第12話:ゾンビなんて聞いてないです!聖水もらえます?


 えっちらおっちらなんとか彼女と力を合わせて地上へのエレベーター前まで引き返して来た。言ってなかったが、彼女の服装は上が白いブラウスの様な服に下は確かワンピーススカートって言うんだったかな。スソの長いスカートを両肩からぶら下げている。


 社会人になってからというもの、服装と言えば、前世・今世を含めて作業着だった僕の服装眼は皆無だ。彼女は僕の右肩の裂傷の様な傷を見ると、映画のワンシーンで、よくあるヒロインが自身の衣服を破いて止血。という様なシーンの再現を僕の傷口にしてくれた。本当に人間の犬歯って布くらいなら軽々切れるのね。

 なので、彼女は現在、少しばかりスソの短くなったスカートからおみ足を晒して歩いていた。僕は思わず彼女のおみ足に目線がいってしまう。


「あのさ、さっきから何なの? 人の足ばっかり見て」

「ありがたや、ありがたや」

「何がありがたいんだか……――危ない!」


 彼女は僕ごと押し倒す様にエレベーター前の床に倒れこむ。上も絶壁、下も絶壁でサンドイッチされて右肩の傷に響く。倒れ込んで早々に立ち上がった彼女へ向けて僕は抗議の声を上げる。


「イタタ……何? 急にどうしたの? いくら美少女でもいきなりは無理!」

「厄介なのが来たわね……」

「厄介なの?」


 僕の抗議を無視して話を続けた彼女、金島沙夜の視線の先を見る。さっきの熊の様に大きいモグラモンスターだ。しかし、何やら様子がおかしい。


「うううう……」


 意識がないのか目は白目をむいて、口からよだれを垂れ流している。その姿はまるでゾンビ映画のゾンビの様だった。ホラーが苦手な僕は金島沙夜の服を掴み震える。


「何、あれ? え? どういう事なの」

「知らないわよ。ていうか人の服を掴むな!」

「いいじゃん減るもんじゃないし!」


 僕らが、こんなやり取りをしていてもゾンビの様なモンスターはその場を動かず唸っている。モンスターが陣取っているのは、エレベーターの乗り口なのであいつをなんとかしないとエレベーターへは乗れない。ここで僕の前世の知識、前世チートによる、あるひらめきが浮かんだ。


「ゾンビっぽいし聖水が効くんじゃない?」

「はぁ!?確かにゾンビっぽいけど聖水なんて持ち歩いてないわよ」


 僕はビルメンの作業着の上着を唯一動かせる左腕で底の浅い器の様にくぼませて彼女の方へ向かう。


「どうぞ! こちらに」

「は? それでどうしろって……」


 彼女も途中で気づいたらしい。


 僕を殺す気満々の膝蹴りが飛んでくる。慌てて躱す僕。


「何するんだ! これしかないだろ!」

「あんた脳みそ母体に置いてきたの!? そんなのできるわけないじゃない!」

「くそっ! 万策尽きたか……」

「尽きてないわよ! 勝手に終わらせないで」

「はぁ……。仕方のない、わがまま娘だ」


 僕はそう言ってゾンビっぽいモンスターの方へ向かう。彼女は慌てて僕を止める。


「万策尽きたんじゃないの!? 無理はしないで」


 僕は彼女の制止の言葉を無視してスキル会心を発動させるため、ゆっくり目を閉じた。果たしてゾンビっぽいモンスターに弱点はあるのだろうか。心の中でスキル会心を念じて、ゆっくりとまぶたを開けた。痛みがあるせいでいつもより発動が遅い。


 しかし、ゾンビっぽいってだけで弱点はちゃんとあるらしい。モンスターの中央、心臓のあたりに光の玉が見えた。しかし、問題はどうやって攻撃するか。武器が必要だ。金島沙夜は何か持っていないだろうか?彼女の方に振り返る。


「なんか武器になりそうなもの持ってない?」

「何よ急に……あるわよ。でもあっち向いて」

「あるの? すぐに欲しいです」

「わかったから、あっち向いててってば」


 彼女があっちを向けと言うので、僕はゾンビの様になってしまったもぐら型モンスターと対面する。フラフラと僕らの地上への道を遮る様に立ち尽くしている。……お前も不運だなもぐら君。話し合えば分かり合えたかもしれないのに。

