第6話 スキルってなに
エレベーターが地上へ着く少し前に藤原さんは意識を取り戻した。
「痛てて……。あんまりにもいてぇから気絶しちまったよ」
「大丈夫ですか?藤原さん、もうすぐ地上に着きますよ」
藤原さんは息を吸うのも辛いのか顔を蒼白にしてあまりの痛みに汗がにじんでいる。……エレベーターが地上に着いたようだ、ドアが開く。僕は藤原さんに肩を貸しながらゆっくりとエレベーターから降りる。
「あんまり無理しないでくださいよ」
「あぁ、すまねぇな手間かける。とりあえず医者にみてもらうか」
「どこに行けばいいですか?」
「とりあえず救急外来でいいだろ。俺の怪我は
藤原さんに言われた通り救急外来へ向かう。救急外来に到着して、近くにいた看護師に藤原さんの容態を見てもらうおうと声をかけた。
「あの、すいません」
「はい、なんでしょうか?」
藤原さんはこの看護師と顔見知りなのか、気さくな感じで話しかけた。
「よぉ姉ちゃん、ちょっと俺の怪我の状態を見てくれるか」
「あら、血まみれ……って防災センターの藤原さんじゃない!また怪我して」
「これには海よりも深いわけがあるんだよ。まぁ怪我の具合をみてくれよ」
「はぁ……どれどれ?」
藤原さんの前で看護師は、かがんで容態をみているようだ。僕はそんな看護師を見て気づいたことがあった。――ネコミミだ!
本物のネコミミなのだろうか?触ってみたい。僕はゆっくりと看護師の頭へ手を伸ばした。看護師は僕が彼女のネコミミを触ろうとしていることには気づいていない。モフッとした感触が僕の手に伝わる。本物だ。
そして同時に下から見上げられる視線を感じた。おそるおそる下を見る。……ネコミミを生やした看護師がこちらをジト目で見ていた。
「ごめんなさい、つい出来心で……」
僕は犯罪者が言う言い訳ベスト1位な言い訳をした。看護師はこちらを見ながら立ち上がる。
「ふーん……あなたも防災センターの人なのね。新人さん?」
「は、はい」
看護師は藤原さんの方に向き直ると、今も痛みにうめく藤原さんの現在のウィークポイントの腹を的確に何度も平手で叩く。
「なっ!痛い。何すんだねーちゃん、イテッ!」
「自分とこの新人くらい!ちゃんと!躾なさいよね!」
最後に力一杯振るわれた看護師の右手に藤原さんはその場にうずくまった。痛みをこらえて小刻みに震える藤原さん。
しばらくすると、顔を上げる。
「っつー。あばら骨折れてるってのにボディはねーだろう」
「藤原さんあなたね、仕事熱心なのは良いけど怪我が多すぎよ」
看護師は「それと……」と僕の方を向く。
「あなたは、亜人種を敵に回したいのかしら?私たち亜人種の耳を触るのがいけない事くらい今時分小学生でも知ってるわよ!」
看護師はそう言って、白いワンピース型のナース服からすらっと伸びた右足で僕のスネを蹴る。看護師さんの足に見とれていた僕はまともにくらう。あまりの痛みに飛び上がった。
「いってーっ!何するんですか!」
「こっちのセリフよ!いい?次に私の耳を触ったらこの爪で引っかくから」
彼女はそう言って手先から10cmほど伸びている自身の爪を殺意マンマンで僕に見せた。僕は思わず後ずさりする。そしてとりあえずもう一度謝罪することにした。
「すいませんでした。以後気をつけます」
「お!今日は青か!いいもん見たぜ!グヘッ!」
「……!」
藤原さんは自身の見た桃源郷に夢を抱いて砕け散った。看護師に腹部を蹴り上げられてノックアウトされてしまった。僕も一瞬だけ看護師が藤原さんを蹴り上げた際に桃源郷を見た気がしたが、紳士な僕は沈黙を守った。
「はぁ……どうしようもない人……」
看護師はそう言って薬品庫らしき部屋へ入りビンに入った薬品らしきものを持って僕らの前に戻ってきた。
