第5話 良喜札めくるとライオットの事情
「事の起こりは、一人の文官による内部告発だ」
私――良喜札めくるは、暖炉前のソファに座った第二王子ライオットの話に耳を傾ける。
曰く。経理部署で横領が常態化しているのを何とかしたい文官が、第二王子のライオットに告発を手伝ってほしいと訴えてきた。
王家が信頼して管理を任せた金を懐に入れるなど言語道断と、ライオットも証拠集めと監査部署への根回しを率先して行い、いよいよ告発秒読みとなった所で事件は起きた。
告発しようとした文官が、何者かに毒を盛られて倒れたのだ。
文官は一命をとりとめたものの意識不明。
しかし、倒れた文官の側に『横領の罪を償って死ぬ』という文言の遺書。更には文官の自宅に保管してあった証拠文書が燃やされていたことが発覚。
それを何故かライオットより先んじて知っていた経理部署の面々が、なんと『文官は第二王子に不正とその証拠隠滅を強要された』と監査部署に訴え出たのだ。
「何それ、信っじらんない! 自分たちの不正をその文官さんとライオットに押し付けて、なかった事にしようってわけ!?」
「ああ……だが、まだ続きがある」
あまりに非常識な話に堪らず声を上げてしまった私だったが、ライオットの怒りが滲む声音に慌てて口をつぐむ。
経理部署のまさかの逆告発を受け、なんと監査部署の一部から『告発の根回しはライオットが不正を隠ぺいするための自作自演ではないのか』という声が上がり始めたのだ。
当然ライオットは反論したものの、足並みの揃わない捜査の雲行きは怪しくなっていく。
告発内容を確認するための事前審議では、謂れのない糾弾にひたすら耐えるのみ。下手に強権を振りかざせば、却って疑いが濃くなるとわかっていたからだ。
「そして審議が終わった後に……あの、ゴミカス狸親父が待ち伏せてやがった」
「誰て?」
「宰相閣下です、メクル様」
あまりに王族らしからぬ言葉遣いに、後ろに控えていた護衛騎士のカーティスが見かねて説明を代わる。
「事前審議の後、宰相閣下が殿下に『今回の件でどうにもならなくなったらお助けいたします』と申し出たのです」
「助けてもらえるなら、良いことじゃないの?」
「良い訳ないだろうが!! 経理は宰相派の巣窟だぞ!?」
――いや知らないわよ、王宮の派閥事情とか。
再びヒートアップし始めたライオットから若干距離を取り、目線でカーティスに解説を求めると、カーティスは心得たとばかりに頷き説明を続ける。
「端的に言えば、ライオット殿下の母君である正妃陛下を気に入らない連中の集まりが宰相派です」
「とってもわかりやすいわね……何で宰相派は、正妃様が気に入らないのかしら?」
「先代陛下が推し進めた外交政策の一環で、長年険悪な関係にあった隣国から融和を図るために嫁いでいらっしゃったので」
「ああ~。そういうことかあ……」
仲の悪い隣国との融和のために嫁いできた正妃と、それが気に入らない宰相派。
正妃の息子であるライオットと、宰相派の巣窟である経理部署。
つまり今回の件。根本にはカニンガム王国と隣国との関係を巡る、正妃VS宰相派の派閥争いがあり、ライオットは横領の冤罪を掛けられたことで、突如その最前線に立つ羽目になったのだ。
しかも不意打ちに近い形で、事前準備もないまま単独で対立のど真ん中に放り出されたのだから、たまったものではないだろう。
「そう言えば、今の国王様や正妃様ってどうしてるの?」
「国王陛下は板挟みのご心労でお倒れになって、長らく療養中です。
正妃陛下や王太子殿下も、介入すると却って対立が激化するので、動くに動けません」
「援軍は期待できないってことね」
そうなると、孤立無援で戦わざるを得ないライオットに宰相が『お助けしますよ』と声を掛けた真意もわかってくる。
「要するに宰相は、事前審議の段階で『降伏勧告』を出して来たわけか」
『お助けしますよ』は、要するに『今の時点で手を引けば、悪いようにはしませんよ』だ。
応じずに戦う道を選べば、経理部署の連中から進退窮まるまでたった一人で激しい糾弾に晒され続けることになるだろう。
しかし応じたが最後、横領の事実はもみ消され、宰相に屈したライオットの政治的な発言力は皆無になるのは間違いない。
他の王族も介入できない中、糾弾をどうにかする当てがない以上、一旦応じて後から巻き返しを図るという選択肢もあるが……
「宰相におもねる気など
森色の目を憤怒に染めたライオットが言い放った。
「権力とは、正しきことを成すためにある。それを履き違える輩を野放しにしては、王家の権威は地に堕ちる。まして妥協など以ての外!
