第4話 良喜札めくるのタロット解説
「夢と現実の境に住まう、浮遊城『
私――良喜札めくるの自己紹介を聞いた眼下の二人は、目を見開いて固まった後、互いに目配せをして頷き合い、居住まいを正して私に向き合って
「精霊様。これまでの非礼をお詫びいたします。カニンガム王国第二王子ライオット・マーカム・メレーディオ・ル=カニンガム、いかなる償いもいたします」
「第二王子付き近衛騎士、ダウランド侯爵家第一子カーティス。主君ライオット共々、いかなる罰もお受けいたします」
二人の上に浮かぶ私は、にこやかな笑みを保ったまま天を仰ぐ。
――違うのよ……私、自己紹介したかっただけなのよ……
どうやらこの国――カニンガム王国では、精霊の実在が信じられているようだ。
しかも一国の王子が謝罪のために膝を折ったとなると、精霊は王族よりも格上と見なされているのは間違いないだろう。
信仰の対象か、あるいは王家の設立に関わる伝承でも残っているのか。
いずれにせよ、
異世界文化ギャップから生じた誤解を解くべく、私は眼下にいる二人に努めて明るく声を掛ける。
「頭を上げて頂戴。私は気にしてないわ。そもそも寝室に勝手に入ってしまったのは私なのだもの。落ち度が双方にあるなら、あなた達に罰は必要ないんじゃない?」
「……寛大なお言葉、痛み入ります」
ライオットとカーティスは、跪いたまま顔を上げた――姿勢と言葉遣い、どうやって戻してもらおうかしら……
「恐れながら精霊様。どうして
「あー……そうねえ……」
どう話すべきかを少し悩んで、私はライオットに提案した。
「込み入った話になるから、ソファで座って聞いてほしいわ。ついでに、そう畏まった口調だと話しにくいから、出来ればさっきみたいに接してほしいのだけれど、いいかしら?」
「まあ……精霊様がそう申されるならば」
そうしてソファに座ったライオットと、その後ろに控えるカーティスの正面に足を組んで浮いた私は、事情の説明を始める。
とは言え、語ったことはそう多くない。
ここに来る直前に殺されたこと。気が付いたら幽霊になってこの部屋に居たこと。どうやって来たかも分からないこと。召喚の能力を試したら、手を滑らせてカードを落とし、それをライオットが拾って開けたこと――
「やっぱりそっちが落としたんじゃないか。落としたものを拾っただけで俺があんなに叱られる必要は――」
「あら? この国では、淑女の荷物を勝手に開けてもいいとでも教えているのかしら?」
私が言った通りすっかり元の口調に戻ったライオットを、ちょっと強めの圧を込めた微笑みで黙らせると、後ろにいたカーティスから質問が飛ぶ。
「僭越ながらメクル様。精霊と言うのは人知の及ばぬ超常の力を持つと聞き及びます。メクル様のお力で、その人間の襲撃を退けることは出来なかったのでしょうか?」
カーティス曰く。カニンガム王国に伝わる伝承では、初代の国王が精霊の力を借りて土地の開発を進めたのが、国の起こりとされている。
具体的には、大河の精霊を戦いで下して荒野に流れ込んでもらい、豊穣の精霊に祈り捧げて荒野を肥沃な土地に変えたり……初代国王、かなり無茶苦茶な人じゃない?
「生憎と、私はタロット精霊だもの。戦い向きの精霊じゃないのよ」
私がそう答えると、ライオットがこう言った。
「タロット……先ほどもそう名乗っていたが、タロットとは一体なんなのだ?」
「占いの一種よ。聞いたことない?」
「ない」「自分も初耳です」
――えっ。この世界、タロット存在しないの?
