第8話 謎の人物と先輩への鎮魂歌


 藤原さんにも見当がつかない様子だ。そんなやり取りをしている間に僕らのいる地下にエレベーターが到着したのか、カゴ内から無機質な女性の声で「地下11階です」というアナウンスが流れてドアが開いた。


 カゴの中にいたのは、フードを深く被った人物だった。顔が見えない。不審に思った藤原さんがその人物に声をかけた。


「おい、あんた!ここは危ないぞ。一般の人か?悪い事は言わねぇ、地上に戻るぞ」

「…………」


 藤原さんに声を掛けられた人物は無視をしているのか応答がない。僕は地下の薄暗い雰囲気も相まって少しだけ目の前の人物が怖くなってきていた。僕は実体を持つものなら普段は、それほど恐怖を感じない。しかしこういった、ホラー的な演出は苦手だ。軽めのホラー映画ですら見る事ができない。仮に見てしまったら夜中のトイレに起きれないだろう。謎の人物は僕らの存在を無視してエレベーターから降りると、その足でスタスタと今まで僕たちが戦闘を行っていた地下へ歩き出した。


「あ、おい!この先は危ないって言っただろ」


 藤原さんは僕らを無視して地下をスタスタ歩いていく謎の人物の肩を掴んで引き止めようとした。――その時、謎の人物は素早く藤原さんの手を躱すと藤原さんの股間めがけて思いっきり蹴り上げたのだ。地下に響いてはいけない鈍い何かがつぶれる音のようなものが響く。


「う……」

「ふ、藤原さん!」

「…………」


 僕は男として死んでしまったかもしれない藤原さんに慌てて駆け寄った。相当な力で蹴られたのか藤原さんの股間には、謎の人物の靴跡らしき形のくぼみが、くっきりと残っている。謎の人物は興味もないのか僕と藤原さんを残してスタスタと地下の奥へ歩き去った。


「藤原さん!生きてますか!ねぇ藤原さん」


 僕が何度か彼に向かって呼びかけると、藤原さんは口の端に泡を吹きながらも応答した。自身に何があったのか理解できていないようだ。


「あ、あぁ……なんとかな」

「よかった。ちょっとここで、藤原さんのズボン・・・をずり下げるわけにはいかなかったんで」

「ん?ズボン・・・?」

 

 藤原さんは僕に言われて初めて、自身に起こった緊急事態に気がついたらしい。自身の下半身に目線をやると顔を青ざめさせる。


「MY SOOOOONNNNNNN!!(直訳:私の息子!!)」


 藤原さんの悲しい叫びが地下空間にこだました。そして自身のズボンを脱ぎ下着に手をかけたところで僕は慌てて止める。ここで誰得な『老人ストリップショー』が開催される前に、この人を一刻も早く地上に連れ帰らなければならない。未だに、自身の下半身を凝視している藤原さん。しかし、あの謎の人物も気になった。


「藤原さん、自分一人で救急外来に行けます?」


 藤原さんは茫然としながらも僕の質問に答えた。


「……えぇいけるわ!……大輔クン、あなたはどうするの?」

「…………」


 ……もしかすると藤原さんはもう手遅れかもしれない。しかし彼?彼女?は自分一人で地上へ向かえるとわかった。藤原SANをエレベーターに乗せて地上へ向かわせると、僕はさっきの謎の人物を追うことに決めた。職場でお世話になっていたのもある。しかし、それはこの世界に暮らす全ての男性の「尊厳」を守る戦いの幕開けだ。それほど藤原さんの「藤原」を蹴飛ばした謎の人物の罪は大きい。裁きの鉄槌を自身の木刀で下すべく謎の人物を追う。


――――


 さっきまでゴブリンと戦っていた辺りまで来た。その証拠にさっき僕が倒したゴブリン2体の死体が転がっている。ここまで来る間の道に分かれ道はなかった。謎の人物は更に先へ進んだということだ。この先はこれまで進んでいない道で未知だ。僕はしばらく考えたが、やはりあの謎の人物を許すわけにはいかないので、先へ進むことにした。


 しばらく地下11階層の未探索エリアを進むと道が2つに分かれていた。あいつはどっちへ行ったのだろう。こういう時に使えるスキルでもあればよかったのだが、僕が悩んでいると右側の通路の奥からモンスターの叫び声が聞こえた。


「ギェアアアアアッ!」


 初めて聞いた叫び声、オーガのものでもなさそうだ。一体どんな化け物がでてくるやら……、自然と手にした木刀を握る手にも力が入る。ゆっくりとたいまつで照らされた道を進む。道幅はそれほど広くも狭くもない。僕が両手を広げて両壁に手がつくくらいの余裕はあった。しばらく道なりに進むと、僕の前方から戦闘をしている音が聞こえてきた。


 さっきのフードを被った謎の人物だ!見つけたぞ観念しろ。

 僕から藤原さんの「ムスコ」への鎮魂歌・・・が幕を開けた。

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