第9話 備えるしかない

 屋敷には、俺たちの他にもたくさんの者たちが集まっていた。


「なんだよ、何があったんだ?」


 生首を見ていない者たちが訓練の一環だと思い込んで事態を把握しようと詰め掛けている。


 俺たちは汗だくになって屋敷の玄関の前で座り込んだ。


 アダルフォが俺に駆け寄って来た。


「良かった。エンドリ、大丈夫だったか?」


「問題ない。奴はすぐに来るぞ。備えを整えるんだ。ゲリーはどこだ?」


 アダルフォはこっくりと頷いて、顎をくいと動かして左手の方を示した。


 そこに膝を抱え込んでその間に顔を埋めて下を向いているゲリーが居た。もう戦力にはならないだろう。


 意気を挫かれた戦士には戦士としての未来は期待できない。


「ゲリー、身の安全を図るなら建物の中へ入っておけ」


 言葉をかけたが顔すら上げられないゲリーを残して俺は建物の中へと入った。


 武器になりそうな物を探すしかない。


 アダルフォは周りの戦意のある者たちを集めて生首を見た者たちと共に現状を把握していない男たちに説明を始めた。


 俺は先に建物の奥へと入って武器庫を探した。


 入り口の右壁に貼られていた間取り図を破り取る。俺はそれを頼りに進んだ。

 松明を持って腰には大型ナイフを挿している。簡易的な自作の槍は入り口に残して来た。


 建物の中は外の様子や入り口の慌ただしい様子とは打って変わってひっそりと静まっていた。


 松明の灯りで照らした間取り図によると武器庫は入り口から左へ向かって角を折れた先、3つ目の部屋らしい。


 間取りを見るとそれほど広くはないようだ。つまり碌な武器がないかもしれない。


 武器庫に入ると間取り図を壁の傍に置いて中を見渡した。埃をかぶった槍や剣、盾がある。壁際に設置されている専用の台には弓がいくつか置かれているが弦は使い物にならないように見えていた。


 俺はそれらを見る前にひときわ大きな布を被せられていた物に目を向けた。布を剥ぎ取るとそれは大砲だった。それも全部で3門ある。使えるかは分からない。よくよく調べてみる必要があるが、これらを外まで運ぶのにも時間を要するだろう。


 だが、大型ナイフなどよりも俄然と頼もしく思えて来た。


 これを使うしかない。あの生首の腐った鼻っ柱を砕いてやるにはこの大砲から打ち出す砲弾でしかあり得ないのだ。


 この大砲を運ぶにはたくさんの手が必要だ。とにかく使えそうな武器がある事を示す事と入り口を守るために槍と盾を持って入り口へと引き返した。


 夜明けもそろそろだ。

 太陽が出て来た時の生首がどうなるのか見ておきたい。


 戻ってくる途中でゲリーが蹲っているのを見た。どうやら移動したらしい。それでいい。失われる必要のない命なら危機から離れた方が良いのだ。そしてもう戻って来る道はない。


