第9話可愛いは正義だ!許そう


 「これは藤原さんの分だくらええ!」


 僕は未確認のモンスターと戦闘を繰り広げている謎の人物へ、背後から木刀を振り上げて飛び掛かった。これは不意打ちではない。なぜなら、丁寧な日本語ではないが、しっかりと今から行きますよ、と叫んでいるからだ。そんな僕の不意打ち改め、先制攻撃。謎の人物は、突然の背後からの叫び声に驚いた様子だった。


「――ッ!」


 もう僕が殴り掛かる寸前、その人物が息を飲む音が聞こえた。僕はそれにも構わず自身が手にした木刀を振り下ろした。ボコッという鈍い音と僕の木刀が確かに当たった感触が手から伝わる。後頭部に当たったそれは、謎の人物の意識を刈り取ったようだ。目の前で倒れる。


「ふ、峰(みね)打ちだ」


 僕はどや顔で倒れこんだ謎の人物に決め台詞を吐く。そして、そういえばこの人何かと戦ってたんじゃない?と思い出して、おそるおそる顔を上げた。僕が顔を上げると、「こいつら、仲間割れか?」とでもいう様な困惑顔の半魚人のようなモンスターがこちらをじっと見つめていた。目が合う。――僕らはそこで一目で恋に落ちたのだ。

 

 と言う様なことはなく、気絶した謎の人物を小脇に抱えて退散した。


「どうも、お騒がせしましたー」

「…………」


 当然だが、今まで日本語を理解できるモンスターには出会ったことがない。モンスターに性別があるのかは定かではないが、仮に半魚人の彼としよう。半魚人の彼は僕らをじっと見つめる。そして魚類のような横長の口を目一杯開いて叫んだ。


「ギェアアアア!!」

「待て!話せばわかるはずだ!お前も男ならだけど!」


 僕は今来た道を小脇に謎の人物を抱えて全速力で戻りながら、追いかけてくる半魚人の彼を必死に説得する。しかし、彼はもしかすると女の子、彼女だったのかもしれない。なぜなら、僕が説得を試みた後に、すぐさま走る僕の背中めがけて手にした動物の骨からでも作ったような槍で、僕を突こうとしてきたから。僕はそれを慌てて躱す。


「うわっ!やめろ!ていうか、海から出ても強そうなの反則だぞ!お前、魚類だろ」

「ギィヤアアアア!!」

 

 さっきとモンスターの叫び声が違うことに僕は気が付いた。もしかすると僕の話している日本語がわかるのかもしれない。そう思った僕は全力で走っていた足を緩めて立ち止まる。そしてモンスターの方へ振り返り、更に交渉を続けようと試みる。僕は半魚人型のモンスターへ小脇に抱えた謎の人物を突き出した。


「なんだ?僕が抱えてるこの人に恨みでもあるのか?けどこっちのが先なんだごめんね」


 しかし、半魚人型モンスターからの返答は無慈悲な自身の槍による僕への宣戦布告、攻撃であった。シュッ!という風切り音と共に粗末な槍の穂先が僕に迫り来る。


「くそっ!」


 僕は小脇に抱えていた謎の人物をその場に落として片手に持っていた木刀で槍をいなした。僕の頬を半魚人の槍が掠める。どれほどのスピードで突かれたのか、僕の頬から流れた鮮血は地面に落ちる暇もなく、槍に全てからめとられた。槍の穂先がわずかに僕の血で赤く染まる。槍が通り過ぎ、すぐさま目の前の半魚人に反撃を行う。


「これは正当防衛だ!くたばれええええ」


 僕は瞬時に『会心』のスキルを発動してモンスターに斬りかかった。モンスターも即座に槍を引き戻し、槍の持ち手を両手で持って防御の姿勢を見せる。しかし、僕のスキルの前では無力だったようだ。槍ごと縦に真っ二つに切り裂く。すると、魚を捌いた時のようなものが辺りにものすごい勢いで散らばった。


「うわ……なんか気持ち悪い……」


 散らばった半魚人の中身は近くに落とした気絶中の謎の人物にも降りかかっていた。臓物まみれになっている謎の人物に触れたくなかった僕は、僕以外に目撃者は誰も居ないことを良いことに着ているフード付きのポンチョを脱がせる。そして手に色々とついたので、ポンチョのきれいな部分で自身の手を拭き取った。


