彼女から逃げられない
鳴神とむ
第1話
私は趣味で小説を書いている。
『間違って連れてこられた少女は騎士様に恋をする』というタイトルで、異世界に間違って召喚された少女が騎士様に片思いをするという物語を小説サイトに投稿している。
ファンは一人もいない。レビューもメッセージも一度も貰ったことがない。それでも私はひっそりと自己満足で書いていた。
ある日「ファンになりました!」とメッセージがきた。初めてのファンだ。私は嬉しくてすぐに返信。するとその人は(略して)『騎士恋』の感想を沢山書いてくれた。私は嬉しくて何度もメッセージを読んだ。
【更新ありがとうございます! 今日もカイン様かっこよかったです💕】
更新するたび、彼女から感想メッセージが届くようになった。
こんな素人の小説を読んでくれるなんて、すごく嬉しい……。しかも感想まで……なんていい人なんだろう。
彼女は騎士のカイン様のファンだった。
カイン様は王立騎士団の団長で、エメラルドグリーンの瞳をもつ、黒髪イケメンだ。物語では何度も主人公の葉月を助けてくれる。それで葉月はカイン様に恋をしてしまうんだけど、なかなか思いは伝わらない。それにブルーの瞳をもった金髪のイケメン王子、ザイード様に気に入られてしまって、三角関係になってしまう。
【続きがすごく気になります! ザイード王子もかっこいいけど、やっぱりカイン様がいいな💕】
本当に嬉しい。メッセージが来るたびに顔がにやけてしまう。私が更新すると、すぐに彼女からメッセージが届く。きっと忙しいだろうに、何より私の小説を優先してくれるなんて……なんて私は幸せ者なんだろう。
でも毎日続いた更新は、ある日を境に怪しくなってしまった。
「どうしよう……カイン様の気持ちがわからない。この場合、どうするべきなの?」
カイン目線で書いてしまったのがだめだった。男の人の気持ちなんて、恋愛経験が少ない私では想像できない。
どうしてカインは葉月を無視してしまったの? ああ、なんでこんな展開にしちゃったの?
やばい、時間が過ぎていく。あと10分で今日が過ぎちゃう。ずっと毎日更新してたのに……早く、早く更新しないと!
私はなんとかギリギリ今日中に更新することができた。でもこの展開に納得したわけじゃなかった。
【今日の更新なんですけど、なんだかモヤモヤします。カイン様の行動、おかしくないですか?】
えっ……!
やっぱり、おかしかった……?
無理やり書いたの、わかっちゃった?
だけどもう書いてしまったし、なかったことになんてできない。私は苦戦しながらも更新し続けた。
でも彼女からのメッセージは、だんだん葉月を責めるものに変わっていった。
【葉月わがままじゃないですか? カイン様が可哀想】
【ザイード様から迫られたからってキス許しちゃうなんて、最低です】
【自分さえよければそれでいいの?】
わからない……。どんな言動なら、彼女は納得するの?
ああ、もうすぐ今日が終わってしまう。
彼女が待ってるのに、更新しないと……!
更新──できなかった。
【今日の更新、なかったですよね? どうしたんですか?】
「……っ……」
【楽しみに待ってたのに……。このために私、毎日頑張ってるのに……】
「ご、ごめんなさいっ……。明日は必ず更新します……!」
でも今日も書けなかった。
筆が進まない。
【えっ、信じられない。今日もないんですか? 一体何やってるんですか? SNSで呟いてる場合じゃないでしょ】
「ご、ごめんなさいっ……。ちょっと息抜きに呟きたくなって……」
彼女は私のSNSをフォローしている。
それから毎日彼女から「更新しろ」と催促のメッセージが届いた。
「やめてっ……。もうやめて! 私もう、書けないの!!」
私は逃げたかった。
小説から、彼女から……現実から。
たったこんなことでと笑われるかもしれないけど、私は自ら命を絶った。
これでもう、彼女から催促されずに済む。更新しなきゃいけないという強迫観念に囚われなくて済む。
私は自由になれた──はずなのに、なんだかまだ生きている感じがする。
だけど思うように身体が動かない。それに視界もよく見えない。
ぼんやりと部屋が見えた。
ベッドに誰か寝ている。
誰なの? 誰の部屋なの?
顔を見たいのに身体が動かない。
その時突然、視界に若い男の人の顔が現れた。
「えへへ、僕のこと見えるかなぁ?」
私は驚く。しかし声が出せない。
「ねえ。見えてるなら、瞬きしてみてよ」
私はよくわからず、いつものように瞬きをした。
「すごい! 本当にぬいぐるみに魂が宿ったんだね!」
──っ!?
「本当にぬいぐるみの中に、先生の魂が入ったんだね!」
!?!?
この人は何を言ってるの?
私の魂がぬいぐるみの中にって……。
「もう、だめだよぉ~。先生の『騎士恋』の続き、最後まで読みたいんだから、勝手に死んじゃ駄目!」
───え?
「僕ね、SNSの投稿から先生がどこに住んでるか調べたんだ。あのスイーツはS県にしかないから、あの辺だなってすぐにわかったよ。先生と交わした会話からも沢山情報あったしね。もうさ、海に飛び込むなんてやめてよね。ここまで運ぶの超~大変だったんだから」
何を言ってるの……?
この人はまさか……。
「毎日楽しみにしてるって言ったでしょ? だからね、先生にはクマのぬいぐるみに憑依してもらって、続きを書いて貰おうと思って。この身体はもう使えないから」
そう言うと男は私を抱き上げ、ベッドに寝ている人物の顔を見せた。
それは私だった。
溺死した私だった。
「先生、僕は何日でも待っているから、更新してね💕」
ああ、私は……
"彼女"から逃げられない。
(おわり)
彼女から逃げられない 鳴神とむ @kurutom
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます