第四話 異世界帰還者支援保護機構・千葉総局
RSOの千葉総局は葛城高校から徒歩二十分ほど、閑静な官公庁街にあった。二郎系のボリュームたっぷりなラーメンを食べ終えたばかりの二人にとってみれば、ちょうどいい腹ごなしの運動だった。
スマートフォンを入口のセキュリティチェックでかざし、そのまま中へ入って行く。
すると直ぐに管制室へと繋がった。正面の大きなモニターには関東エリアの地図が大きく映し出されている。
近くに居たオペレーターに俊樹は声を掛ける。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です!」
オペレーターの女性は、俊樹とエイリの顔を見てパッと明るく挨拶を返した。
「ミリアは戻ってきてます?」
「総局長なら帰投後、シャワーに入られました。今はおそらく、いつものようにトレーニングルームかと」
礼を言って、俊樹たちは地下一階へと階段で降りていく。
「相変わらずだね、ミリアさんは」
「向こうじゃ魔法の代謝が凄くて、幾ら食っても太らなかったらしいからな。帰って来てからも食が細くならず、苦労してるんだと」
地下一階にたどり着き、廊下を進んでいく。すると、
バスン、ドカン!
と工事現場のような音が、だんだんと聞こえてくる。
やがて突き当たりにあるドアに至ると、その音が扉の向こうから聴こえてくるのが分かった。
なんの躊躇もなく俊樹はそのドアを開き、声を掛けた。
「ミリア、ただいま」
「ん、おかえり」
中に居た女性は振りかざしていた拳を止め、そして直ぐ近くにあったタオルで汗を拭いた。
汗が光る肌は少し黒く光り、モデルのようにすらりと長い脚とアスリートのような洗練された筋肉が特徴的だった。黒く長い髪は汗でしっとりとしていて、目が覚めるような鮮やかな桃色の口紅が印象的な、そんな美人だった。
彼女の正面にはボコボコになった巨大な金属質の塊があった。およそ二メートル四方ほどだが、まるでスプーンで何度も削られたかのように何か所もえぐれていて、元の形がどんなものだったかを想像することは難しかった。
「じゃあさっそく……って、ちょっとまって、流石に着替えるか」
そう言ってその女性、仁木みりあは着ていたタンクトップを一気に脱いだ。だがそれを目にする前に、俊樹は既にドアを閉めていた。
「はあ……、直らないな、あの癖は」
「筋金入りだからね。いい加減トシ兄も堂々と見れば良いのに。下手に避けるから余計にエロく感じるんだよ」
「無理だ」
「なんで?」
「興奮するから」
エイリは呆れたように頭を振った。
「拗らせてるね」
「高二としての正常な反応です」
言い合っている内にドアが再び開いた。少しダボついたジャージを身にまとったミリアが出てくる。
「おまたせ。じゃ、上いこっか」
階段を上がりながら三人は簡単に情報交換を行う。俊樹は前もって送信していた今回のリターナー、広瀬サキナのステータスについて改めて説明し、そしてサキナの逃走を許してしまったことについて謝罪した。
「なかなか鮮やかな転移魔法だった。正直、成すすべもなかった」
「んー、仕方ない。余りにも突然だったし、それにわたしも、すぐ合流する、なんて言っておきながら結局間に合わなかったし。……ほんと、ごめんね」
頭を下げるミリア。
「だから、それは仕方ないって。ガーブル出てんだったらそっち優先しないと、民間人への被害が出得るし……それに総局長とあろうものが、そんな簡単に頭下げたらだめだって」
「いや、トシ兄を待たせた罪は重いよ。もっと謝れ仁木みりあ……いたたたっ」
無駄口を叩くエイリの頬をつねる俊樹。ミリアは苦笑しながら、
「俊樹がそう言ってくれるとありがたいな。……でも、今回の広瀬サキナさん? 随分あっちへの思い入れも強いねえ。だって会っていきなり、あっちへの再転移の手法を要求してきたんでしょ?」
ミリアはポリポリと頬を掻く。決して上品な動作ではないのに、彼女が行うと何故か様になっていた。
「帰ってきて、10分とかそこらでそれを考えるって、相当こっちへの思い入れが少ないみたいね」
「どうやら、それで合ってるみたい」
通知音が鳴ったスマホを開いてエイリが口を開いた。
「今調査部からレポートが上がってきたよ。広瀬さん、どうやら実の両親は幼少の頃に亡くなってるみたいで、今は親戚夫婦の所に住んでるんだって」