「藤原さん今月で何回目よ。そんな怪我ばっかりして」
その怪我の5割は看護師さんだと思ったが、黙って成り行きを見届ける。看護師は藤原さんの上着を脱がすとビンに入ってた薬品、どうやら軟膏のようだ、軟膏を痛々しい青アザになっている部分に塗りつけた。
僕の目の前でみるみるうちに藤原さんの腹部の青アザが消えていく。
塗りつけた軟膏は内部まで届いたのか、さっきまで辛そうだった藤原さんの顔も痛みが和らいでいるのか穏やかなものになった。元気になった藤原さんは自身の隣に腰かけている看護師のスカートをめくりながら鼻の下を伸ばしている。
「いやーいつもすまんね。助かるよねーちゃん」
「次はないですからね。後……」
「ん?まだなんかあるのかねーちゃん」
「人の下着をのぞくな!!エロジジィ」
再びノックアウトされた藤原さんが起きるの待って防災センターへ向かう。防災センターへ向かう道すがら、さっき僕に起こった不思議な現象について藤原さんに尋ねた。
「そういえば、さっきのオーガでしたっけ?あいつを倒した時、光の玉みたいなのが見えたんですよ」
「あぁそれな。さっき地下でも言ったがスキルを得たんだろ?なんだ自慢か?」
「スキルってなんですか?」
僕の素朴な質問に藤原さんは「小学生でも知ってるはずなんだが……」と言ってスキルについて説明をしてくれた。
「スキルってのは簡単に言えば強くなったってことだ以上」
「えっと、それだけですか?」
藤原さんは人に教えるのが苦手らしい。頭を何度もひねりながら必死に説明する方法を考えているようだ。
「あー、つまりオーガと対面した時、大輔君はどう思った」
「藤原さんを守らなきゃ?って思ってたと思います」
僕の返事を聞いた藤原さんは自身のお尻を押さえて僕から遠ざかる。
「大輔君、気持ちはうれしいが俺には妻がいる。すまんな」
「そ、そういう意味じゃないです。僕だって女の子が好きです」
僕の必死なノーマルアピールに藤原さんは笑う。
「あっはは!冗談だよ冗談。つまり何かに必死になった時、あとは自分より格上との戦闘でスキルを得るってのが多いみたいだ。はっきりとはわかっていない」
「なるほど、どんなスキルを得たのか自分でわかるんですか?」
自分でどんなスキルを持っているのかわかれば、この仕事で役立つだろう。それにスキルってなんか響きがいい。無資格の僕からすれば初めての資格みたいなものだ。この世界だと履歴書とかに書く欄はあるのかな。
「鑑定持ちでもなきゃ、それはわからないな。妖精族なら鑑定持ちも多いみたいだが」
「妖精ですか……。あ、僕が居候してる家にいます」
「本当か!俺も見てもらおうかね。そういえば、どこの家に居候してるんだ?」
「社宅の2Fのララって妖精の部屋にお邪魔してます」
妖精ならば心当たりがあった。自身でお助け妖精と名乗っていたララだ。ララは今頃何をしてるのだろう。僕はその時ふと思った。思えば居候させてもらっている身だし、何か恩返ししたほうがいいのかな。妖精の好きなものってなんだろう。そんな事を考えながら藤原さんと会話していた。
「じゃあ今日の仕事終わりにでも行くかね」
「今日帰ったらララに頼んでおきますね」
そんな話をしている間に防災センターの前まで来ていた。ドアを開けて中に入る。すると朝は居なかった人間が防災センターの中には居た。
「おー所長元気そうだな。応援業務は終わったのか?」
「やー藤原君、元気そうでなにより、業務は無事に終わったよ。……おや新人さんだね。初めましてここの所長をやっている早坂さとしと言います」
「初めまして、2日ほど前に入った新人の山下大輔です」
僕の目の前で腰かけている人がここ、防災センターの所長らしい。おかっぱ頭に、メガネをかけた男性だ。
