


「そのゴリラみたいな怪力もスキルの力なの?」

「ゴリラみたいな、は余計よ! でもそうね。普段からスキルを使っているわ」

「へぇー、そんなスキルがあるなら僕も欲しいな」

「確か、スキル研究所でスキルの取得方法が解明されていたはずだから、後でわかったら教えてあげるわね」

「ありがとう、沙夜さん大好き」


 僕のストレートな告白に彼女は顔を赤らめて「そ、そんな事急に言われても」と言いながら、もじもじしている。あまりの疲れから言葉足らずになってしまったみたいだ。まぁいいか、照れる彼女は普段の数倍可愛い。良いもの見られたって事で。


 さっきと同じく地上3階 、薬品精製科の受付まで袋を持ってきた。受付の人も昼前と同じ人みたいだ。僕は袋を指定の位置に置いた。

 

 受付の美人なお姉さんは、僕の後ろにいる沙夜に目が釘付けの様だ。その背後には百合の花が咲いている様に僕には見えた。だが、残念ながらキマシタワーは建設予定ではなく、もしもここに建設されるならスライムタワーだろう。主に沙夜の力でだが。


 午後は何往復もそんな事をしている内に定時となった。最後に精製科へ袋を運んだ時に我慢の限界だったのか受付のお姉さんは沙夜の近くまで寄ってきて話しかけていたが、沙夜は適当にあしらったようだ。残念だったなお姉さんよ。僕の胸ならいつでも貸しますよ。

 

 防災センターへ戻る。所長は難を逃れてその後、ここで居眠りしていたらしい。僕が地下でひーこら言ってる間にここで眠っていたのかこいつは!そんな気持ちを込めて頭を叩いて起こす。


「所長、定時なんで上がりますからね」

「ん?あぁはいお疲れ様」


 所長は僕の叩いた頭を擦りながら、それだけ言って再び夢の中へ旅立った。この調子だと梅雨時期が終わるまではあんな感じだろう。出来れば、これから梅雨時期が終わるまでは沙夜の力が必要だ。じゃないと僕も藤原さんと同じ結末を迎えてしまう。今日一日でもかなり腰にきていた。


「沙夜、お願いがあるんだ」

「沙夜って慣れ慣れしいわね。まぁいいけど、なによ?」

「(梅雨時期が終わるまで地下に)僕と付き合って欲しい」

「」


 ふぅ……意を決して言い切ったぞ。彼女も今日のスライム狩りを振り返っているのか、うつむいてだんまりだ。スキルの力があるとはいえ、かなりの重労働だ。女の子の彼女にこんな事をお願いするのは心苦しいが、そこまで考えてから、今自身が口にした言葉が欠けている事に気が付いた。大事な言葉がヌケテルネ?


 僕の告白まがいのセリフに、顔を赤らめてだんまりの彼女と気まずい雰囲気のまま、社宅までの短い帰宅路を歩いている。どうやら彼女は、今日もララの部屋に泊まるらしい。もうすぐ社宅に着くという所まで来た時に彼女は真っ赤な顔をこちらに向けて上目づかいで返事をしてきた。


「……いいわよ」


 あー困った。今更、僕から言葉足らずでした。なんて言える雰囲気じゃない。どうする僕。どうなる僕。僕の中の紳士は「据え膳食わぬは男の恥」と鼻の下を伸ばして言っている。こいつはもうだめだ手遅れだ。


「ありがとう。うれしいよ」


 僕は口角を無理やり上げてそれだけ言った。彼女は赤い顔をしたまま僕に話しかけてくる。


「わ、私もあなたの事、大輔って下の名前で呼ぶわ」

「お、おう」


 僕も照れ臭くなって彼女の顔が見れない。なんだこのラブコメの波動は。彼女はそれだけ僕に言って、社宅2Fのララの部屋に駆け込んでいった。僕も気持ちを落ち着けて、今日も藤原さんの部屋でお世話になる事にした。


「ふじはらさーん、生きてます?」


 僕は藤原さんの家のドア前で呼びかけた。ややしばらく時間がかかってドアが開かれた。


「お、おう大輔君か。うぅ……まぁ上がれよ。くぅう……立ってるのも辛いんだ。早く上がってくれ」

「は、はい」


 どうやら腰の状態は深刻のようだ。僕は藤原さんに肩を貸して部屋に上がり込んだ。


 今朝、起きた時と部屋の様子は変わっていた。いたる所にいろんな物が散乱している。脱いでそのまま投げ捨てられた作業着や、食べかけのカップ麺など、だらしのない部屋に様変わりしていた。


「腰が痛くて、何をするにも億劫でな……」

「藤原さん……」


 普段はきっと、きれい好きなのだろう。現に昨日も部屋の中はきれいに片付けられていた。いつも職場でお世話になっている先輩なので、こういう時にこそ力になってあげなければならない。


「僕が家の中の事やるんで、藤原さんは体を労わってください」

「おう助かるぜ、ありがとよ」


 さて、まずはゴミを片付けなければ。


 結局この日は一日中なにかの袋を担いでいるような一日だった。

 

 ちなみに、僕は料理ができない。そんな僕が無理やり作った晩御飯を食べた藤原さんはその後、泡を吹いて失神した。証拠隠滅のために静かに藤原さんを布団に横たえて、僕も自身の布団を敷いて何事もなかったかのように寝た。


 こんな日もある。

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