ほくち箱

 カミラの歌うような詠唱が終わると、薄暗い洞窟内に閃光と爆音が響き渡りました。


「流石アネさん。何度見ても惚れ惚れしまさぁ!」


 カミラの後ろに隠れていた男が、一瞬でゴブリンの集団を焼き尽くした魔法に称賛を述べます。


「お世辞はいいから、早く先に行きな」


 松明を持った男は周囲を照らしながら洞窟の奥へと進みました。


「本当にこの奥にあるんだろうね?」


「ええ、確かな筋から仕入れた情報ですからねぇ」


 しばらく進むと道が二股に分かれています。男が懐に入れたメモ書きを取り出そうとしたところ、突然、暗がりからゴブリンが斬り掛かってきました。


 男は咄嗟とっさに取り出した短剣で斬撃をいなしますが、その拍子に持っていた松明を水たまりに落としてしまいました。


 幸いにも天井の亀裂から漏れ込む薄明りのおかげで周囲が真っ暗闇になることはありませんでしたが、不利な状況には変わりません。


「アネさん!アネさん!」


 男が慌ててカミラに助けを求めた瞬間、ゴブリンの小さな胴体に光の矢が突き刺さりました。


「アネさん、助かりました!」


 カミラは感謝の言葉を遮るように男を𠮟りつけます。


「この馬鹿、松明が台無しだよ」


「だ、大丈夫ですって。予備はまだありますんで」


 男は背負い袋からもう一本の松明を取り出しました。


「さぁ、チャチャッと火をお願いしまさぁ」


「アンタねぇ、何でもかんでも魔法で解決しようってのはいただけないよ……」


 カミラは男の背後に回ると、背負い袋から火口箱ほくちばこを見つけて取り出します。

 

 そして打ち金と火打石を使い手際よく火口に火種を起こすと、附木に移した火を使って松明に火を灯しました。


「こうやって手間暇かけてこそ、火の有難みがわかるってもんでしょ」


「はぁ……そういうもんですかねぇ」


 男は関心したような呆れたような表情で、煌々と燃える松明の火を見つめました。


「さぁ、さっさと行くよブラコン」


「あねさん、いい加減“ブラックコンドル”って呼んでくださいよ……」

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