第10話 そして、夕暮れ
朝になっていた。
俺は生首の対策のために他の多くの武器を建物の玄関の周りに集めて置いた。
続々と人が集まって来る。
中にはこの駐屯地から去るという者まで現れていた。
俺は判断が付かなかった。
唯一、出来たとするのなら兵士として領地を固守する事だけ。それだけは正しいように考えた。
俺が留まる事を選ぶとそれに賛同する多くの者と、反対する者とで別れた。賛同する者はここに残り、反対する者は上司たちにこの事態を報告するために帰り支度を始める。
だが、分かっているのだろうか。その帰り道の安全も俺たちにはまだ把握すら出来ていないという事に。
敵がどれだけ居て、どのような姿形を持ち、どのような性質を持つ者なのかすらも分かっていないのだ。
あれがまだほんの一兵士で、あとには10人、20人といないとは限らないのだ。闘えるところで闘うしかない。
大砲の準備も万全にしている。これがあればいくらかは闘えるだろう。
朝から昼の間は静かだった。どうやら奴が来るのは夜の間だけらしい。
準備に割ける時間はまだまだある。本当はもっとあったら良いのだろうが、今の俺たちにはそれすらも限られている。
俺は短い睡眠をとった後に、昼食を食べた。みんな、話をしなかった。去っていった者たちを数え、それを嘆き、自分の選択の後悔をつらつらと始めていた。
エンドリの身体はそんな中で力に溢れていた。鬱屈とした振るい所のない力、何かを思い切り殴りつけたい衝動に上腕が痙攣を続けている。
やるべき事はある。それは俺にしか出来ない事だった。
俺は周りを見渡した。
マイノアとルーリーはいない。どうやら駐屯地を去る選択をとったらしい。
それならそれでいい。ここに留まる事だけが正しいというつもりはない。たぶんこの異常事態を上に報せる事も正しい事のはずだ。
トレフェンとナデッタ、ライモンドは居た。
「よお」
俺は意気消沈している3人に話しかけた。
「ライモンド、調子は?」
「いや、俺は………」
言葉を探している。そうだろうなと思った。
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言ってアダルフォのところへ向かった。アダルフォは負傷者の治療を手伝っていた。
「アダルフォ、ちょっと付いて来てくれ」
「分かった」
俺の表情を見てどんな用事なのか察したらしい。
途中の作業を他の者に任せて切り上げるとアダルフォは俺の後に付いた。
途中、ゲリーがいるのに気が付いた。奴は座り込んでいる。顔を立てている膝の間に埋めて下を向いている。意気を挫かれた男、ここで最も無様なのはここを去る奴でもなく、負傷に泣き喚く奴でもない。闘う意志すらももう持てなくなった奴に他ならない。
アダルフォを連れて来る3人の戸惑いは強くなった。
「よし、落ち着いて聞いてくれるか?」
俺は4人を見た。
4人とも顔を見合わせてこっくりと頷いた。この事態の中でならどんな話でも聞く準備があるようだった。なにせ、生首が途轍もない速度で飛んでいるんだからな。
「俺はエンドリだけどエンドリじゃない。別の誰かなんだ」
誰も何も言わなかった。
「身体はエンドリだ。でも、魂、心は違う。○○○○・○○○○だと言っても分かってもらえないらしいから一度しか言わないが、そうなんだ」
トレフェンとナデッタはハッとしてライモンドを見た。
分かってくれたに違いない。
「ライモンド、お前は今、昨日の記憶を持ってるか?」
聞くとライモンドは首を振った。
「曖昧だ。覚えているようないないような、ぽっかりと空いたってわけじゃないのに全然思い出せないんだ」
俺は頷いた。
「俺は昨日、お前の身体の中にいた。お前の身体を扱っていたのは俺だったんだ。それが今はエンドリの身体にいる。その前はねずみ。その前はアダルフォだった。転々としてるんだ」
「信じられねえ」
トレフェンが頭を振りながら言う。ナデッタは真剣な目で俺を見ていた。その顔つきは俺の話がどれだけ現状に合った物、考えるべき物かを判断するかのようだった。
そしてアダルフォも俺を真剣に見つめている。
「明日も俺はエンドリじゃなくなる。別の誰かに乗り移るだろう。これまで落ち着いていた奴が途端に取り乱したり、異常的な言動をしたりするかもしれない。でも、俺はこの事態を乗り越えたい。俺が転々とする事と外を化け物が飛んでいる事がもしかしたら関係しているかもしれないんだ。その解決だけは本気だ。俺は自分を取り戻すつもりでいる。事態の解決をするつもりはあるんだ。明日、もしかしたら別の奴になっているかもしれないが、そいつがいつもと違う様子でいたとしても、気が狂ったとか言って相手にしないような真似はしないでくれ。ひとまずは話を聞く余裕だけは持っていて欲しい」
俺は「頼んだ」と頭を下げた。
その様子にトレフェンは「くそ」と呟いた。
ナデッタはこんな状況であるのにも関わらずくすっと笑って言った。
「本当にエンドリじゃないって事は分かったね」
ライモンドは困惑している。それはアダルフォも同じであったらしい。
「俺は自分の身の回りで起こっている事の説明しか出来ない。それを理解するかしないかはお前たちに委ねるしかない。でも、分かってるはずだ。俺が確かにそこにいたという証をお前たちは受け取ってるはずだ。たぶん、明日にもその異変は起きると思う」
4人は頷いた。どうやら俺の言っている事を理解してくれたらしい。恐らく半信半疑で。
「よし、現状の把握から始めよう。大砲は正面玄関にある」
そうして作戦会議は始まった。
太陽はその歩みをたゆまず続けて真上にあったそれを徐々に斜めに、そして地平線の遥か向こうへと姿を隠そうと進んでいく。
作戦会議と準備を終えた俺たちは正面玄関のところで待機していた。
「夜になると奴が出て来るはずだ」
4人はこっくりと頷いた。
準備は万端だ。後はどうなるか。
「異常事態が続くってのも嫌なもんだ」
トレフェンがぽつりと呟いた。
「これっきりにして欲しいぜ。全然そんな気なんてなかったのに今になって急に故郷の事を思い出しちまった。終わったら休暇をとって故郷に帰ってみようかな」
「良いね、トレフェンって都市の出身じゃないんだ?」
「ああ、全然ちがうね。川のせせらぎなんて言っちゃあ綺麗だが鳥の鳴き声と川のせせらぎが良く聞こえるようなド田舎さ」
「へー、それを言ったらわたしなんてスモッグの空と列車の走る音だな」
「酒が飲みたいよな」
「ああ、それが必要だな」
「腹いっぱい飯が食いてえよ」
「うん。食べて飲もうよ。みんなで!」
「ガスパール将軍の乱心といい、最近は嫌になる事ばかりだぜ」
「それもこれも全部、終わりにしようよ」
俺たちは頷いた。
準備は出来ている。来るなら来い、化け物め。
夕暮れ時になった。
運命の時、それはもう間近に迫っていた。
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