 入り口の玄関ホールへ戻って来るとアダルフォを呼んだ。


「アダルフォ、武器庫にいくつかの使えそうな武器がある。これを使おう」


「本当か、良かった。助かるよ、エンドリ!」


 言いながら玄関ホールを見渡してみる。そこは人が増えているようにも見えるがさっき見た顔ぶれは逆に少なくなっているようにも見えた。


 集まっていた顔ぶれの中にはトレフェンとナデッタ、俺が離れたライモンドが居た。彼の右腕には義手が嵌め込まれている。それにマイノア、ルーリー、ヴァラもいる。


 かける言葉はない。

 無事ならそれでいいさ、と思うばかりだった。


 だが、奴らは使えるだろう。大砲を運ぶのに協力してくれそうだ。


 俺は彼らがいるところへと近づいた。


「だから、俺は分からないんだよ。知らないんだ」


「とぼけるな。お前がさっき俺たちのところへ来て異常な事ばかりを言ってたじゃないか。この状況を予想していたんじゃないか?」


「分からない。覚えてないんだ」


 ライモンドに戻っている。正真正銘のライモンドだ。

 だが、これは貴重だ。俺が入った後に起こした行動の影響を受けている者たちがいるといいう事と受けていない者たちがいる。


 ライモンドはどこへ居たのだろうか。


 そんな考えが頭の隅に浮かんできたが今はそれを考える時じゃない。


「おい、お前ら、武器を揃えるのを手伝ってくれ!」


 すると、トレフェンやマイノアは嫌悪の表情を浮かべて俺を見た。

 異常者を見るという眼よりは近づきがたい、信じるに値しない者を見るような眼だった。


 むかっ腹が立った。ぶん殴ってやりたい気持ちが湧いてくる。ぐっと肩から腕へと力が入って思わず拳を握りしめていた。


「おい、聞こえてるだろ!」


 再度、呼びかけるが奴らは動こうとしなかった。それでいて無視するように自分たちの話をするわけでもない。ただ敵意とはいかないまでも明らかな嫌悪を向けて来る。


「おい、エンドリが武器を探して来てくれたんだ。手伝ってやってくれ!」


 アダルフォが言った。


 アダルフォに言われて渋々と言った感じでトレフェンとマイノアが俺の方を向く。


「で、武器ってどこにあるんだよ?」


 心底から俺の事を、エンドリの事を信用していない口ぶりで言う。

 この野郎ども、このくそ野郎ども!

 ぶん殴って、ぶちのめしてやろうか!


「こっちだ」


 気持ちとは裏腹に口から出た言葉は冷静だった。


「大砲が3門と槍や剣がいくつかある。弓もあるが弦は使い物にならない傷み具合だろう。大砲も使えるかどうか確認しなくっちゃならない。誰かその時代の大砲の知識がある者はいるか?」


 誰も反応しなかった。


 ふん、ならいい。無駄口を叩く余裕もないようだ。かえって静かで気分が良いさ。


 すると、思わぬところから声があった。


「エンドリ………」


 見るとゲリーが手をあげている。顔を起こしてげっそりとした気味の悪い顔色を見せていた。


「ゲリー、どうした?」


「俺は大砲の論文を書いて提出した事があるよ。年代が古すぎると分からないかもしれないけれど」


「よし、ついてこい。立て」


 ゲリーは足が震えて力が入らない様子だった。

 嘔吐を繰り返して体力も減っているのだろう。力が萎えているのが分かる。


 心配するよりも早く俺の腕はゲリーの腕を掴んで無理やり引き上げていた。


「しっかりしやがれ、ゲリー。今まで何のために訓練して来たんだ? 分かってねえのか、ただなあなあでやって来たからこそこんな時に何をしたら良いのかが分からねえんだ。脚に力を入れて立ちやがれ!」


 どんと突き飛ばして前へと押した。押されるがままにゲリーはふらふらと前進し、壁へともたれかかった。


 そのままずり落ちそうになりながら、何とか姿勢を保つとよろよろと進み始めた。


 その後は大砲のある武器庫へたどり着くまでみんな一言も喋ろうとしない無言が続いた。


「使えそうか?」


 大砲を見るゲリーに尋ねた。


「使えそうなのは1門しかない。真ん中のそれだよ。状態が悪すぎる。砲弾を装填しても上手く飛ぶかどうか分からない。発射の衝撃に耐えられるのはその1門だけだよ」


「よし、1門あるのなら十分だ。これを移動させるのも大変だからな。3門が全て使えると言われていたらどれを運ぶか選ぶ事になった。1門ならかえって絞られるさ。おい、大砲の専門家なら奴を撃つのにどこに構えるのが最適か分かるか?」


 ゲリーは大砲の状態と大きさ、標的を考慮している様子で黙り込んだ。

 後ろの方で槍や剣、盾を運ぶのが分かった。

 

「入り口が最も適切だと思うな」


 ゲリーは慎重な口調で言った。


 俺は頷いた。


「決まりだ。大砲をそこまで運ぼう。砲弾も忘れるな」


 大砲は砲身とそれを支える台に置かれている。2つの車輪も錆びついていてぎこちない。それを無理やりに動かして俺たちはそれを運んだ。


 俺たちはその大砲を入り口に構えて砲弾を装填した。


 そしてその頃には東の空から太陽が昇って来ていた。


 朝が来た。夜が明けたらしい。


 スレアンドラ旧駐屯地の敷地内には火の名残を思わせる煙が立ち上り、そこかしこに死体と負傷者の呻きが聞こえていた。


 この晴れた外にあの生首の化け物が居るのだろうか。今、この建物の外に勇敢にも外へ出ようとする者はひとりとしていなかった。

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