本屋にて

三雲貴生

一話完結

 扉を開けた瞬間、冷房の風が俺の身体を吹き抜けていった。

外気温度は36度


「ここは何度だー?」


 ちょうど本屋の入口に温度計があった。


「27度!! 寒いぐらいだ!」


 店員がそれを聞いていて「大切な本があるからですねぇー」と愛想笑いを浮かべた。30代の男性店員は緑のエプロンをしてレジカウンターに立っていた。


「その高値な本って言うのを見てみたいな?」


「奥の方に御座います」


「どこ?」


「ずっとずうっと奥ですよ」


 ご丁寧にその場所には『豪華装丁の本のコーナー』と手書きPOPで書いてあった。


 豪華本はアート作品が多かった。


「俺の趣味じゃねーなー。彼女ののこなら芸術もわかるかもしれないが……」


「どうですか? 彼女さんにプレゼントでも? ここに来られたのも、彼女さんにプレゼントを買いに──では?」


(当たりだ! だが、ソレを認めるのも腹立たしいので黙っている)


「おい店員。同じ豪華本なのに、1つだけ価格が違うのはどうしてだ?」


「それは中身が違うのですよ。書かれている言葉がきっと、あなたの心に響く筈です」


「20万円っ!! 高っ!!」


 本の題名は、表に『命の危機を』裏に……


 小説のようだ。命とか。危機とか。20万円とか。

オレの琴線に引っかかるフレーズが並ぶ。


「内容は読めないのか?」


「あなたが最終的には命を救われる内容です」


「んーんーんー」


「あなたが買わなければ、誰かが得をします」


「ンーンーンー」


「彼女さんへの最高ーのプレゼントになります」


「でもなー。最近、ムダなもの買って、彼女ののこに怒られたばかりなんだ」


「彼女さんが涙を流して喜びますよ」


「買った!! ん? その涙を流してとかいうフレーズは?」


 中年店員は笑って誤魔化していた。


 ひとまず買った。


 それは事実だ。


 急いで店を出ると、落ち着ける場所へ向かった。


 だが正直に言おう。


 落ち着ける場所はなかった。


 彼女と待ち合わせで、彼女がトイレに立っている間に、あの本の1ページ目を読んだ。途中でチラと読んだが──あれは間違えかもしれない。もう一度読み直した。


***

タイトル:オレの失態


 ケツがかゆいのでトイレでズボンを降ろしかいていたら電車に遅れた。

彼女に遅れると言う連絡をするが電話に出てくれない。

ケツをかいていて電車に遅れたと正直にメールしたら受け取り拒否された。


 最悪だ!!

***


「だ・ま・さ・れ・たーーッッ!!」


 後で引き返したが、その本屋は無くなっていた。


 冷や汗たらたら。


「ダマされたの?」


 その言葉を他人、今は彼女に言われたらショックが倍増した。


「違うぞ! コココレは、とても良い本なんだ」


(まだ1ページしか読んでないけど……)


【正直に話した場合をシミュレート】


「あんたバカじゃないの! 20万っ!! あ、別れましょう……」


 突き通すのだ! ウソを。 この豪華装丁な本は、ほ・ん・と・うに良い本なんだと。


「そんなに良い本なら、私にも読ませて、ねぇ?」


「ん。ちょっと手を出して見ろ!」


「ハイ」


「ダメだな」


「エー」


「手に絵の具がついている。コレは非常に貴重な本なんだ。油絵のコンクールが終わってからにしなさい!」


「ちぇ、わかったー」


(たすかったー油絵に夢中な彼女ののこの手は、半年は絵の具に汚れている。その内、本の事は忘れるハズだ)


 良い本だと言った以上、彼女との会話以外の時は、本を読むことにした。

 彼女も友だちとのLINEに夢中だ。


***

 彼女は予定通りオレを待たずに電車に乗っていた。

 だから彼女からの返事が来ないハズだ。

 オレは、オレは、オレは、

***


「何だこりゃ」


「ん? どうしたの?」


「いい本だなーいや全く。文字にムダが全く無い」


「ふうーん」


***

 あの日を冷静に思い返すのに17年かかった。

 彼女は、予定通りあの電車に乗って、

 死んだ。

 オレは遅れた為に助かった。

 電車は○月○日の○○行きの最終電車で……

***


「ねえねえ」


 オレは冷静に本から顔を上げた。たぶん顔が引きつっていたかもしれない。誰が、いつ、誰の為に書いたか分からない小説は──小説ですらなかった。


「ねえねえってば……終電ッ」


「ああ、もうそんな時間か」


「走ったら間に合うから、走ろう!」


「ああああ、そうだな……」


 彼女が立ち上がった。

  オレも腰を浮かせた。

   イヤな予感がした。

    イヤなイヤな予感がした。


「なあ、コレから乗る電車って、○○行きの最終電車だったよな?」


「そうね」


 そして今日は、あの本の示した日なのだ。


「どうしたの?」


 急に寒気がした。

  寒気がした。

   悪寒がした。

    だから叫んでしまった。


 のりおくれろ!

  のりおくれるんだ!!


「ウン!」


彼女はなにかを察してニッコリ微笑んだ。

(終電遅れてお泊りね?)


イヤそっちじゃないって!!


 翌日、事故が起きた。


彼女はには、そのニュースは見せていない。

コンクールの出品に忙しいのが幸いした。


本屋にて買った本は本物だった。


20万円の豪華装丁本の題名は、表に『命の危機を』裏に『救う本』


タイトルは『命の危機を救う本』だった。


そして本の最後のページには、こう書かれていた。


***

最後にあなたが体験したそのままを、


あなたの文章で書き足してください。


次の読者の命を救うために……

***

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本屋にて 三雲貴生 @mikumotakao

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