「……これは!」


 フード付きポンチョを脱がせて気づいたが謎の人物は女の子だったようだ。それも、とびきり美少女である。そうなるとポンチョとはいえ無断で衣服を脱がせたことに罪悪感を感じた。なので、とりあえず僕の上着を脱いで彼女に羽織らせてから小脇に抱えるのではなく、お姫様抱っこでエレベーターまで向かう。不思議なもので、美少女な女の子とわかると、女の子特有の甘い香りが漂っているような感じがしたから僕も大概だ。


「しかし、なんでこんな美少女が僕達みたいなのしかいない地下へ……?」


 僕は独り言を言いながら、謎の人物改め美少女Aをまじまじと見た。おそらくフードを被るために邪魔だったのだろう。頭の上で綺麗な黒い髪をお団子にしている。目鼻立ちもくっきりしていて、ドラマなどに出ている子役をしていてもおかしくはない。僕はそこまで彼女を見てから、藤原さんの「藤原」を蹴り上げた彼女の罪状を言い渡した。


「可愛いは正義!無罪放免!」


 地下裁判所には現在、僕しか裁判員がいないので満場一致だ。そしてエレベーターの前に到着した。カゴ内に乗って地上を目指す。


 エレベーターが地上に到着して、カゴから降りた。すると、まだ救急外来に行っていなかったのか藤原さんがいる。


「藤原さん、まだ救急外来に行ってなかったんですか?早めになんとかしないと色々と戻れなくなりますよ?」


 僕はさっき地下で最後に見た『おねぇ藤原さん』とは今後仕事をしたくなかった。なので、エレベーターホールでうずくまる藤原さんに、そう声を掛ける。藤原さんは僕が声を掛けると、パッと顔を上げ立ち上がる。


「あらぁ、大輔クンじゃない。違うのよ~!あたしも行ったの!救急外来に。でもね、誰だお前って言われて、ここに戻ってきたの♡」

「……あ、はい。事情はわかりました。とりあえずこの子も救急外来に運ぶので、ついてきてもらえます?」

「ついてこい!だなんて男らしいわ~♡あちき惚れちゃいそう!」

 

 ……彼は未だに彼女だった。地下へ行くために乗っていたエレベーター前から救急外来を目指す。道中、藤原SANが熱っぽい視線でこちらを見てきたり、肩をモミモミされたりしたが無視だ。僕が抱える謎の美少女に罪はない。それは、さっき地下で判決が下った。仮に彼女に罪があったとしても、罪を憎んで人を憎まず、という理論から彼女自身には罪はないのだ。以上僕の証言終了。


 僕がそんな事を考えている間に救急外来へ着いた。ここ最近は大きな怪我もしていなかったので、こちらに来ることはなかった。そんな久しぶりの救急外来の廊下には各所に同じ様な貼り紙がしてある。僕は気になったので近づいて貼り紙を見た。そこには、「この顔を見たら通報!」と大きく見出しの様に書かれていて、その下に藤原さんの写真が貼ってあった。藤原さん一体ここで何をしたんだ……。思わず、今もくねくねと体をよじらせながら、こちらを見つめる藤原さんに視線を送ってしまった。そんな事をしていると、近くを見知ったネコミミの看護師が通りかかったので声を掛けた。


「こんにちはー」

「こんにちはー。あら防災センターのエースさんじゃない。今日はどうしたの?私にデートのお誘い?」


 彼女は僕が期待の新人だとわかると、僕への対応がそれまでと180度変わった。僕が通りがかりの彼女に声をかけると彼女は、自身のスタイルをより良く見せるためなのか腕で自身の胸を寄せ上げ、こちらへ押し付けるように近寄ってきた。自分でも顔が赤くなっているのがわかる。僕はそんなネコミミ看護師にたじろぎながらも話し始めた。


「いえ、デートはまたの機会で。この子なんですけど見てもらえますか?」

「もぅーいけず!どれどれ?あら、可愛らしい女の子。頭を何かで殴られたのね」


 僕は意識のない謎の美少女を近くのベンチに横たえた。ネコミミ看護師は彼女の容態を見ると、自身のナース服の上についている留め具を上から2個ほど外し始めた。双球が、いや双丘が織りなすパンドラの谷間が見えた。僕はそんなパンドラの谷間をちらりと覗きこむ。双丘を支えし番人の色は今日は赤らしい。彼女はそんな谷間へ手を入れて前回、藤原さんに使った記憶のあるビンを取り出した。……なんでそんなところに入れてるんだ。彼女は僕の視線に気づいたのか、こちらを見て、いたずらっ子の様な笑みを浮かべる。


