クサビとハンマー

 荒涼とした原野に立つ朽ちかけた館で、アイザックは吸血鬼ジェイコブと対峙していました。


「人間の客人とはひさしぶりだ。歓迎するぞ」


 館の外見とは不釣り合いなほど荘厳な書斎で、ジェイコブは椅子にかけたまま余裕たっぷりにアイザックを迎え入れました。


 ジェイコブが放つ超常的な雰囲気を肌で感じた瞬間、アイザックは大金に釣られてこの仕事を請け負ったことを激しく後悔しました。


「そう緊張するな。せっかくこんな場所まで来てくれたんだ、上等なワインはいかがかな?」


 豪奢な衣装に身を包んだジェイコブは椅子を立ちアイザックの方へと歩み寄ってきました。

 

「ち、近寄るな!」


 アイザックが剣を構えて威嚇します。しかしジェイコブはその様子を鼻で笑うとアイザックに言いました。


「勇ましいことだが、それは蛮勇だな。大方、金で私の始末を依頼されたといったところか?」


 アイザックは何も答えません。


「ふむ、ここ百余年、私は近隣の人間達に迷惑など掛けた覚えはないのだが――弱者は得てして強者に対し無形の恐怖を抱くということか?」


「知るか!……とにかく、俺は倒すぞ……お前を!」


 アイザックは勇気を絞り出し、純然たる恐怖を振りまく吸血鬼に向かって吠えます。そして腰から鉄のクサビを一本取り出すと力強く握りしめました。


「……いや、待て待て……なんだそれは?」


「これでお前を討つ!」


「……討つって、お前……それ、登山用の鉄のクサビだろ」


「そうだ!」


 ジェイコブは呆れたように額に手を当ててうなだれました。


「……そのクサビだとヴァンパイアは殺せんが、お前知ってるのか?」


「え?!そ、そうなのか?でも、これしか売ってなくて」


 ジェイコブはため息を漏らしながら再びうなだれます。


「お前……相手が私だからよかったものの、他のヴァンパイアに当っていたら……そもそもその武器……まぁ、とりあえず座れ……」


「あ、はい……」


 寂れた館内では、未熟な冒険者への説教が始まりました。

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