第7話 漲るちから
目が覚めた。
ここがどこだか確認しようとする前に直感的に俺がどこにいるのか分かっていた。
座っている。
そして目の前には回転盤がある。それを置いたテーブルがあった。
「「ごきげんよう」」
ユートゥとユェートゥだった。
俺は早く戻りたい。
みんなのところへ帰りたい。○○○○・○○○○として。
名前も身体も、取り戻したいんだ。
俺は2人のバニーガールを睨みつけた。
「衣装が少し変わってるな。前よりも華美になっている」
バニーガールの衣装が美しくなっていた。
「あら、ありがとうございます」
「たくさん賭けてくださる人がいますからね」
嫌味………だろうか?
「俺はどれだけ賭けているのだろう?」
「忘れるほど遊びになっているのかも………?」
「遊ぶほど余裕もあるのかも………?」
揶揄っていやがる。
馬鹿にしやがって、誰が好きでこんなところにやって来るものかよ。
「ここには責任者がいるのか?」
「いますよ」
ユートゥが答えた。
ユェートゥが俺の後ろに回り込む。
「会わせてくれ」
「そんな簡単にはいきませんよ。呼んだら来るというものでもありません。それなりに要件がなくてはあの重い腰は上がりませんね。ね。ユェートゥ?」
「ええ、ユートゥ。でも、この人とっても会いたいみたい。事情があるのならわたしたちが伝えても良い。それが責任者の知る必要があることなら。ね、ユートゥ?」
「ええ、わたしたちも人助けはしたいもの」
「ええ、これが善意ってものね」
なにが善意だ、ふざけやがって。
必ず呼び出してやる。
この場所の謎を答えるまで首根っこを掴んで放してやらない。
「考え事は済んだ? いかさまなんてここでは出来ない。純粋な運とそれが嵌まり込む盤の枠を作る仲介だけ。この2つの要素を考え抜いて賭けるの。あなたは段々と分かって来たのじゃない? ここの事、あなたの事、わたしたちの事、そしてあなたがこの場所の外へと置いて来た背景の事。考える事は勝つためのいかさまじゃない。2つの要素の間を駆け巡るあらゆる事のはず」
ユェートゥが毎度のように俺の椅子の背もたれの部分を掴んだ。ぐっと前に押し出した。
俺は手でテーブルを掴むと胸に当たるのを防いだ。
ユートゥが回転盤の中央に据えられているつまみを握る。
ユェートゥの言う通りだ。俺が考えるべきはいかさまの方法じゃない。
考えるのは勝つ方法、あらゆる困難に打ち勝つ方法だ。
俺の名前は○○○○・○○○○、身体を失っている、仲間・友が窮地に陥っているかもしれない。
「賭けよう」
全てを委ねる。後戻りが出来ないほど考え抜いた賭けをするために、賭けてはいけない物に手を出すんだ。
賭ける物、手放してはいけない物。
ユートゥが俺の言葉を待っている。つまみを握る手には力が込められていた。奴も本気だ。俺の眼を見つめる瞳には閃きがあった。
ユェートゥが俺の右隣にやって来た。椅子の手すりに腰かけている。俺の右肩に肘を置いて、左手の人差し指でうなじを優しく撫でた。
「俺の心臓を賭ける」
ユートゥが回転盤を回転させた。
そして球が放たれた。
眼を開けると俺の視線はライモンドの時よりも高かった。
どうやら俺は今、立ったままでいるらしい。
身体には鬱屈とした力で溢れていた。
ライモンドの沈み込んで固まっていく力の感覚とは打って変わって、解放を求めている感覚が身体中を引き締めている。この溢れんばかりの力の奔流を繋ぎとめているのは張りつめた皮膚と本人の理性だけだった。
手を見てみると指は太く、かなり厚い。熊の手のような力強さがある。手の甲は小さな傷で覆われていた。
身体と顔をそれぞれ触れてみる。身体も鍛え抜かれているし、顔つきも無駄な脂肪の無い整った感じだった。髪は短く刈り込まれていて、驚く事にクリームで整えられている。
この人物は………。
「エンドリ、ボーっとするな!」