「もっと見たい?」


 僕は紳士なので、ここはきっぱりと断らなければならない。双丘への探索は僕のレベルではまだ早い。もう少しレベル上げをしてから挑まなければ。


「はい!」


 どうやら僕の中の紳士は現在お昼寝中らしい。それならしょうがない。突発的な任務が発生するのは、ビルメンをしていればよくあることだ。準備が万全ではないが、目の前のパンドラ探索へ向かう。僕は未知の探求へ手を伸ばした。彼女はそんな僕の伸ばした手を軽く、パシリと叩く。


「だめよ。先にこの子を治療するわ」

「はい……」

 

 どうやらパンドラ探索は失敗に終わったようだ。がっくりと肩を落とす。そんな僕を横目に彼女は、ビンから軟膏を取り出し、彼女の頭部へ塗った。前回の藤原さんの時と同じく彼女の頭部にできた打撃の後もきれいに消える。僕は自身の手で芸術品とも呼べる女の子につけてしまった傷が消えたことにほっと胸をなで下ろした。


「傷は消えたし、しばらくしたら目を覚ますと思うわ」

「ありがとうございます」


 僕は彼女にお礼を言ってから、そういえばもう一人、治療の必要な人がいたことを思い出した。僕の背後にいる藤原さんだ。ネコミミ看護師も僕の背後に藤原さんが居ることに今気が付いたようだ。


「それで、あなたの後ろにいる神出鬼没の覗き魔さんはどうしたのかしら?」

「話せば長くなるのですが……」


 僕は地下で藤原さんに起こった悲劇をダイジェスト版で目の前の看護師に話した。そして彼女は僕の話を聞き終わると、虫を見るような目で藤原さんを見た。僕とネコミミ看護師の視線に気づいた藤原さんは顔を赤らめ、内股でもじもじとしている。


「いいんじゃない?あのままで」


 藤原さん、という男の終わりが彼女から無慈悲に告げられた。

 彼女が告げた男の死刑宣告に僕はその後、慌てて何度も頭を下げて治療をしてくれるようにお願いした。だって、このまま彼が彼女のままだと地下で、モンスターと間違えた僕が討伐してしまうかもしれない。何度か頭を下げた僕に彼女は、さっき謎の美少女Aへ使用していたビン入りの軟膏を突き付ける。


「私は見たくもないし、触りたくもないからパス」

「えぇ……」


 渋々ながら僕は看護師からビンを受け取る。僕にこれを塗れっていうのか。藤原さんのムスコさんに?絶対に嫌だ。しかし、このままでいいのか?藤原さんはこのままこれから女性とも男性ともつかない中間の性で生きていくのか?藤原さんがこうなったのは僕にも責任はあるんじゃないか?ていうか、そもそもの原因はこの美少女のせいじゃないか?色々な考えが僕の脳内でぐるぐる回る。


 結局僕はしばらく悩んで、ネコミミ看護師から薄手の使い捨て手袋をもらって、おねぇ藤原さんと連れ立って救急外来の男子トイレに向かった。女の子はまだ意識が戻っていないので救急外来のベンチに置いたままだ。


「藤原さんごめんなさい!」


 僕は彼のズボンと下着を一思いに下げた。ボロンっと藤原さんの神龍が出現する。僕は意を決して自身の使い捨て手袋をつけた手に、軟膏をこんもり盛ってから藤原さんの神龍と対峙する。これなら地下でオーガと対峙した時の方が気持ち的には楽だった。そして、現実逃避のように、この軟膏ってすごい効果だけど、何でできてるのかな。とか、あの女の子はどうして地下に降りてきたのかな。とか、上の空で考えている間に無事、軟膏は患部に塗り終わった。僕が軟膏を塗っている間、おねぇ藤原はポカンとしていたが、軟膏を塗り終わってズボンをもとの状態にもどすと、いつもの僕がよく知る藤原さんに戻った。


「ん?あぁ大輔君。わりぃ、なんか寝てたのか白昼夢みたいな夢をみてたよ」

「そ、そうなんですね。よ、よ、よかったです」

「んー?何がよかったんだ?」

「あー!なんでもないです。それより防災センターに戻りましょう」


 どうやら藤原さん自身は、さっきまでのことを覚えていないらしかった。それならば僕もこの秘密は墓場まで持っていこうと胸の奥底にしまう。藤原さんの処置をしていた男子トイレから出て、未だに意識を失っている様子の美少女をベンチからお姫様抱っこで抱きかかえて僕と藤原さんは防災センターへ向かった。

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