ぬいぐるみのみーちゃん、よるにこっそりうごいてるのっ!

青猫

本編

今は草木も眠る、丑三つ時。

御影奈央という名の5歳の少女は、じっとクマのぬいぐるみを見つめていた。

——それは、奈央が亡き両親から貰った形見であり、今もなお、奈央のお気に入りのぬいぐるみだった。

両親が亡くなったと聞いたときも、みーちゃんがいたから乗り越えられた。

奈央は、このぬいぐるみをそれはもう大事に大事にしていた。

そんな彼女が、じっとみーちゃんを見つめる理由。

それは、昨日の晩、彼女が気が付いたことにある。


(みーちゃん、うごいてる!)




——それは、奈央が偶然にも昨夜、ハッと目が覚めた時の事である。

扉を開けて、何かが出ていく。

でも、奈央を引き取った叔母さんは、隣で寝ている。

叔父さんはいつも仕事が忙しくて、顔をあまり見たことがない。

だから、最初は叔父さんかと思ったけど、叔父さんにしては小さい。


(もしかして、こびとさんかも?)


奈央はその日、絵本で読んだ靴屋さんの小人を思い出していた。

靴屋の店主が寝ている間に靴を作ってくれる不思議な存在。

普段から寝つきが良く、一度寝ると朝までてこでも起きない彼女の眼は、ぱっちり冴えてしまった。


(こびとさんとおはなししたい!)


奈央は隣の叔母さんを起こさないようにこっそりと起きると、ゆっくりと謎の影を追いかける。5歳の好奇心旺盛な少女は、止まらない。

奈央が謎の影を追いかけて、リビングに向かうと、謎の影はそこで立ち止まっていた。

奈央は自分の姿が見られないようにこっそりと影の正体を暴こうとする。



その時、ちょうど月の光が部屋の中に差し、その謎の影を照らす。

——そこには、奈央がいつも大切に抱いているクマのぬいぐるみのみーちゃんがそこにいた。


(みーちゃん!)


奈央は、思わずみーちゃんに駆け寄ろうとする。

しかし、不思議なことに、みーちゃんは、奈央が一度瞬きをする間にフッと姿を消してしまったのだ。


「みーちゃん!」


奈央はキョロキョロとあたりを見回す。

しかし、みーちゃんは影も形も見当たらない。

奈央がみーちゃんを探して、歩き回っていると、不意にあたりが明るくなる。


「あら、奈央ちゃん、どうしたの?」


それは、隣の寝室で一緒に寝て居た叔母さんだった。

奈央の足音と、「みーちゃん!」という声で目を覚ましてしまったのだ。

叔母さんは半分ほど夢うつつで奈央と話をする。


「みーちゃんがいないの!」

「あら、みーちゃんが……」


叔母さんは時計を見る。

時刻は午前零時。深夜帯である。


「……奈央ちゃん、今日はもうお休みして、明日一緒にみーちゃんを探しましょう?今日はもう遅いわ」


そう言われて、奈央はだんだんと眠気を感じてきた。

確かにいつもは今は寝ている時間だ。奈央の体力はもう限界だった。

奈央は、しぶしぶ頷く。


「……うん」


そして、叔母に連れられて、再び布団にもぐる。

布団には、まだ温もりが残っていて、少女を夢に誘うには十分だった。



——翌日。

目を覚ました奈央は、自分の胸の中にみーちゃんが抱かれていることに気がつく。


「あれ、みーちゃんいる……?」


奈央は少しうとうととしながら、叔母が朝ご飯を作るリビングへと向かう。

そこには、すでに温かなみそ汁や、甘い卵焼き、白く湯気の立つご飯が用意されており、叔母さんは、ちょうど魚を焼いている所だった。


「あら、おはよう、奈央ちゃん」

「おはよう……おばさん。……みーちゃん、いた」


うとうとしたまま、叔母さんにみーちゃんの事を話す奈央。


「みーちゃん?あぁ、奈央ちゃんの足元に転がっていたわよ。だから、ちゃんと元に戻しておいたわ」


叔母さんは、そう言っている。

朝ご飯を食べ、頭にエネルギーが回ってくると、途端に少女の昨日の記憶が掘り返された。


(みーちゃん、たってた!)


奈央は、いつも肌身離さず持っているぬいぐるみを自分の前に置き、ぬいぐるみと向き合う。


「みーちゃん、はなせるの?」


奈央はみーちゃんにそう話しかけるが、クマのぬいぐるみであるみーちゃんは全く話す気配を見せない。


「もしかして、ひみつ?」


奈央は首を傾げて、そうつぶやく。

ぬいぐるみは沈黙を保ったままだ。


奈央は叔母さんにこのことを伝えようか逡巡するも、叔母さんは信じてくれないだろうと結論付けて、自分一人でこのぬいぐるみの秘密を暴こうと画策する。


(まずはおひるねをたくさんしよう!)




