第4話遭遇した怪物と木製バットな僕


 藤原さんが先頭で昨日ゴブリンと遭遇した地点まで然したる問題もなく到着することができた。LEDの明かりに照らされたゴブリンの死体は昨日のまま、その場に乱雑に散らばっていた。正直あまり直視したくないような光景だが、腐敗などはまったく進んでいない様子だ。


「藤原さん、モンスターの死体って腐敗とかするんですか?」


 僕はふと気になり藤原さんにそう聞いてみる。


「それがなぁ……俺にもなぜかはわからないんだが、モンスターの死体は全く腐ったりしないみたいだ。現に昨日俺たちが食べた、ゴブ肉だっていつの肉かわからん代物だろうしな」

「うわ……。衛生的にそれって大丈夫なんですか?ここに置きっぱなしってのもちょっと……」

「あぁ、だいたい一週間に一回くらいの頻度で『肉屋』っていう奴らが回収してくから問題ないぞ。まぁ俺たちも持ち帰って売るのもいいんだが、今みたいにこれから探索で奥へ行くのに荷物増やすってのもあれだしよ、帰りはそこまで体力残ってることが稀だろう? ……道に迷ったときに目印になるしな」

「なるほど」


 確かに藤原さんの言うことには一理あると僕は思った。ただでさえ視界の利かない暗闇なのだ。僕たちが現在進行する地下十階は幸い、分岐路などは今のところないが、この先も一本道である保証はどこにもないのだ。僕たちはその後、会話らしい会話もなく暗い洞窟のような道を進む。


 すると、僕らの進行方向やや前方で左右の壁が開けており大広間とも言うような広い空間にたどり着いた。その大広間の左右の壁面にはびっしりとヒカリゴケのようなものが茂っており、広い空間ながらも今までの洞窟に比べればある程度の視野は利いた。「……これはいったい」

 僕は思わずそう呟くと、藤原さんも同意するように口を開く。


「あぁ……こいつは俺も初めてみたぜ。何が起きてもおかしくはねぇぞ慎重に進もう」


 しばらくの間、僕らの足音だけが静かな空間に響く。 あと少しで大広間を横断しようという時、正面から洞窟が揺るぐような雄叫びが聞こえてきた。 「大輔君!危ない!」 藤原さんはそう叫びながら僕を突き飛ばした。とっさの事で僕は受け身も取れずに冷たくゴツゴツした岩肌の床を何度か転がる。 そして顔を上げた瞬間、僕の目に映ったのは苦しそうな表情でいつもの刀を支える藤原さんの姿と、その刀に僕の身の丈はあるだろう、金属製の鉄棍のようなものを振り下ろす3mほどの怪物がいた。鍔迫り合いのような拮抗状態から、「ふんっ!」と渾身の力を出したような藤原さんの声とともに一人と一匹の距離が空く。


「藤原さん……!そいつは」

「オーガだ!オーガがでやがった!あっはは!階層主だ!階層主に違いない」


 藤原さんは、いつもなら眠そうな両目をギンギンに見開き自らがオーガと呼んだモンスターとの戦闘を楽しんでいるのか、その口元には笑みさえ浮かべながら、オーガと切り結ぶ。オーガも、その勢いに負けじと手にした鉄棍の握りが軋む音が聞こえるほど握りしめ藤原さんを潰すかの勢いで殴り掛かる。互いの武器が火花を散らしながら交差すると、体格の差が大きいのか藤原さんは後方へよろけ、たたらを踏む。


「ちぃ……。向こうの土俵で戦っても分が悪りぃかぁ……。さて……と、どうやって料理してやるかね」


 そう言いつつ藤原さんは、刀を構えなおしオーガとの距離を詰めるべく駆け出す。オーガもそれに合わせるように鉄棍を振り上げ藤原さんの頭を砕かんと振り下ろす。しかし、その攻撃をひらりと避けつつオーガの横っ腹を切り裂くべく刀を振るうが、オーガは、それを予測していたかのように体を捻らせ回避する。そしてそのまま流れるように鉄棍を振るい反撃に転じる。藤原さんはその鉄棍を受け流すように受けつつも、更に追撃を加えるためにオーガの懐へ踏み込む。


「いいねぇ~!楽しいじゃねーか!もっと俺を楽しませてくれ!」


 そんなことを叫びながら、戦い続ける一人と一匹だったが、戦況は徐々に藤原さんが押され始めているように見える。それは純粋に武器の性能差だった。オーガの持つ鉄棍はとてつもなく長い、その長さ故に取り回しが悪い反面、オーガの筋力も合わさり凶悪な攻撃力を持つ。藤原さんの使っている刀は、取り回しが良い代わりに一撃が軽いのだ。


 少しずつだが勝敗の天秤は、オーガ側に傾いていく。さっきまでは藤原さんもオーガへ攻撃を加えていたが、今現在は刀を斜に構えて防戦一方だ。「このままじゃ……」 僕はその光景に焦りを覚えた。


 そして次の瞬間―― 「ガァアアアアアアッ!」「っ!?」


 突然、最初以降だんまりとしていたオーガが雄叫びを上げた。それは藤原さんの注意を引くには十分で、一瞬だが動きを止めてしまった。オーガはその好機を逃すことなく、鉄棍を持っていない方の手で藤原さんを力いっぱい薙ぎ払った。回避も防御もすることなく藤原さんは丸太のような腕で声を上げる暇もなく、数メートルほど吹き飛ばされた。


「……藤原さん!」


 僕は、たまらず藤原さんを呼ぶ。しかし吹き飛ばれた方向から返答はなかった。広い空間に満たされたヒカリゴケによって辛うじて五体満足であることはわかった。 藤原さんの吹き飛ばされた方向からオーガの方に振り向く。


 ……どうやらオーガは次の標的を僕に決めたらしい。

 ――藤原さんでも勝てない相手に僕が勝てるだろうか。 


 僕は今まで生きてきた人生で最も死に近い匂いを感じつつ、大物を相手にするには頼りないと言わざるを得ない得物を両手で握りしめて怪物と対峙するのであった。

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