あるぬいぐるみの物語【KAC2023】

佐藤哲太

あるぬいぐるみの物語 【KAC20232】

 あぁ、退屈だ。

 

 俺がそう思ったのは、これで何度目だろうか。


 毎日毎日同じポーズを取り、毎日毎日同じ顔をする。

 こんな日々、やってらんねぇよなぁ。


 そう毒付いたって言葉を出せるわけじゃない。


 奴らは自由に言葉を発して、自由なポーズを取るけれど、俺たちにはそれができない。


 誰か俺たちに自由をくれないか。


 こんな願いも、届くことはない。


 ああ、退屈だ。


 あの頃に、戻れやしないかな。


 楽しかった時を思い出しながら、俺は、今日も同じ景色の中、じっと時間が経つのを待つのだった。


 



「もうだいぶ汚れちゃったし、捨てたら?」

「えー、ずっと前から一緒にいるから,愛着があるんだけどなー」


 聞こえてくる会話に、俺は正直不安を募らせた。

 先月、長いこと一緒に付き合ってきた仲間がいなくなった。

 寡黙な奴だったけど、気のいい奴だったと思う。

 でも、消えた。


 だから次は俺の番なんじゃないかと思って、ドキドキドキドキ。


 でも口ぶり的に今日誰かがいなくなることはなさそうで、ホッ。


 でも俺もそろそろ疲れてきたんだよな。

 肌もかさつくし、抜け毛も増えた気がする。


 ここから見える景色も、実は後少しだったりしてな。



 ☆


 ああ、腕が痛い。

 ほんと、ここは暗いな。

 最後に日の光を見たのはいつだろう。

 もう思い出せやしないぜ。


 最近じゃ前はよく聞こえてきた声たちの会話も、聞こえなくなった。

 

 俺とあいつが対面することは、年に1回あるかないか。

 

 会えた時は、俺の希望をアピールするチャンス。このチャンスにかける思いは、一塩だ。

 とはいえ、俺には話すことも手を振ることもできやしない。

 

 たまには昔みたいに、のんびり話を聞きたいなぁ。







 その日は突如としてやってきた。


「お母さん! この子ボロボロだよ!」


 暗い空間で息を潜めるように過ごして、どれくらいが経っただろうか。

 暗い静寂が破られたのは、突然のことだった。


「わっ。懐かしい。その子は昔、お母さんが子どもの頃に、おばあちゃんに買ってもらった子なんだよ。小さい頃は,いつも一緒だったんだよ」

「こんなにボロボロなのに?」

「小さい頃、色々連れ回してたから、汚れちゃったんだ。でもその子との思い出が忘れられなくて、ずっとしまっていたの。……忘れられなかったはずなのに、そこにしまっていたの、忘れちゃってたんだけどね」

「ふーん……あたし、この子と遊んでいい!?」

「え、いいけど……もっと綺麗な子、あるけどいいの?」

「うん! お母さんのお友達と、あたしも遊びたいから!」

「そう。わかった。仲良くしてあげてね」

「うん!」


 身体を触れられたのはいつぶりだろうか。

 乱暴な手つきに痛みを覚えたけど、その触り方は、なんだか知っているような気がして懐かしかった。


 ぶんぶんと身体が揺さぶられ、吐きそうな気持ちになったり、空中を何度も舞い、時折床に衝突して思わず「痛い!」と声を出しそうになり——


 ギュッと強く抱きしめられる、懐かしい感触に溺れたり。


 ああ。

 俺の目の前に浮かぶ笑顔に、まるで昔を思い出す。

 俺とあの子が出会った時も、あの子はこんな笑顔を浮かべていた。


 あの頃の幸せを、思い出す。


「お母さん! あたし,この子とお友達になっていい?」

「え、そんなに汚れてるのに、いいの?」

「うん! この子が喜んでるみたいだから、お友達になってあげるの!」

「そう。じゃあ、その子のこと、綺麗にしてあげないとね」

「うん!」


 




 君が昔大切にしていた友達は、今どこで何をしてるのかな。

 暗い部屋に押し込んで、寂しくしてやいないかい?

 たまにでいいからさ、よかったら、思い出してやってくれよな。

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あるぬいぐるみの物語【KAC2023】 佐藤哲太 @noraneko0919

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