——その晩。少女の目は冴えていた。

昼にたくさん寝たからだ。

叔母さんは「そんなに寝ると、夜眠れなくなっちゃうからね」と言っていたが、構わず寝た。それが目的だからだ。


そして、一晩中クマを監視するという方法に出たのだ。

少女は、布団の中、ずっとクマを監視する。


「うごいたらすぐにわかる!」


そうして、時間が過ぎる事午前三時過ぎ。

奈央は、ぬいぐるみとのにらめっこをまだ頑張っていた。

しかし、ぬいぐるみは動く気配がない。

そこで、彼女は一計を案ずることにした。

彼女は、うとうとと、瞼がだんだんと重くなっていく様をぬいぐるみに見せつけ、そのまま、目を閉じ、寝息を立てた。

——そう、寝たふりである。


本来ならば、子供のつたない演技など、バレバレなのが、節理である。

しかし、ぬいぐるみは慌てているのか、彼女が寝たことをきちんと確認せずに、布団から飛び出して行ってしまう。


(よし、うまくいった!)


奈央は隣の叔母を起こさないようにしながらも、静かに急いでぬいぐるみを追いかける。


ぬいぐるみは、昨日の夜と同じ場所で固まっていた。

奈央は、ぬいぐるみを捕まえるためにぬいぐるみにダイブする。


「つかまえたーーーっ!!」


そう言って、ぬいぐるみに触った瞬間。

世界の色が変わった。



辺り一面、真っ赤な大地が広がり、幅広い平野には、誰もいない。

奈央は突然変わった景色にきょとんとしていたが、こっちを驚いた表情(?)で見ているぬいぐるみに声を掛ける。


「ねぇねぇ、みーちゃん、うごけるの?」

『まずいな、早く避難させないとっ!——っ!?』


ぬいぐるみからそんな不思議な声がした瞬間、キィーンという耳鳴り音が響き渡り、奈央は耳をふさいだ。


『まずい!』


そんな声がした後、奈央の目の前にはでっかくて真っ赤な角の生えた男の人が立っていた。

男は鼻をくんくんと動かしながら、辺りを見回す。


「あぁ?良い匂いがすると思って匂いをたどってみたら、どこだぁ?ここは」


しかし、男はすぐに顔を奈央の方に向けて、嫌な笑みを浮かべる。


「お?こいつから、すっげぇウマそうな匂いがするなぁ。こいつが匂いの正体か」


男は嫌な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「こいつを食べたら、どれだけウマいんだろうなぁ?じゃあ、いただきます……」


そう言って男は奈央に手を伸ばす。


(やめて、こないで!)


奈央は男が自分を食べる気だと知って、逃げようとする。

しかし、足がすくんで動かない。

徐々に迫る男の手。


(たすけて、たすけて!)


少女は必死に助けをこう。

しかし、辺りには、誰もいない。

奈央は、寸前に迫る手を見て、声を張り上げて叫ぶ。


「たすけて!おとうさん!!!」

『俺の娘に何しようとしてんじゃいコラ!!』

「ぐへぇ!?!」


その瞬間、男は吹き飛ばされた。

奈央の目の前には、みーちゃんが立っている。


「おとうさん……?」

『あ、やべ。つい怒鳴ってしまった』

『まだまだ未熟者じゃの、猛は』

『あらあら、ウフフ。ごまかしちゃって、あなたも同じことを仕掛けてたわよ』

『うぐっ……わしのは未遂じゃ未遂』


みーちゃんから、お父さんと知らない人たちの声が聞こえる。

奈央は困惑したまま、みーちゃんに近づこうとするが、吹き飛ばされた岩場からの声に委縮する。


「あぁ……?なんだあの人形?俺を蹴り飛ばしたのか?この鬼の俺を?」


男は吹き飛ばされたのにも関わらず、ほとんど無傷でそこにいた。

奈央が泣き出しそうになると、みーちゃんが寄ってきて、頭をポンポンとなでる。


『大丈夫だからね』


「……おかあさん?」


『さて、うちの曾々々孫を泣かせたあいつはどうしたらよいと思う?』

『まぁ、奈央を怖がらせないためにも、即殺がベストかと思いますわ』

『『『『『異議なし』』』』』


その瞬間、みーちゃんは男の方に向き直り、両手を合わせた。


『御影流火炎術その20234581っ!『ぴーっ炎!』』


瞬間、みーちゃんの両手から炎が打ち出されて、男に命中する。


「ぐふっ!?なんだこの炎は!?痛い!痛い!」


そうもがく男。その寸前にみーちゃんが移動する。


『御影流柔術究極奥義。『影攻壱時』』


そう言い終わった時、男の胸には穴が開いていた。


「くっ!?貴様ぁっ!——」


男は事切れ、すぐに灰になって消えゆく。

ここから奈央の所までは距離があり、奈央がこの光景を見ることは無い。

みーちゃんは、すっと奈央の所に戻った。


奈央は、みーちゃんの様子を見て、さっきの怖い人を何とかしてくれたのだと理解し、みーちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「みーちゃん、ありがとぉ!」