「まぁ固いのは抜きにしてっと藤原君、今日の地下はどうだった?」
「おう!それがな聞いてくれよ所長。ここにいる大輔君が階層主らしきオーガを一人で討伐したんだ」
藤原さんは自分のことかのように喜々として、僕が階層主を討伐したことを所長の早坂に説明している。しかし所長はあまり興味がないのか、こちらに顔を上げもせずに、手元の資料を読んでいた。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ報告書、後で書いておいてね藤原君」
「おいおい、ここに入って二日の新人が偉業をなしたってのに、ずいぶん淡白な反応じゃないか?」
「若者の蛮勇はもう聞き飽きたんだ。この年まで生きてくるとね」
それだけ藤原さんに向かって言うと、所長の早坂は防災センターを出て行ってしまった。藤原さんは僕に気をつかったのか、こちらを振り返り励ましてくる。
「まぁ、所長はいつもあんな感じだ。悪い奴じゃないんだけどな、気にすんなよ大輔君。新人が行う仕事にしては完璧に近い仕事をした」
「はぁ……」
僕はあの所長と上手くやっていけるだろうか。そんな不安がよぎる。今日初めて藤原さん以外のビルメンに出会ったが、なんというか目の前の藤原さん含め『変人』というレッテルが貼られているような気がする。
僕の知る日本の上司というのは、部下の失敗は部下のもの。部下の成功は上司の俺のおかげ、という様な人間だった。それでも僕が仕事で何か困ってる時は嫌々ながらも手を貸してくれていた。こちらの上司である、所長はもしかすると、そういった手伝いすらしてくれないように見えた。
それに目の前のベテラン社員だという藤原さんも、自身がさっきまで痛みにうめいていたことなど、まるでなかったかの様に僕の成功を所長に報告していた。普通なら、まずは自分が怪我を負ったことを所長に報告するのが常だろう。
なんだか、こっちの日本は僕の常識が通用しない事態ばかりが起きる。建物の地下にはモンスターがいるし、看護師さんの頭にはネコミミが生えていたし、防災センターの人々は今のところ変人ばかりだし。
僕が考え込んでいると、心配した様子の藤原さんが話しかけてきた。
「ん?なにか悩み事か青年よ。今年で54になるおじいちゃんが人生相談に乗ろうか?」
「いえ、悩みだなんて。ところで、そろそろ定時になりますね。上がって大丈夫なんですか?」
僕はもしかすると、この世界の常識から外れた唯一の人間なのかもしれない。この世界に暮らす多くの人々は僕がさっき考えたことなど気にも留めないのだろう。でもその世界に、上手く溶け込まなければならない、当然そうだ。
僕、山下大輔という人間はモンスターのいない平和な日本から、こっちのモンスター蔓延る日本に来て、これからこちらの世界で生活していかなければならないのだから。僕はそう考えて自身の不安に区切りをつけた。
そして、今日は上がっても問題ないとの藤原さんの鶴の一声。なので帰り支度をして、藤原さんと共に社宅の2Fにある、ララの部屋に向かった。玄関のドアを開け、中に入る。
「ただいま、ララ」
「おかえりなさい。大輔さんそれと……そちらは?」
「あぁ小さなお嬢ちゃん。俺は藤原鉄也(ふじはらてつや)って言う大輔君の職場の仲間だ」
「そうだったんですね。私はお助け妖精のララと言います。よろしくおねがいしますね」
藤原さんが妖精のララに「鑑定スキルは持っているか?」と聞くとララは持っているというので僕と藤原さんの鑑定をしてもらうことになった。
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