と頭の中によぎったが、すぐに『それもそうだ』と納得する。
前世で知られていたタロットは、錬金術に四大元素、カバラや占星術など、元の世界独自の神秘的な主義思想との結びつきを経て、六百年以上かけて今の形に発展したものだ。
精霊が実在するらしい異世界で、全く同じタロット占いが存在している筈もない。
『チャンスだよ義姉さん! このVTuber戦国時代で、誰にも真似できない技術や知識は最強の武器だ!』
もし義弟がこの場に居たら、嬉々として私の売り込み方法を考え始めただろう。あの子、セールス力と順応性の高さが尋常じゃないからなあ……
――私も、この世界での身の振り方考えないとねえ。
「メクル、どうしたのだ?」
「あ、ううん。何でもないわ。タロットがないって言われて驚いただけ」
いけない、思考が横道に逸れていた。気持ちの切り替えもかねて、私はライオットとカーティスにタロットの説明をする。
「タロットって言うのは、正確にはタロットカード――私が召喚したこのカードのことよ。タロットカードを使った占いを、タロット占いと呼ぶわ。
山札からめくったカードを読み解いて、相談者の悩みを解決する道を示すの」
そう言うとライオットは、ソファから腰を上げ、わずかに私の方に身を乗り出す。
「その……悩みを解決するとは、具体的にはどのように?」
「出て来たカードの意味を伝えて、その中で悩みに関するキーワード――重要な言葉があれば、それをきっかけに解決の道を模索していくわ」
そう言えばライオットは、何かしら揉め事に巻き込まれてる真っ最中だった。
私の姿が見えない間、気炎を上げていたライオットを思い出す。とは言え、頼まれてもいないのに占うなんてよろしくない。
――ただ、まあ。気にならないわけじゃないのよね……
「そうね。実際に説明してみましょうか」
私は、山札の一番上にあるカード――先ほど、ライオットがつかみ取ったカードをめくって見せる。
「それは、さっきの」
「そうよ。あなたが偶然手に取った――『正義』のカードよ」
カードの名前を聞いた瞬間、ひじ掛けに置かれたライオットの指先がピクリと動いた。
ライオットが宙を舞った七十八枚のタロットから掴み取ったのは、古代ギリシャの正義の女神・アストライアをモデルにしたと言われている、剣と天秤を掲げる女性が描かれた『正義』のカード。
二本の柱の間に垂らした天幕で外界の景色を遮り、堂々たる姿で椅子に座る彼女の姿には、何事にも揺らがず己の意志を貫く不動の姿勢が表れている。
「このカードが持つ意味は、『正しさ』『裁き』『秩序』『公平』……およそ、『正義』という言葉から連想される、あらゆる意味を内包しているわ。正位置では、ね」
「
「そう、ここがタロットの面白いところでね。カードの向きによって意味が変わってくるのよ」
私は『正義』のカードを上下逆にして、もう一度ライオットに見せる。
「上下の向きが正しい位置で出てくるのが正位置。上下が逆になって出てくるのが
私はカード越しに、注意深くライオットを観察しながら説明を続ける。
「『正義』であれば、正しく発揮されない時は『利己的』『無秩序』『不正の横行』。悪い側面だと『正しさの押し付け』『融通の利かない対応』って所かしらね」
ひじ掛けに指が食い込むほどライオットが強く反応したのは、『不正の横行』。
実を言うと、この言葉はわざと混ぜた。
『忠臣の皮を被った金の亡者』――私の姿が見えていない時に放ったライオットの言葉だ。
そして――
「タロット占いではね、占う前に偶然飛び出したカードが相談者の悩みの本質を示していると見なすことがあるの」
私の言葉に、ライオットの目が大きく見開かれる。
山札から引いたカードを解釈するタロットは、偶然に起こった出来事と、今関わっている出来事を照らし合わせて吉凶を占う『
偶然を重視するゆえに、タロット占いではシャッフル中に飛び出す、あるいは表になってしまったカードは、『悩みの先触れを届けるメッセンジャー』として重要視することも多い。
そのため私からすると『何やらトラブルを抱えているライオットがたまたま手に取ったカード』というのは、ちょっと見過ごせないのだ。
「このカードは、私に向かって正位置で差し出されたわ。つまり、あなたから見て逆位置だった。さっき伝えたカードの意味に心当たりは……ありそうね」
ライオットは顔を顰めて私から目を逸らし、大きく息を吐いた。カーティスは何も言わずに、後ろにたたずんで見守っている。
「あなたが今、どんな悩みを抱えているかは知らないわ。でも、詳しい事情を聴かせてもらえば、もっと具体的に相談に乗れるわよ」
私がそう言い添えると、短い沈黙の後、ライオットは改めて私に向き合った。
「メクルよ……其方の占いに従えば、俺の悩みは解決するだろうか?」
「占いの結果は絶対じゃないわ。あくまで、たくさんある道の一つを示すだけ。従うも従わないもあなた次第。あなたの運命を決めるは、あなた自身の行動よ」
私はライオットの目を真っすぐ見つめてこう言った。
「それでも私の占いを望むなら、手抜きも忖度もしないわ。誠実かつ容赦なく、示された道をあるがままに伝えてあげる――さあ、どうしたい?」
ライオットは迷いなくソファから立ち上がり、もう一度私の前に跪く。
「タロットの精霊よ。どうか俺に、道を示してほしい。俺が――俺が正しい行いを全うできる道を教えてほしい」
ライオットの真摯な言葉に、私はしっかり頷いた。
「いいわよ。タロット精霊・良喜札めくるに任せなさい!」
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