第3話 良喜札めくるの自己紹介
静かに燃える薪の音をBGMに、私――良喜札めくるは宙に浮いたまま固まっていた。
眼下には私を見上げる殿下と、その後ろでわずかに腰を落として剣の柄に手を掛ける護衛の青年騎士。
寝室には、ピリリと張り詰めた空気が漂っている。
――どうしてこうなっちゃったわけ!?
私はただ、アバターが設定通りに転生(?)しているのか確かめたかっただけだ。
まさか思い付きのタロットカード召喚が本当に出来るとは思わなかったし、私の姿は見えないのに召喚は見えちゃうとかふざけないでほしい。
こちとら転生初心者キッズだよ!? 予測できるかこんなの!
……とまあ、現実逃避はこのくらいにして。
「――ねえ、返してもらえない?」
私は殿下に、タロットの山札を持っていない左手を差し出してそう言った。
姿が見えているなら、声も聞こえるだろうと考えたが、どうやら当たりらしい。
「あ、ああ……」
殿下は私と手に持っているカードを見比べ、私から目を離さずにゆっくりとカードを差し出す。
「ありがとう。大事なものなの」
このカードはめくるの
タロットカードの中でも特に有名な『ウェイト版』の図像を踏まえつつ、めくるに合わせたアラビア風のアレンジが加えられた、異国情緒漂う絵柄になっている。
――私が異世界で『めくる』になった、なんて聞いたら、あの子どんな顔するのかしらね。
受け取ったカードを横目で見て山札に戻し、もう会えないであろう親友に思いを馳せていると、殿下の護衛の青年騎士が声を上げる。
「殿下! ご無事ですか!? どこかお身体に異変は!?」
「大事ない、カーティス。そう騒ぐな」
慌てる護衛の青年騎士――カーティスを
「ライオット殿下! 得体の知れないものを突然開けないで下さい! いくら俺が警戒しても殿下が自ら危険に身を晒されては、守れるものも守れませんよ!」
「そうよ護衛君! もっと言ってやって!」
得体のしれないという表現はともかく、言っていることは護衛としてもっともな正論。
こっちだって勝手にタロットの袋を開けられてそれなりに頭に来ているので、しっかりと注意してほしい。
しかし、殿下――ライオットは、その正論が癇に障ったようだった。
「そこまで言われるようなことか? 大体、投げて寄越したのは向こうだぞ!」
そう言って、ライオットは私を真っすぐに指さした。
――は? 何? 責任転嫁?
確かに、私がカードをキャッチし損ねた結果こうなった。
だが開けたのは完全にライオットの意思である以上、それこそ『そこまで言われる筋合いはない』。
――私にそこまで言うなら、覚悟は出来てるんでしょうね?
「人に向かって指をさすんじゃないわよ! この非常識野郎!!!」
私はライオットを睨みつけ、思いっきり罵倒した。もちろん、自分の過失はガッツリ棚上げだ。
私の罵声を正面から浴びたライオットは、目を見開いて後ろにのけぞる。
「ひ、非常識野郎!? この俺が!?」
「そうよ! 人の持ち物を勝手に開けた上に、開き直って相手の
「んぐっ、そ、それは……」
罰の悪そうな顔で視線を泳がせるライオットの指は、中途半端に下がっている。
よし、もう一押し。
「指を下ろしなさい。それは、品位ある人間の振る舞いじゃないわよね?」
その言葉と共にライオットを冷ややかに見下ろすと、彼は少し逡巡した後に大きなため息を吐き、指差していた手を開いて胸に当て、私に向かって頭を下げた。
「申し訳ない。貴女の言う通り、礼を失する振る舞いであった。この通りだ」
「殿下!? ち、ちょっと待って下さい! 殿下!!」
それまで剣呑な雰囲気を放っていた護衛騎士のカーティスが、慌ててライオットの頭を上げさせる。
王族が気軽に他人に頭を下げてはいけない、ということだろうか?
「黙れ、カーティス。俺が非礼を働いたのは事実だ。ここで身分を盾に過ちを認めぬなど、それこそ王族の名に傷が――」
「しっかりして下さい殿下!! さっきから誰と喋ってるんですか!?」
青い顔をしたカーティスの叫びに、その場が静まり返った。
――……えっ? 護衛君、私のこと見えてなかったの?
私の方を向いて剣を抜こうとしていたから、てっきり見えているものかと思っていた。
ライオットも、それは同様に考えていたらしい。
「カーティス。お前……あの女性が見えてないのか?」
「恐れながら殿下。俺には先ほど宙を舞った絵札の束が浮いているようにしか見えません。女性なんて何処にいるんですか?」
どうやらカーティスは私ではなく、先ほど袋から飛び出したタロットカードを警戒していたようだ。
つまり私が見えないカーティス目線だと、自分の主人のライオットが誰もいないのに会話を始め、頭を下げたように見えた、と……。
――うん、そりゃ血の気の引いた顔にもなるわ! ごめんね!? いやでも幽霊だからしょうがない部分もあるかな!?
無自覚とは言え年下の青年を怖がらせてしまったことに申し訳なく思いながらも、私の頭には当然の疑問が浮かぶ。
――でもどうしてライオットには私が見えて、
ふと視線を落とせば、手に持っていたタロットカードが目に入った。
そう言えば、ライオットが私を認識したのは、タロットの袋を開けてカードを取り出した後だ。
――もしかして……タロットカードに触れば、私が見えるようになる?
なるほど。と、その考えは私の中で腑に落ちた。
タロットカードは、絵札から自己の内面や、近いうちに訪れる未来を読み取るもの。目に見えない世界を可視化するもの。
だから、見えないものを見るタロットカードに触れることで誰にも見えない幽霊になった私が見えてもおかしくはない……のかもしれない。
――まあ、分かんないことは確かめてみようじゃない。
「ねえあなた。ちょっとこれ触ってみてくれる?」
「うわーっ! なんかこっち来た!?」
私がカードを持ってカーティスの下へ向かうと、カーティスは狼狽えながらも、咄嗟に腰の剣に手を添えてライオットを庇うように立った。
……凄いわこの人、護衛の鑑よ。
「叫ぶな、カーティス。触ってみろ、と言っている」
「え、ええ……触ったらどうなるんですか?」
「私が見えるようになるかな」
「この女性が見えるようになるらしい。本人がそう言っているのだから、間違いないだろう」
ごめん、実は今それを検証中なの……とは言えず、私は澄ました顔で平静を装う。
カーティスは私の手元のカードとライオットを交互に見て、葛藤に顔を歪めながら呻いた。
「あ~、もう……何かあったら恨みますからね、殿下!」
やがて意を決したらしいカーティスは、剣の柄から手を放し、恐る恐る指先でカードに触れる。
そして、その様子を覗き込んでいた私と目が合った。
「――……!!?」
「うん、ちゃんと見えるみたいね。よかったわ」
口を半開きにして固まるカーティスを確認した私は、ふわりと二人から離れる。
「さて。『誰だ?』って聞かれて、まだ名乗ってなかったわよね」
胸に手を当てると、腕を彩る様々な黄金のアクセサリーが揺れて煌めく。
成り行きで受け入れてしまっていたけれど、この
――『私』は死んで、もういない。だから、これからは。
私は堂々と、威厳たっぷりに見えるように胸を張って名乗りを上げた。
「夢と現実の境に住まう、浮遊城『
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