第4話 ○○○○・○○○○
俺は俺を説明した。
ナデッタは俺の支離滅裂な説明を聞いてくれた。
「だから、スレアンドラ旧駐屯地は危険かもしれない。行くのは危ないんだよ」
そうは言うもののナデッタは納得はしていない様子だった。
「でも………」
そんな言葉を言ったきり、言葉は力を失って尻すぼみになっていく。
ちらちらと俺を見て、トレフェンを見た。
すると、トレフェンが言った。
「お前の言う事は支離滅裂すぎる。仮に本当に旧駐屯地の中がそんな状況に陥っているのだとしたらこれからそこへ向かう俺たちがそれら脅威を排除しなくちゃならないんだ。俺たちはそのために行くんだからな。それにお前が今、ライモンドじゃないと言ったとしてもライモンドじゃない誰なのかを言えないのはおかしいじゃないか」
ライモンドじゃないという証明は限りなく難しい。ここで俺が〇〇〇〇・○○○○だと教えられない状態で他の者の名前を言ったとしても探せばそいつは出て来る可能性がある。
どうしたって○○○○・○○○○だと教えられない現状が悪かった。
そうなると………。
考えられる策はただひとつ。
「じゃあ、聞いてくれるだけでいい」
俺は、トレフェンとナデッタに俺に襲い掛かっている事を説明し、このライモンドになる前に見たスレアンドラ旧駐屯地の様子を教えた。
「あそこには何かが居る………」
ナデッタは信じやすいらしい。俺の言葉に対して冷静に判断しようとするが、唾を飲み込んでトレフェンに判断を仰ごうと彼を見た。
「夢だろう」
額に汗を浮かべながらトレフェンが言った。
「夢………!」
ナデッタが飛びつくように納得した。
彼女の中で俺の話がどこかに落ち着く感じがあった。
確かにそうとも取れる。おかしなオープニング、結果を知る事のない場面転換、そしてとんでもない状況への転落。
何もかも夢らしい。
でも、夢じゃない。痛みを感じる。感情だってその都度に湧いてくる。
夢だと思うのなら夢でも良い。そのままこの状況に陥っている者が夢であれ、現実であれいるという事を知っておいてくれさえすれば。
それから俺は静かに歩いた。
そしてスレアンドラ旧駐屯地へとたどり着いた。
時刻は13時、太陽がほとんど真上で輝く時間だった。
明るい空の下で見た旧駐屯地は昨夜のねずみの眼で見た様子とは違うように見えた。
それなのに昨夜の記憶が抜けきらない俺はこのごく平和な様子を受け止め切れなかった。
ねずみの視点で見た恐怖心が魂に刻み込まれたかのように、俺の脚はすくんで震えた。
「おい、ライモンド」
トレフェンが旧駐屯地前で俺を呼ぶ。
「ちっ、ずっとそこにいるつもりかよ?」
ここへは入りたくない。出来たらみんなにも入って欲しくないんだ。
「好きにしろ。お前の荷物はここに置いていくからな。俺の荷を寄越せ」
トレフェンが俺の持っていた小さい荷を引っ掴むと乱暴に取った。
「待ってよ、トレフェン。ね、ライモンド、みんなが居るから安心だよ。どんなものが来たってさ、大丈夫だよ。このまま入ろ?」
「ね?」と言いながら小首を傾げるナデッタが気付けのために手を伸ばして来る。
彼女はまだ俺の話を夢だと思っているのだろう。だが、夢じゃないんだ。本当なんだ。
人は困っている根拠を見せないと協力する手は伸びないらしい。それが見ず知らずの人とあってはなおさらの事だった。でも、それをきっと覆して俺を見てくれる仲間がいる。俺はその存在を知っている。
ナデッタは本当に心配してくれている。トレフェンもきつい言葉をかけつつも俺が立ち尽くすのに気をかけてくれているらしい。先に進んで立ち止り、俺の判断を待っている。
「賭けますか?」「賭けませんか?」
どこかで聞いた言葉が蘇る。
飛び込んだ先で知る事もある。差し出すから得られる物もあるって事か。
俺は下ろされていた自分の荷物を片方の肩で担いだ。ライモンドの鍛え抜かれた肉体はそれを容易に行って、一歩踏み出すのを手伝ってくれていた。
踏み込んだと分かると俺はこの2人をどんどん巻き込む事を考えた。
マイノアとルーリーを探そう。
「マイノアとルーリーを探したい」
俺の言葉を聞いたトレフェンとナデッタはため息をついた。
「その2人ならB班だ。もう到着して次に備えてるだろ」
俺たち3人が所属するのはD班だ。B班にいる2人に会うとなるとまた歩く事を強いられる。