エンドリケリー・エンボット。
この野郎は、いつもこんな感じが漲っているのか。
右手が動く。
失っていた物をひとつ、取り戻していた。
○○○○・○○○○。
名は取り戻していない。
それだがこれは前進だ。失うだけじゃない。
「エンドリ!」
アダルフォが俺の肩を掴んだ。
俺は反射的にその手を振り払う。
「ボーっとするなよ、こんな時に!」
アダルフォとゲリーがいる。
2人の眼には恐怖の色が濃く表れていた。
何かが飛んでいるのが見える。
悲鳴が聞こえる。
あの飛翔体がみんなを襲っている。
ぐるんと翻る様子が見えた。夜の暗がりだが月明かりで微かに見える。
「アダルフォ、火を焚くんだ!」
俺が、いやエンドリが指示を出すとアダルフォはすぐに行動に移した。
ゲリーはテントの中でぶるぶると震えていた。
「ゲリー、立て!」
呼びかけるが彼は応えない。
恐怖に挫かれた男の震えが伝わって来る。だが、それは共感とはならず、同様に同情すら湧いて来ない。エンドリはそれらが伝わって影響を受けるほど弱い心身を持っていなかった。
「エンドリ、何が起こっているんだろう?」
「分からない。だけど、何か飛翔体が見える事は確かだ。きっとあれだろう。備えるんだ!」
武器を探さなければならなかった。
アダルフォを見ると飛翔体の様子を見ながら火を大きくさせている。それでいい、そのままやるんだ。
炎が出来るならそれを求めて人が集まる。人が集まれば防衛手段も様々な形で講じる事が出来るはずだ。
武器を探すのだが、俺は思いがけずにゲリーの方へと動き出していた。
自分でも分からない。武器を入れているであろうリュックとテントの中を調べる事よりも優先するべき事があったのか。
エンドリの熊のような手がゲリーの衣服を掴んで持ち上げた。
そして口が開く。
「立て、ゲリー。この意気地なし野郎が!」
「エンドリ………。勘弁してくれよ」
テントの中から引っ張り出して、地面へと放り投げた。
「訓練を思い出せ。こんな時のためにやって来た事だろうが。てめえの面倒はてめえで見やがれ!!」
地面を蹴って砂を巻き上げてゲリーにかける。この叱咤にゲリーはよろよろと立ち上がって動き始めた。
そしてぐっと悲鳴の渦巻く忠心を見る。飛翔体は弾むように飛んで、人々を襲っているようだった。
アダルフォは炎を大きくさせていた。昨日から持ち越していた枝の先に布を巻いている。油を浸した布に火をつけるとそれはめらめらと燃え始めた。
「エンドリ、これを」
簡易的に作られた松明を受け取った。
「おう、ありがとな」
「良いって」
アダルフォは礼を言われたのが意外に嬉しいらしく、調子づいて残る2本の枝に同様の処置をして松明を作りあげた。
武器を検めるとやはりナイフと小銃しかない。
この小銃では3メートルは距離を縮めなければ効果は期待できないだろう。ましてやあんな飛翔体に当てるなんてほぼ不可能だ。
戦闘を意識したエンドリの手がリュックの底へと伸びていく。
ぐいと取り出されたのは規定をはるかに逸脱した大型ナイフだった。
鞘から抜いて刃を確かめる。松明の光に翳されたそれは頼もし気に輝いている。
鞘に納めたそれを腰に挿す。こんな物を持ち込んでいるとはさすがエンドリだと言える。
これがあるのなら次の備えも考えられる。
俺はテントを支えるための棒をテントから抜き取った。それは1メートルもないほどの長さだが現状はそれよりも相応しい物がない。
ロープを取り出してその棒の先にナイフを結び付ける。簡易的な槍が出来上がった。
悲鳴が収まっている。声が小さくなっていた。
それが示す事と言えば人が次々とやられているという事。
そしてあの飛翔体が次の獲物を求めて辺りをさ迷い始めるという事だった。
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