第11話:自ら望んで残業なんて柄じゃない


 エレベーターが地下11階に到着した。


 いつもなら藤原さんを伴って降りるそこは、一人きりで降りると何か心細い。僕は気を紛らわすように、一度自身の頬を両手でひっぱたいて気合を入れてから地下11階に降り立った。いくら貴重な合法ロリ娘のためとはいえ、残業は極力ならしたくない。僕は彼女を探して足早に地下を進んだ。


 しばらく歩いて、さっき半魚人型モンスターを真っ二つにした場所まで来た。地下へ向かった彼女、金島沙夜の姿はない。少し前のようにズカズカと地下を突き進んだのだろう。僕は自身で真っ二つにした半魚人の死骸から目を反らしていると奥の方から叫び声が聞こえた。


「――――!」

「――――?」


 何と言っているかははっきり聞こえないが、男性のドスが効いた叫び声と女性の、おそらく金島沙夜のものらしき叫び声だった。僕は叫び声の聞こえる方向の道へ進む。それは二手に分かれた道で行っていなかった左側の道の奥から聞こえた。叫び声に混じって何か硬いものを地面に打ち付けるような音も聞こえてくる。僕は音のする方へ駆け込んだ。――そこは僕がオーガと対峙した大広間のような作りの部屋だった。金島沙夜と小柄なもぐらの様なモンスターが戦っている。戦況は五分か若干沙夜が押され気味か。僕は押され気味の沙夜に後ろから声を掛けた。


「金島沙夜さん押されてますね。大丈夫です?」

「はぁ!?誰よあんた……って、さっきの防災センターの人じゃない」


 僕が金島沙夜に声を掛けると彼女はこちらを一度だけ振り向き、僕がさっきの防災センターの職員だとわかると再び、もぐらモンスターの繰り出した攻撃を躱すためそちらに顔を戻した。華麗な体捌きで、もぐらの様なモンスターの攻撃を躱し切るとこちらを見る。


「あんた!なにしにきたの!?ここは危険よ」

「いやー女の子ひとりで地下は危ないかなって」

「あんたみたいな一般の『ビルメン』が居ても足手まといだって言ってるの」

「いやー、ここまでの道で見ませんでした?半魚人みたいなの真っ二つにしたの僕なんですよ」

「はぁ!?」


 僕がここまでの道に転がっていた半魚人の死体を作った作成者だとわかると、もぐら型モンスターが口を開いた。


「おまえかあああ!俺の可愛いサハちゃんを殺したのは!」


 モンスターがしゃべった!? ていうか、サハちゃんって誰!? 驚く僕をよそに、もぐらの様なモンスターは話を続ける。


「魔王様……さっそく使わせていただきます!」


 小柄なもぐらモンスターは、どこから出したのか大きい飴玉のようなものを出すと自らの口へ放り込んだ。その途端、もぐらの様な身体に変化が起こる。さっきまで人間でいうところの小柄な中肉中背といった体型が、見る間に膨れ上がっていく。全身毛むくじゃらの体格の良い熊の様な姿へと変わっていった。身長は3メートルくらいあるだろうか。


「サハちゃんの仇だ!しねええええ」


 もぐらから熊のような体型に変化したモンスターは叫び声を上げ、スコップの様な形状をした手を振りかざして襲い掛かってきた。僕は慌てて自身の手にした木刀でそれを受ける。


「うわっ!?」


 モンスターの攻撃を受けた僕の木刀は刀身半ばから半分にひしゃげてしまった。


「うそぉー……」

「ふははは!貴様も私のペットの様に真っ二つにしてやる!――ぐへっ!」

「ちょっと?誰か忘れてるんじゃないの?ダンジョンマスターさん?」


 僕の木刀が折れた事に動揺して、もぐらの様なモンスターの巨大なスコップで薙ぎ払われるという瞬間、金島沙夜の華麗なドロップキックがもぐらのようなモンスターの顔面に炸裂した。一見して小学生の女の子の様な金島沙夜の放ったドロップキックにどれほどの力が込められていたのか、巨大なもぐらのモンスターは広い部屋の中央から壁まで吹き飛ばされた。


「ありがとう助かったよ!」


 僕がお礼を言うと、彼女はため息をついてから僕を見下すような目で見てから口を開いた。


「今のでわかったでしょ?あんたには無理。大人しく地上へ帰りなさい」

「はぁ!?まだ僕はやれるけど」

「そんな折れた木刀なんて持ってどうしようっていうの?」


 彼女の言葉に返す言葉もない。確かに武器を失った僕は無力だ。徒手空拳で戦う術があるわけでもない。彼女は僕が何か言葉をひねり出す前にモンスターとの戦いを再開した。目の前で3mほどの熊のようなモグラと小学生のような頭身の彼女が戦い始める。

 

 彼女の拳とモンスターのスコップの様な手の応酬は確かに僕のような駆け出しビルメンにはできない。でも……。それでも……。僕にも何かできる事はあるはずだ!僕は折れた木刀の柄を両手で握り締めて上段に構えた。そしてそのままモンスターに向かって駆ける。


「ちょっと!? 何やってるの!?」

「うおおお!」


 僕は雄叫びを上げて木刀を振り下ろした。だが、その攻撃は目の前のモンスターにあっさり避けられてしまう。僕が振り下ろした木刀は床を叩くと、さらに半分の長さになってしまった。もう持ち手位しか残っていない。


