第11話 跳ねる生首

 ひゅんっと風切り音が聞こえて来た。

 聞き間違いじゃない。確かに聞こえて来た。それに聞こえたのは俺だけじゃない。

 俺たちは顔を見合わせて武器を取った。


 ひゅんっ、ひゅんっと繰り返される。

 大きなボールが俺たちの周りで繰り返し弾む感覚だった。


「来たな」


 俺が呟くと4人はこっくりと頷いた。


 すると、中庭の方にいた連中から叫び声が聞こえて来た。


「中庭の方だ!」


 俺は例の簡易的に作った槍を持ってそちらの方へと走った。


 中庭へと続く扉をどんと開けた時、中庭の中央に浮かぶ生首の大きな乱杭歯の隙間から血まみれの脚が見えていた。どろどろと血液が地面に滴り落ちて行く。大きな血だまりが出来上がり、生首はその上をぴちゃぴちゃと跳ねている。


「この野郎………!!」


 俺はぐっと槍を握りしめて闘う意志を固めた。

 エンドリの身体はこの時を待ち受けていたかのように力に漲っている。腕に込められた充満する力は振るう先を求めていた。


 生首は血走った眼を俺に向けた。俺はどこかでその眼を見た事があると思った。でも、その記憶の感覚が俺自身のものなのか、それともエンドリのものなのか分からなかった。その眼を見た俺は無性に気に食わない感じを覚えたし、エンドリの身体はあるはずもない背中を走るたてがみが逆立つ感覚を抱いた。


 そのたてがみの感覚がそのまま筋肉の膨張へと繋がって、俺は勇敢に足を踏み出していた。


 一歩踏み出した俺の方に生首が飛んできた。大口を開けて、血みどろの口腔内と恐ろしい乱杭歯を見せつけながらやって来た。


 それを前転で避けると奴の真下に潜り込んだ。そのまま髪を引っ掴んで手繰っていく。


 生首から伸びる髪の根元へ近づいて、ナイフを結んで作った槍の先端を奴の後頭部へと突き刺した。


 ぶよぶよとした感覚が伝わって来た。牛の腐った死体に突き刺したかのような酷い感覚だった。瞬時にこの攻撃が無意味だと理解する直感があった。


 途端に生首の髪の毛が俺の腕や足にまとわりついてくる。

 それをどうにか振り払うと俺は叫んだ。


「火だ!!」


 大量の火、大量の暴力、それでしかこれを撃退する方法はない。こんな小さな槍、ナイフでは到底歯が立たない。


 他の兵士たちも俺と同じように続いて髪を手繰り、突き刺して、その手ごたえのなさに戸惑いながら、まとわりつかれた髪の毛を振り払おうと身を捩る。


 俺はなんとか髪の呪縛から逃れる事が出来たが、中には逃れられずに手足を折られて奴の口の中へと納まっていく仲間のさまを見る事になった。


「化け物が………!!」


 大量の暴力、それは間違いなく大砲の一撃に他ならない。だが、悪い事にそれを構えたのは正面玄関の方だ。今、闘いは中庭で行われている。


 運が悪い、悪すぎる。


 火の準備を命じてから俺は生首と対峙した。

 中庭は真四角で四方を駐屯地の建物に区切られているそこそこに大きな庭だった。

 左右対称の造園がなされているが、もうかつての見る影はない。栄華を誇った姿は消え去っており、枯れた中央の太い木の幹は陰り、それを囲う花々は枯れてしまっている。


 大砲を置いている正面玄関へ続く扉を背に俺は奴と向き合った。


 生首は笑い、歯の間から血を滴らせて、宙に浮かんでいる。

 長い髪の毛をぐるぐると捻じれながら尖らせて、そして高速で向かって来た。


 俺は恐れていない。エンドリの身体はこんな時にさえも力に漲っていた。心強い。


 鋭い一撃を与える必要がある。上からの一撃、あのぎょろりとした眼にナイフを突き立てる事が出来たら。


 建物の屋上へと向かう階段は建物の角にあるはずだ。


 俺は建物の中へと入り、階段へ向かって駆け出した。


 すると、生首が俺を追ってやって来た。建物の入り口にぶつかり、激しい音を鳴らした。建物の外壁が崩れ落ちていく。生首はその鋭い歯と恐ろしい形相とで建物を破壊しつくそうとしていた。


 歯と顔が俺の背後に迫っている。


 階段を駆け上っていくが、そのすぐ傍で建物は崩れていく。がらがらと落ちて瓦礫の山を築く建物はやはり老朽化していたらしく、生首の猛攻に耐えられはしなかったようだ。


 かつては堅固な守りを攻守ともに備えていたかもしれないこの建物も今となってはそれらは悲しいほど心許なかった。


 階段を駆け抜けて屋上へと出た。


 足元から建物が瓦解していく音と悲鳴、建物が壊れる震えを感じた。


 ぐらつく足場を行き、中庭を見下ろした。建物の一部が生首の突撃に耐えきれずに崩落している。


「それだけ古かったんだ。もう少し新しければそれなりに頑丈だったかもしれないが………」


 そんな呟きを漏らす間にも生首は建物の内部を突き進み、荒らした。


 そして凄まじい轟音と共に屋上へと顔を出す。


 音が生首がやって来る場所を教えてくれた。


 俺はそれを好機だと思った。


 飛びついてあのぎょろりと剥く眼に一撃を加えられたら状況は好転するかもしれない。

 全身にぐっと力を込めたその瞬間に、意識がぐらつくような違和感を覚えた。


 そのぐらつきは決まってこんな時間に訪れる。例の一瞬だった。


 あの夢の中への誘いに他ならない。


 駄目だ、まずはこの一撃をあの化け物にお見舞いするまでは絶対に意識を失うわけにはいかない。


 夢の中に入るにはまだ早い。


 生首が屋上へと完全に飛び出す前の一瞬の隙を突き、俺は奴の頭部に飛びついた。髪の毛を掴み、腰に挿していた大型ナイフを右手に持った。


 そして振り上げた時にもまた強いはっきりとした眠気に襲われた。


 寝るわけにはいかない。


 俺が頭部に乗った事が気に食わない生首が俺を振り払うために飛び跳ねて、揺らし、髪の毛を操って俺を引き剥がそうとする。

 エンドリの力強い肉体はそれらにしっかりと対抗する事が出来た。


「離さないぞ、絶対に!!」


 視界が揺れる。生首の抵抗としがみつく俺の力とがぶつかったのに加えて俺の意識そのものも揺れている。


 右手に持った大型ナイフを逆手に持ち、奴の大きな右目に向けてその切っ先を振るった。それは確かに奴の何かに突き刺さった。槍を突き刺したあのぶよぶよとした感覚よりも確かな実感が手ごたえとして感じる。


 生首の抵抗はもっと激しくなった。

 俺はついに頭から身体を離してしまった。だが、右手は大型ナイフを握ったままでいる。それは生首の眼球に突き刺さっていた!


 生首が叫び、涙と血の混じった液体を出していた。


 ざまあみやがれ、化け物が。


 そうして達成感を抱いた瞬間に俺の手はナイフから離れていた。全身に力が入らない。頭はぼうっとして夢見心地になっている。


 いつの間にか宙を舞っていた。生首が中庭の上空を跳ねていたのだ。


 俺は落ちていた。魂は夢へ、身体は地上に叩きつけられるだろう。

 霞む視界の向こう側で生首が苦しんでいるのが見えていた。

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