『ははっ。どういたしまして、奈央』

『無事でよかった……』


「おとうさん……?おかあさん……?」


小さい頃から慣れ親しんだ声。

奈央の一番好きな人たち。

聞き間違えるはずがない。


『ねぇ、奈央。これは夢なの』

「ゆめ……?」

『そう。夢じゃないと、お母さんたち、奈央に会えないの』

「そうなの……?」

『あ、あぁ。そうだ。奈央。お前は今、夢を見ているんだ』


……夢。

そうなんだ……。

奈央は、おかあさんから言われた、『夢』という言葉をかみしめる。


『ねぇ、奈央。元気?』

「……げんき!げんきだよ!」

『そうか。……叔父さん、叔母さんとはどうだ?』

「うん、おばさんともなかよしだよ!おじさんはあんまりみたことないけど」

『まじかよあいつ……』

「おとうさん?」

『あ、あぁ、いや、何でもないぞ。——それは良かった』


顔は見えないけど、声色は穏やかで優しい。

奈央はお母さんとお父さんがそこにいるという事を実感した。

——ゆめでもうれしい。

奈央は二人に問いかける。


「またあえる?」

『っ……』

『……ごめんな、それは難しいかも』


お母さんは黙り、お父さんが辛そうに答える。

子供心に、これは本当に運が良かったのだと理解する奈央。

でも、またお父さんとお母さんに会えてよかったと感じた。

あの時、みーちゃんを抱きしめながら、もう二度とお父さんとお母さんに会えなくなってしまったと理解したときの底深くへ落ちていく感覚。

でも、会えた。会えたのだ。


奈央はほほをいっぱいにあげてお父さんとお母さんに言う。


「おとうさん、おかあさん、わたし、がんばる!」

『あぁ』

『えぇ』


お父さんとお母さんがそんな風に優しく返事してくれたことで、ついに緊張の糸がほどける。

奈央は、そのまま倒れるように眠ってしまった。


『……眠ってしまったか』

『夢として終わらせてしまうのが一番でしょう。それがこの子の為です』

『あぁ。この子には、私たち、陰陽師のそれとは違った人生を歩んでほしい』


奈央は、この御影家の家系の中でも、突然変異と言ってもいい、不思議な体質を持って生まれた。

それは、妖を引き付ける力。妖からすれば、彼女は極上の食料なのである。

陰陽師の家系として代々技を継いできた御影家にとって、それは、妖との戦いにおいては有利に働くことは、ほぼ間違いないはずだった。


……しかし、奈央は陰陽師としての力を持たずして誕生した。

陰陽師の力の源である妖力は、先天的な物。妖力があれば、陰陽師の各々の一子相伝の技によって、凄まじい力を発揮できる。

しかし、彼女は妖力を持たずして生まれた。

陰陽師の家系にも、まれにそういった子が生まれることもあったが、しかし、彼女は、妖から命を狙われる存在である。

そんな子が、妖に対抗できる力を持たない。

奈央の両親、猛と瑠璃は、そんな自分の子供を守るために懸命に戦った。

そんな中、二人は死んでしまった。


叔父と叔母も妖力は持ってはいたが、戦う能力はあまり高くない。


猛と瑠璃は、何とかして奈央を守れないかと死後も決死の覚悟で動いた結果。

奈央にプレゼントしたクマのぬいぐるみのみーちゃん。

それが、魂を宿す物質として非常に優れていることが分かったのだ。


だから、みーちゃんを用いて、奈央を守るために動いた。

そこに、御影家のご先祖様も協力してくれた。

彼ら、彼女らは皆、奈央が平穏に暮らせることを心から願っている。


だからこそ、陰ながら、彼女を守るため、日々頑張っているのだ。



——翌日、奈央は布団で目を覚ました。

——みーちゃんを抱きしめながら。


昨日のあれは、夢だったのだろうか。


「みーちゃん、はなせる?」


みーちゃんは沈黙したままだ。


「むー……」


でも奈央は奈央なりに満足していた。

あれが夢か現実かわからずとも、いいのだ。

お父さんとお母さんに頑張ると宣言したのだから。


「むふふー!」

「あら、ごきげんね」

「そうなの!」

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