王族に名を連ねるものとして、俺が奴らに屈するなど断じて……断じて、許されぬ事なのだ……!」
ソファのひじ掛けに置かれたライオットの拳が震えた。荒い息が、薪が燃える音の中に消えていく。
わずかな沈黙の後、私は小さく息を吐いた後――努めて明るくこう言った。
「なるほど。それは『クソッッッタレ!!』とも言いたくなるわね!」
不正が横行する経理部署。保身のためなら同僚に毒を盛り、自分の罪を
――うん、私だったら何回ブチ切れるかわかんないわ。
「き、聞いてたのか……」
「フフ、ごめんなさいね。でも、自分の部屋に戻るまで、ずっと言い返すの我慢してたんでしょ? よく頑張ったわね、偉いわ」
「う、うむ……」
罰の悪そうな顔で視線を逸らすライオットを見て、私は微笑む。
逆境に立って尚、挫けるどころか闘志を燃やし、正しさを貫き通そうとする。
勇ましくて不器用なこの王子様を、私はすっかり気に入ってしまったのだ。
――そんな頑張り屋さんに頼まれたんなら、こっちも気合が入ろうってものよ。
「さて、占うのは『現状を打破する方法』でいいかしら?」
ライオットが頷くのを確認して、私は手に持っていたタロットカードを切り始める。
――あ、しまった。机とか、広げていい場所用意してもらってないわ。
念入りに切り終えてからその考えに至るも、わずかな焦りは杞憂に終わった。
切り終えたタロットカードが手の中からふわりと浮いて、私の胸の前で緩やかな弧を描いて広がったからだ。
まさかと思い、両手を使ってカードを時計回りに混ぜ始めてみれば、テーブルの上と同じように混ぜることが出来た。
どうやら、私がイメージした通りにカードを動かせるらしい。
勝手に宙を舞ったり、触ったら
――まあ、いいわ。今は占いに集中しましょ。
私はカードの
――ライオットが現状を打破して、望む道を進むにはどうしたらいい?
それだけを頭で繰り返して、無心でカードを混ぜ続ける。
頭の中で繰り返す言葉が、音を伴わない純粋な思考になり、カードの渦へと緩やかに巻き込まれていく。
そして、しっかりと混ざったカードを丁寧にまとめて、山札に。
タロット占いでは、カードを広げることを『展開』と呼び、占う内容に応じて決まった位置・決まった順番でカードを展開する方法全般を『スプレッド』と呼ぶ。
私が一番得意なのは、五枚のカードを十字に並べる『ギリシア十字』。
人間関係に関するあらゆる悩みが占える、汎用性の高いスプレッドだ。
――さあ、行くわよ。
山札からカードをめくる。ライオットには見せず、まずは自分で絵柄を確認。
一枚目。相談者の現在の状態を示すカード――うん、ライオットらしいわね。
カードを真っすぐ持ったまま指を離せば、カードは空中で静止した。
何でもありね、と内心で苦笑しつつ、私から見てやや左寄りにカードを浮かせて、次のカードをめくる。
二枚目。相談者が直面している困難を示すカード――まあ、さもありなんだわ。
一枚目からカード一枚分の隙間を空けて、二枚目のカードを浮かせる。これで十字の両側が埋まった。
三枚目。相談者の近い未来を示すカード――あー……こうかあ。
若干憂鬱な気分になりながらも十字の上側に浮かせて、次のカードへ。
四枚目。相談者への助言や対策を示すカード。今のライオットに最も必要とされるカードだが……
――え? ここでこれ?
ちょっと意外なカードが出て来た。
四枚目のカードを持ったまま、私は宙に浮かせた三枚に目を走らせる。
ライオットの状況を思い起こしながら、カードの意味を並んだ順に読み解き、もう一度四枚目に目を戻した。
――ああ、そうか、そういう事ね……なら、これはここで出るべきカードだわ。
私は四枚目を十字の下部に浮かせ、一呼吸おいてから最後の一枚をめくる。
五枚目。相談者が助言や対策に従った後の未来を示すカードは――えっ、ちょ、ふぇっ!?
絵柄を確認した瞬間、変な声が出そうになって咄嗟に息を止めてしまった。
――噓でしょ、この流れで来るの!? 今のライオットに絶対見せちゃダメな奴よ!?
私は平静を装いながら、最後の五枚目を十字の中央に浮かせ、出来上がった十字全体を眺めた後、今度は並べた順を追ってカードを読み解いていく。
経験上、展開したカード同士の関連が強かったり、並べた順にカードがスムーズに読み解ける場合、その占いはかなりの確率で的中している。
今回はカード同士の繋がりも強く、読み解きも容易。ほぼ間違いなく当たっているだろう。
鍵になるのは、四枚目――助言と対策のカードを、ライオットがどう受け取るか。
そこで彼の進退が決まると言っても過言ではない。
――さあ。腕の見せ所よ、私。
「待たせたわね。結果を伝えるわ」
私は
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