第3話

 俺が慣れてから、園内を回るのは中島と交替でやるようになった。着ぐるみを着ていない方が付き添い役で横につく。今日は中島が着ぐるで、俺が付き添いだ。初めての時、なぜ俺が着ぐるみなのかと不満を持ったが、実際やってみると、付き添いには付き添いの大変さがあるとがわかった。コミュニケーションを仲介したり、写真を撮ったり、着ぐるみをいじめる悪ガキをいさめたりするのも、全部付き添い役だ。顔が出ている分、態度のごまかしが利かない。

 一時間ほど園内を歩いて、そろそろ戻ろうかとなった時だ。ロコちゃんが俺の腕をポンポンした。振り返ると、ロコちゃんは近くのジェットコースターの乗り場を指さす。二階が乗り場で、一階は倉庫になっているのだが、その壁の影に小さな人影が見えた。

 近づいてみると、女の子がひとりでしゃがみこんでいる。「こんにちは」と声をかけると、その子は「シー!」と口の前で指を立てた。それでピンときた俺は、その子と一緒に壁の影に腰を落とした。小声で尋ねる。

「何してるの?」

「かくれんぼ」

 予想通りの答えについ笑ってしまう。遊園地に来てまでかくれんぼすることないのに。ましては場所が悪い。この倉庫は日に何度も台車で機材の出し入れをしている。女の子がいるのは丁度、その扉の前だ。

「それなら、もっといい隠れ場所を教えてあげるよ。ここはちょっと危ないから」

 俺が手招きすると、女の子は素直についてきた。

 すぐ横にある花壇かだんの後ろにその子を誘導する。花壇が互い違いに並んでいて、間を歩くと迷路のようになっている。今はひまわりが植わっていて、花が半分開きかけていた。

「ここからならオニが見えるから、隠れながら逃げられるよ」

 女の子は気に入ったらしく、ヒマワリの茎から周囲を見回している。

 俺はその子から離れ、待たせていたロコちゃんのもとに戻った。

 歩きだして少しすると、花壇の方から子どもの叫び声が聞こえた。

 さっきの子が、オニと思しき別の女の子に追いかけられながら花壇の間を走っている。



 控え室に戻ると、中島が言った。

「子どもの扱いが上手だよね」

「そうですか?」

 と返しつつ、思い当たる節はあった。

 小さい頃の弟と妹は、足を動かし続けないと窒息ちっそくするんじゃないかってレベルでじっとしていられなかった。のんびりしている両親に任せていたらすぐに迷子になるので、外出のたび、俺は常にふたりの手か服を握りしめていなければならなかった。それでも一瞬、他のことに気を取られて、振り返ったらもういないなんてことも何度もある。気づいた瞬間の血の気が引く感覚は、何度経験しても慣れなかった。厄介やっかいだったのは、それをあのふたりが楽しんでいたことだ。脱走に気づいた俺が追いかけてくるのを見るなり、嬉しそうに逃げていく。そのくせ、本当に迷子になると座りこんでピーピー泣くのだ。心配して声をかけてくれた人に事情を説明することもできず、家族のだれかが迎えに来るまで泣き続ける。何度お説教したって同じことを繰り返した。そういう経験があるから、子どもの奇行に対して多少の耐性があるのかもしれない。まったく嬉しくないけど。

 俺は中島が脱いだ着ぐるみを床に敷いたマットの上に置き、中に風が当たるように扇風機をセットした。ブーツと、胴体につながった手袋には乾燥剤を入れておく。こうしておかないと、翌日にはにおいと湿気がひどいのだ。

 すっかり慣れた俺の仕事ぶりを見て、中島が言う。

「ねえ、マシロウ担当が復帰したあとも、スタッフとしてバイト続けない?」

「うーん、どうでしょう」

「向いてると思うんだよなー」

「いやぁ、どうですかねぇ」

 マシロウ担当が帰ってくれば、俺はお役御免やくごめんとなる。ダンサーとして雇ってくれるなら考えるが、それは難しそうだ。となれば、正直ここで働く意味はない。

 曖昧な返事をする俺に、中島は「向いてると思うんだけどなー」とやたら自信ありげに繰り返した。

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