お母さん

口羽龍

お母さん

 今日は3月18日。小学校の卒業式だ。6年生は来月から中学校に進む。だが、子供たちはさわやかな表情だ。中学校でまた会えるだろうと思っているからだ。


 彼らの保護者はここまで成長した子供たちに感動し、これからの中学校生活を夢に見ている。そしてその先、どんな大人になっていくんだろうと思い浮かべる。


 勇樹は小学校6年生。今日、小学校の卒業式を迎えた。めでたい日だが、勇樹の顔は浮かれない。入学式や授業参観で必ず来てくれた母、勇子(ゆうこ)がいないからだ。


 勇樹の母、勇子は去年の夏に交通事故で突然死んだ。死んだ直後は涙が止まらなかったという。時間が経つにつれて、勇樹は少しずつ忘れてきた。だけど、あの時の事を考えると、今でも涙が止まらなくなる。


「お母さん、今日、僕は卒業したよ」


 勇樹は勇子の位牌の前にいた。勇子の位牌は優しそうな顔をしている。それを見るだけで、勇樹は癒される。そこに勇子がいるんだと思ってしまう。


「喜んでいるといいね」


 勇樹は振り向いた。そこには父、一樹(かずき)がいる。一樹は都内で働いているサラリーマンだ。数年の交際の末にやっと結婚した勇子が、こんなにもあっけなく死んでしまうなんて、その直後は信じられなかった。もっと一緒にいたかったのに。一樹も涙を流し、別れを悲しんだ。


「うん」

「死んだ時は、辛かったよな」


 一樹は勇樹の肩を叩いた。勇樹は笑みを浮かべた。


「うん」


 と、一樹は窓から空を見上げた。いつものように青い空が広がっている。まるで勇樹を祝福しているかのようだ。


「だけど、今日の卒業式、遠い空から見ていたと思うよ」

「本当?」


 勇樹は立ち上がり、空を見上げた。だが、勇子の姿はない。遠い空の、見えない所にいるんだろうか?


「うん。喜んでいたと思うよ」

「そうかな?」


 一樹は勇子の事を思い出した。寂しいけれど、いつかは忘れるだろう。そして、夢の中で思い出すだろう。幸せだった日々を。


「そう信じようよ。これからの中学校生活、見守ってくれるから、元気出して!」

「わかった!」


 勇樹は笑みを浮かべた。寂しくなんかない。きっと母が空から見守っているさ。




 その日の夜、勇樹は東京の夜景を見ていた。とても美しい。中学校、高校、大学を経て、一樹のようにここで仕事をするんだろうか? それとも、また別の場所で仕事をするんだろうか? それは、これから決まるだろう。僕はどんな大人になるんだろう。それはまだ未来の話だ。これから決めていこう。


 勇樹は緑の龍のぬいぐるみを持っている。母がおととしのクリスマスプレゼントで買ってきてくれたぬいぐるみだ。勇樹はそれを大切にしている。それを見るたびに、母との楽しい思い出を思い出す。あの頃は、幸せだったな。だけど、一瞬でその幸せは奪われてしまった。


「お母さん・・・」


 勇樹は夜空を見上げた。夜空を見ても勇子は見えない。だけど、どこかにいるはずだ。


「おやすみ、お母さん」


 勇樹はベッドに横になり、寝入った。何にもない、いつもの夜だ。今日はどんな夢を見るんだろうか? 僕の未来を見る事ができたら嬉しいな。


 勇樹が目を開けると、そこは自宅だ。まだ外は夜のようだ。東京の美しい夜景が見える。いつもと変わりない夜の風景だ。


「あれっ?」


 窓の外には、あのぬいぐるみのような緑の龍がいる。一体何だろう。勇樹は首をかしげた。


「勇樹・・・」


 勇子の声だ。まさか、勇子が生まれ変わった姿だろうか? 勇樹は信じられなかった。死んだ勇子が緑の龍に生まれ変わるとは。


「お母さん?」

「そうよ」


 勇樹は呆然としている。まさか、夢の中で勇子に再会するとは。卒業式だから、会えたんだろうか?


「どうしてこんな姿に」

「事故を起こしたら、こんな姿になっていて」


 勇子は緑の龍に生まれ変わったいきさつを話した。交通事故で即死した直後、目を覚ますと、自分が緑の龍になっていたという。


「すごいな」


 と、勇子は笑みを浮かべた。何かを考えたようだ。


「一緒に飛んでみる?」


 勇樹は少し戸惑った。まさか、一緒に空を飛ぶとは。まるでテレビゲームの世界だ。本当にこんな事をできるとは。


「うん」


 勇樹は勇子の背中に乗った。勇子は羽がないのにあっという間に空へ舞い上がった。関東地方の夜空が広がる。スカイツリーとは比べ物にならない絶景だ。


「すごーい! 本当に飛んでる」


 勇子は東京の都心部にやって来た。夜景がより一層美しい。スカイツリーや東京タワーが見える。勇樹は東京の夜景に感動していた。こんな経験、現実ではできないかもしれない。


「きれいでしょ?」

「うん!」


 しばらく飛んだ後、勇子は自宅に戻ってきた。卒業式の日に、こんな夢を見られるとは。きっとそれは、天国の母が見せた奇跡に違いない。きっと僕の卒業式を見ていて、感動していたに違いない。


「勇樹、お母さんが生きられなかった分、たくましく生きてね」

「うん!」


 勇子は空に飛び、天に帰っていった。勇樹はそれをじっと見ている。今までで最高の夢を見る事ができた。何て素晴らしい日だろう。


「あれっ、夢か・・・」


 勇樹が起きると、朝だ。外には誰もいない。だけど、遠い空には母がいる。昨日の夢のように、緑の龍として見守っている。


「勇樹、どうした? 空でも見て」


 勇樹は振り向いた。そこには一樹がいる。どうやら起こしに来たようだ。今日からしばらくは休みだ。中学校生活に向けて準備しなければ。


「お母さんがいるかなって思って」

「見ているといいね」


 2人は空を見上げた。あの日のように、空が晴れている。あの空の先に、母がいて、2人を見守っているに違いない。

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お母さん 口羽龍 @ryo_kuchiba

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