 今や彼は口からよだれを垂らしてうぅ、うぅ唸っているだけだ。おそらくペットと言っていた半魚人モンスターよりも悲惨な最期を現在進行形で遂げている。まぁどちらにしろ殺すのは僕なんだけど。


「こっち向いていいわよ」


 金島沙夜がどこからか武器を取り出したらしいので振り向く。彼女は羞恥に顔を赤くしながらプルプルと震える手で僕に暗器と言うには刃渡りの長いショートソードの様な剣をこちらへ手渡す。


「どこから出したの……か……は、聞かないでおきますね」


 どこから出したのか気になった僕は彼女に尋ねようとしたが、途中で殺気を感じたのでやめた。きっと、この剣を隠し持つために丈の長いスカートだったのだろう。


「それじゃあゾンビ討伐と行きますか!」


 僕は目の前で未だに唸っているモンスターへ駆け込む。そして剣を左手一本で持ち、光の玉に向かって突き刺すように構えた。モンスターのスコップの様な腕の射程圏内に入ると、モンスターもこちらに対して腕を振り回して応戦してくる。

 僕は振るわれる腕を上手く掻い潜りながら奴の弱点への攻撃の機会をうかがう。しかし、ゾンビは疲れ知らずなのか、一向に剣を突き刺すまでには至らず、ひたすら振るわれる腕を回避し続ける。


 そこへモンスターの背後から金島沙夜が飛び込んできた。


「ふんっ!」


 彼女はモンスターの背後から先ほども見せたドロップキックをかました。こちらに向かってたたらを踏むモンスター。――チャンスだ。

 僕は回避をやめて、前にステップインする。剣がモンスターに見えている光の玉に吸い込まれるように突き刺す。モグラのモンスターの胸あたりに突き刺さった僕の剣。しかし、どれほど硬い皮膚をしているのか突き刺した僕の剣は刀身半ばで折れた。武器を失った僕は慌てて後退する。彼女もすぐに僕の横に並ぶ。


「やったか!?」

「そういうフラグはやめて」

「いや、なんかこういう時、無性に言いたくなるよね」


 フラグ建築士の僕の目の前でモンスターはバタリと倒れて、その後動きはない。今度こそ討伐したのだ。僕は心底安心して一息つく。すると、忘れていた右肩の痛みがここぞとばかりに疼き出した。

 彼女のスカートの切れ端で巻かれた右肩はどれほどの血液が出ているのか真っ赤に染まっている。なんなら最早、血を吸いきれないのかタラタラと血が垂れてきている。その事を認識した瞬間、目の前がくらくらとした。手足に力も入らない気がする。


「これ、やばいかも……」

「うわ!すごい出血。急いで戻るわよ」


 地上へ戻るとエレベーターホールに、心配そうな顔をしているララが居た。僕の顔を見ると安心したかのように明るい表情になり、こちらへぱたぱたと飛んでくる。


「大輔さん! 帰ってこないから心配しました。防災センターに連絡しても誰も電話に出ないし……」


 おそらく今もそこに居るだろう所長の早坂はきっと絶賛居眠り中だ。僕はララを安心させるために痛む右肩を無視して無理やり笑顔を作る。


「あー、ちょっと残業でね。連絡遅れてごめんね」

「そうだったんですね……ってすごい血出てるじゃないですか!」

「……ばれちゃいました?」

「ふざけてる場合じゃないです。そのままじゃ出血死しますよ」


 ララは僕にそう言うと今も出血しているのかズキズキ痛む右肩に巻かれた粗末な簡易包帯をほどいて、傷の具合を見る。ララの顔は僕の傷を見ると真っ青になる。そんなに酷い傷なのだろうか?自分ではしっかりと見ていないのでわからない。


「かろうじて繋がってる感じですね。どんな無茶をしたらこんな事になるんですか? まったく……」


 ララは僕に向かってそう言うと、僕の傷口にララの小さな手をあてがって呪文の様な言葉を唱える。


「ヒール」


 ララがそう唱えると、手から光が発せられた。おそらく回復の魔法だろう。暖かい心地の良い光が僕の右肩を包んだ。

 しばらくその状態でいると、辛うじて右腕が動くようになった。僕は腕が動かせる事を確認するかの様にぐるぐると回す。ララは慌てた様子で僕を止める。


「あっー! 私の回復魔法だと見た目は治ってますけど中までは治ってないんですよ!」

「え……?」


 僕は自身でぐるぐると回していた腕を見る。先ほどまで元気に回っていた僕の右腕は再びダラーンと力なく垂れ下がっていた。


「これ治るのかな……」


 僕はふと、エレベーターホールに取り付けられている時計を見た。時計は午後9時を指していた。4時間も残業してしまった。しかもサービス残業だ。所長に断りなく地下へ時間外に降りたので、労災なんてものは適用されないだろう。僕の隣で見かねた金島沙夜が話しかけてくる。