だが、行くしかない。
荷を置いて俺は向かい始めた。
「ちょっと!」
ナデッタが大きな声を出した。
「ったく、しょうがねえ奴だなあ」
全ての荷を置いてすぐ隣にいた班に荷物を見て置いてくれるように頼むと3人でB班のいる広場の方へと歩いた。
スレアンドラ旧駐屯地の敷地内を四方に分け切ってAからDの4つの班に分け与えられるとほとんどがその範囲内で過ごす。
それぞれの飯・宿・排泄などなど生活に必要な物をそこで作りあげていく技術と知識が求められるのだ。
それらを作る時間を割いてしまうのは確かに良くないが、それよりもやるべき事があるはずだ。
B班の敷地内に着くとマイノアとルーリーのいる場所はすぐに分かった。
当然ながら2人の傍に居るのは俺じゃない。
居たのはヴァラだった。
欠けているはずのその場所がもうすでに誰かの手によって埋められているというのが寂しいがこの際は気にしない。
ルーリーは負けん気の強い女で、いつも励まされていた。彼女は地方出身で最初は田舎っぽい女だったのがみるみる内に田舎臭さを拭っていった順応性のある人だ。
マイノアは小柄だが頭の良い男で、俺の良い話し相手になってくれた。彼にはよく色々な話をしたものだ。
訓練の事、友の事、読んでいる本の事、そして恋の事を。
いや、待て。恋?
俺は恋の話だなんてしていたのか。
その記憶が少しも湧いて来ない。誰それと、どこそこへ、と言うように少しも思い出す事が出来ない。
今、する事じゃない。今の事に集中しよう。
「マイノア、ルーリー!」
俺がやって来た事に2人は驚いた様子だった。
作業を中断して止まった手をだらりと下げてマイノアとルーリーは顔を見合わせた。
「分かるよ、戸惑うのも分かる。俺だ、○○○○・○○○○だよ!」
口から出た言葉が自分自身で分からない。
伝わらないに違いない。これで伝わったら奇跡だろう。でも、その奇跡にすがるしか今、方法はなかった。
「ごめん、分からなかった。誰?」
ライモンド・コルテスと言ってしまえば話が終わってしまう。
違う、伝えたいのはそうじゃない。
「俺は、今までお前たちと一緒に組を作ってた男だよ。ヴァラが代わりに入ったんだな。そいつを覚えているだろう?」
お願いだ。忘れただなんて言わないでくれ。そんな事を耳にしてしまったら俺はどうにかなってしまうに違いない。
「止めてよ、そんな冗談は。冗談でも良いものと悪いものがあると思うけど?」
ルーリーが俺が思い浮かべる彼女通りの率直さで睨んでくる。
「事情を、事情を聞いてくれ………」
マイノアがヴァラに中断していた仕事を頼んでルーリーの傍に着いた。
「マイノア、分かってくれ。ヴァラがやってくる前にお前たちと組を作っていた男がいるはずだ。その男が俺なんだよ。どうしてかは分からないが、こんな事態に陥ってるんだ。助けてくれ!」
2人は俺から距離を取りながら、ただ一心に助けを求める人物に対して向けうる善意だけで目の前に居てくれた。
俺はこの間に俺に襲い掛かって来た事態の説明を行った。
「名があるはずだ。覚えているはずだろ。その男の名を!」
マイノアとルーリーがこっくりと頷いて言った。
「○○○○・○○○○なら組を作ってた仲間だよ」
抜け落ちている。俺なのか、俺じゃないのか。
いったいどうなってるんだ。はっきりと言ってくれ。俺の名前を言ってくれ。それがもし本当に俺の名前だとするのならすっぽりと嵌るはずなんだ。それなのにお前たちの言う誰かの名前は俺に少しもすんなりと入って来ない。
「俺は、何なんだ?」
言葉が自然と口から出る。
「いったい何がどうなってるんだ?」
全身から力が抜けていく。
足に力が入らなくなってその場に崩れ落ちてしまった。
「ライモンド、帰ろう。ゆっくり寝れば落ち着くさ」
トレフェンが俺の腕を取って言った。
「ごめんなさい。朝からちょっぴり様子がおかしくって、本当にごめんなさい、気にしないで」
ナデッタがマイノアとルーリーに言う。
「ううん、お大事に。たぶんゆっくりとした休養が必要だよ。その人には」
違う。待ってくれ。よく話をする時間が必要だ。マイノア、ルーリー、お前たちなら分かってくれるはずだ。たくさんの事を語らった仲間じゃないか。
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