「あー、そういう系か……良かった、地雷踏まなくて」
俊樹は胸を撫で下ろした。状況を説明した際、突然あっちの世界への回帰を要求してきたものだから「あのなあ、親とか友達とか心配すんだろ?」と言いたくなったのだが、それをグッと堪えたのだ。
そのまま三人は、「総局長室」というプレートが貼られた部屋に入る。
中に置いてあるソファーに腰掛けた三人は、その高級感あふれる座り心地に「ふぃー」と一息ついた後、会話の続きを開始した。
「それで、相手の状況と交戦能力は?」
そう言われたエイリは、腕を捲くった。そこには腕時計型のデバイスが嵌められている。少なくとも俊樹に見覚えはなかった。エイリが軽くそれを振ると、
「うおっ」
三人の目の前のテーブル上にホログラム映像が投影された。どうやらこの腕時計型の何かから映し出されているらしい。
「また作ったのか、新しいの」
「うん。外じゃ普段使えないし、こういう場面でこそ活用しないとね」
あとでくれ、いいよ、なんて会話をしながらエイリは端末を操作し、コントロールルームに映し出されていたのと同じ画面を表示した。先ほどと異なるのは、そこに赤いばつ印が記されていることだ。
「早速、先程葛城高校で発生した空間異常のデータを分析して、それに関連しそうな異常が周辺で起きていないか調べてみたよ。するとビンゴ、市原市の養老渓谷で大規模な重力変動及び非連続時空変動を確認できた。たぶん彼女は今、そこに居る」
あれ、と俊樹は声を上げた。
「お前、さっきは分析できるかどうか分かんない、みたいなこと言ってなかったか?」
「できなかったけど、出来るようにしたんだ。これだけ時間があれば、ね」
「これだけ、って……」
こいつ、ずっと俺と一緒にラーメン食って散歩して、そのままこの部屋に来るまでずっと一緒に居たよな? 平然と言ってのけるエイリに、俊樹は驚きと呆れの混じった念を抱いた。
「そして量子モニターには感度あり、魔法はマナタイプじゃなくてMPタイプなのが濃厚」
RSOが把握している限りでは、異世界由来の魔法技術は二つに大別できる。個人が有するスタミナを魔力の厳選とする「マジックポイントタイプ」と、その世界そのものが有する魔法的資源の力を借り受け行使する「マナタイプ」だ。
精霊やエルフ、悪魔などの存在と契約して行使する魔法もマナタイプに分類されるため、あくまで大雑把な区分であることに留意は必要である。
エイリの報告に俊樹は少しだけ肩ひじを緩めた。
「MPだったら、マナよりはマシか」
マナタイプの魔法は厄介な傾向にある。個人の体力などに依らず、無尽蔵に魔法的能力を使う事ができる傾向にあるからだ。
「この前対応したマナタイプは酷かったなあ。その地域の地下水が持ってる熱エネルギーを吸収して、魔法に使ってたみたいなんだけど。そいつが大暴れして抵抗しまくったせいで、熱エネルギーを奪われまくった地下水がついに凍っちゃってさ。井戸水とか使ってる地域だったから、もう周辺住民への説明が大変で大変で……」
はあ、と肩を下ろすミリア。それが実働部隊としての悩みなのか、はたまた管理職としての悩みなのか、高校生の俊樹には推し量りきれないものがあった。
「ちなみに撮ってあるよ、さっきの様子」
いつの間に、と俊樹は驚いたが、しかしエイリが着けていたデバイスの存在を思い出した。あれを使ったのだろうと当たりを付ける。
ホログラム上のデスクトップに、先程まで居た地学準備室の様子が映し出される。
早着替え、複製スマホ、バーナー、そして瞬間移動。
「来て速攻でこんなに魔法使いこなしてる時点で自家発電のMPタイプ確定ね。マナタイプならフォーマットの違いでしばらくマトモに魔法使えないはずだから」
「だったら、しばらくほっとけば体力切れで、泣きついてくるかね?」
「いやあ、どうだろうね」
ミリアは、映像の中で繰り広げられるサキナの魔法の様子を見ながら目を細めた。
「結構一筋縄じゃいかなさそうな雰囲気を感じるよ、彼女からは」
異世界帰還者保護支援機構―異世界に行けない無能力の俺は、異世界帰還者たちを出迎える― 及川盛男 @oimori
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