「はぁ……、しょうがないわね。これあげるわ」

「ん?」


 それはいつも救急外来に行くと出てくるビン入りの軟膏だった。どうやら彼女も携帯していたらしい。少しサイズの小さいビンを受け取る。


「ありがとう。でもこれ成分は何で出来てるの?」

「今は聞かない方がいいわ。私も使うのを躊躇するもの」

「ふーん……」


 僕はビンを受け取りなんとか左手だけでビンをあけて中身の軟膏を肩に塗り込んだ。効き目はバツグンで、あっという間に右肩は元通りになる。こんな塗り薬があるなら即死でもしない限りこの世界では死ぬ事がないだろうと思わされる。相変わらず、すごい効き目だ。

 

 肩の傷に塗り込み終わると、ビンの中身を全て使い切ってしまった。僕は自身の貴重な薬品を差し出してくれた彼女にお礼を言う。


「ありがとう、全部使い切ったから今度新品で返すね」

「あなたの給料じゃ一生掛かっても買えないわ。きっと」

「そんなに高いのこれ」

「私の持ってた物も私のおじいちゃんが調合したものだから。値段は知らなけどね」

「ふーん」


 僕が彼女へお礼を言っていると、ララが「無事治ったのなら帰りましょうか」と提案してきたので、僕もそれに同意して帰ることにする。骨折り損のくたびれ儲けとはいうが、骨というか肩はちぎれかけるし、さすがに残業してまで長時間地下で戦っていたので疲れた。ララの家のベットが恋しい。確か替えの作業着はなかったはずなので、肩口がばっさり開いている僕の作業着をどうしようか、そんな事を考えながら帰路につく。


「で……。どこまでついてくるの? 金島さん」


 なぜか、金島沙夜を引き連れて帰路を歩いていた。まさか泊まる家が無いとかそういうのじゃないだろうな。思わずジト目で彼女を見る。


「と、泊まる家がないのよ……一晩くらい泊めなさいよ」

「との事ですが、家主のララさん」

「んー……。おっけーです!」


 ララは泊まる場所が無いという金島沙夜に一晩の宿を貸すという。そして、続けて僕の方を向いて「ただし!」と言葉を続けた。


「大輔さんは、どこか他の場所で今日は寝てくださいね」

「えっ!?」

「え!? じゃないです。野獣の様な大輔さんと、小学生の様なこの子を同じベットでは寝させれません!」


 どうやらララは、金島沙夜の事を小学生だと思っていた。確かに見た目はその通りなので、僕は思わず噴き出す。


「ぶっ! 小学生だってさ、ウケる」

「…………」


 僕が会話を振りに彼女を見ると、彼女は怒りにその身を震わせて僕の方を睨んでいた。


「ひっ!」


 僕の口から漫画によくいる、やられ役の子分の様な引きつった悲鳴が上がった。結局、社宅に着くと僕はボロ雑巾の様な格好で地面に転がされ放置された。ララの先導でララと金島沙夜は2Fの自室へ向かった。


「うぅ……あんまりだ。地下でモンスター倒した結果がこんな事になるだなんて……」


 僕がひとり、社宅前でさめざめと涙を流していると、1Fの1室のドアが開いた。


「おいおい、誰だこんな夜更けに……。って大輔君じゃないか! どうした! 誰にやられたんだ!」

「うぅ……藤原さん!」


 僕は藤原さんに抱き着いた。おじいちゃん特有の匂いがする。ざっくりとここまでの流れを藤原さんに話した。つまり全て脳筋な合法ロリゴリラが悪い。僕の話を聞き終わった藤原さんが口を開く。


「そんな事があったのか。大変だったな若者よ。まぁ今日は俺の部屋でゆっくり休め。作業着も何着か予備があるからサイズの合うものを持って行くといい」

「ありがてぇ……ありがてぇ……」


 ララに捨てられた心の傷は深い。僕の目からは止めどなく涙があふれる。捨てるララあれば拾う藤原あり……。

 

 結局その日は、藤原さんの厚意に甘えることにした。

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