「あんた馬鹿じゃないの!?」

「うるさい! 女の子ひとり、地下に残して帰れるか!」


 僕と彼女が言い争っている隙を、目の前の熊のように大きいモンスターは見逃してくれなかった。隙を突かれた僕の肩口にスコップの様な手が振り下ろされれる。


「ぐわっ!? いってぇ」

「ちょっとあんた!」


 さっき彼女に蹴られたスネキックの数倍の痛みが僕の全身を駆け回る。スコップの様な手で切り裂かれた僕の右肩は、ぱっくりと傷が開いており、そこから大量の血液が流れ出る。たまらず攻撃を受けた方の肩を押さえて後退する。攻撃を受けた方の腕はピクリとも動かない。どうやら骨が折れたか、腕を動かすのに必要な腱のような場所を痛めたらしい。彼女も一度、熊のようなモグラモンスターから距離を取り僕の横に並ぶ。


「だから言ったでしょ?あんたみたいな普通のビルメンには荷が重いのよ!」

「くそつ……!」


 そんな事は初めからわかってる!でも、ここで女の子ひとり救えず、地下に彼女を残して、モンスターに背を向けて逃げる?ありえない。それなら最初からここには来ていない。


「あんたが戦っても無駄死にするだけよ!」

「それはやってみないとわからないだろ!」

「あぁもう!あんたって本当に馬鹿ね」


 金島沙夜は呆れたように言うと再び、モンスターとの戦いを再開する。彼女は小柄な体を生かして、相手の懐に飛び込むと強烈なボディブローを数発叩き込んだ。熊の様に大きいモグラモンスターは腹部を殴られると一瞬ひるんだが、すぐに立て直し懐に飛び込んだ彼女を足で踏みつぶすような反撃に出る。


「ぐぅ……!」


 金島沙夜の小さな身体は熊のような巨体で踏みつぶされるようにして地面に押し付けられた。


「金島さん!」

「ぐっ……このぉ!」

「ぶひょひょ!魔王様から頂いたこの力で貴様をまず屠ってくれる」


 金島沙夜は苦しそうにしながら、モグラモンスターの足を掴み抵抗している。モンスターはそれに構わず笑い声を上げながら彼女を更に強く踏みつける。


「ぐっ……あっ……」

「やめろぉ!」


 僕が叫ぶと、モンスターはこちらを一睨みしてから金島沙夜に視線を落とす。その表情には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。

 

 くそ!このままじゃまずい!僕は自身の肩の痛みも忘れて立ち上がり、モンスターの方へ走り出した。右肩から先は未だに動かない。しかし左腕は動く!僕は左腕にほぼ柄しか残っていない木刀を握り込み、モンスターへ挑発をしながら飛び掛かる。


「おらっ!こっちだ!お前のペットの半魚人は楽勝だったぞ!お前も後を追わせてやる!」

「なにぃい!?」


 どうやら僕の挑発が功を奏したらしく、モンスターは金島沙夜を踏み殺そうとしていた視線をこちらへ向けた。痛めた右肩から全身全霊の体当たりをかまして足に踏みつぶされている金島沙夜を助けようとした。


 体格差はあったが、片足を踏みつぶそうとして上げていたモンスターはバランスを崩し、その場にドシンッと大きな音をたてて倒れこむ。僕は右肩の痛みをこらえて倒れ伏している彼女へ声をかける。


「早く!いまのうちに!……ぐぅぅ」

「……礼は言わないわよ」


 金島沙夜は倒れ伏した状態から素早く立ち上がり僕にそれだけ言うと、自身の立て直しを図るため一度大きく離れた。無我夢中で彼女を助けたのはいいが、ここからどうしようか。正直ノープランだ。

 しかし、目の前のモンスターは僕のプランが出来上がるのを待ってはくれない。


「き、貴様ぁああ!」

「くっそ!もう立ち上がったのか」

「許さん!許さん!許さん!許さん!」


 怒り狂ったモンスターはさっきと比べ物にならない速度でスコップの様な手を振り回してくる。僕はそれをなんとか回避し続ける。それだけで精いっぱいだ。――反撃する糸口が見えない。


 僕は自身の持てる全ての力で目の前のモンスターと対峙していた。すると急にモンスターが動きを止める。何事かとモンスターの顔を見ると苦しんでいるようだ。


「ま、魔王様。この様な話は、き、聞いておりません……」

「え……?」


 突然苦しみだしたモンスターはうわ言のように一言つぶやく。そして、その巨体を地面に横たえた。僕は地面に倒れるモンスターを呆然と見送った。どうやら死んでいるようだ、動きはない。


 金島沙夜の方を振り返った。彼女も目の前で起こったことが理解できていないみたいだ。目を見開き呆然としている。


「な、なにが起こったんだ?」

「知らないわ。でも私もあなたも満身創痍だし一度地上へ戻りましょ」

「あ、あぁ……」


 僕は彼女に肩を借りながら地上へのエレベーターを目指して歩き始めた。


 今苦しみに倒れたはずの熊のように大きな巨体がのっそりと動き出した事にも気づかずに……。


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