ぬいぐるみたちの婚活事情
いおにあ
ぬいぐるみ
今日、私たちの持ち主・瑠璃子ちゃんは帰ってこない。仕事の出張だとかで、帰ってくるのは三日後になるそう。
「さて、瑠璃子殿がいないうちに、色々とやっておくことがあるの」
長老のフリードリヒが私たちに言う。長老であり、皆のリーダー。フリードリヒなんて名前に似つかわしくない、年季の入った色あせたテディベアであるのだが。
フリードリヒは自信満々に、丸っこいお腹をポスポスと叩きながら、私たちに命令を下す。
「ウサミ、まずパソコンの準備をしてくれ」
「はいは~い」
名前を呼ばれた私は、気のない返事で応じる。
ウサギのぬいぐるみである私は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、目的地へと向かう。
家の隅っこに収納されている段ボール箱から、型落ちのパソコンを持ってくる。瑠璃子ちゃんが以前使っていたもの。結構重いなあ・・・・・・やれやれ。でも、仕方ないや。
我らぬいぐるみたちは、リビングのテーブルの上に載せられたパソコンの前に集合する。電源につなぎ、起動。
パソコンの画面がつく。
「では、わしが使うぞよ」
フリードリヒは、もったいぶった動作でマウスを動かしながら、パソコンを操作、インターネットに接続する。
ったく、私たちの中で一番年長のくせに、パソコンとかよく器用に使いこなせるよな。私は内心ひそかに呟く。
「おーし、でたでた」
フリードリヒはお目当てのサイトに接続した。私たちはじっとそのサイトを見る。
「あなたの持ち主に素敵な出会いを~ぬいたちの結婚相談所~」
このサイトは簡単に言えば、ぬいぐるみの出会い系サイトあるいはマッチングアプリだ。といっても、マッチングされるのは私たちぬいぐるみではない。あくまでも私たちの持ち主がメインだ。
私たちの持ち主・瑠璃子ちゃんは、今年で三十歳。婚活を進めているのだが、中々思うようにいっていないらしい。
お見合いパーティだとかに行って、成果ゼロ。そんな日々を送って意気消沈している瑠璃子ちゃんを傍から見ていた私たちぬいぐるみは、彼女のために何かしたい。そう思った。
そんなとき、偶然見つけたのがこのぬいぐるみの婚活サイトという妙なものだった。
パソコンの画面には、数々のぬいぐるみたちの顔写真が掲載されている。
フリードリヒは画面をスクロールしながら、私たちに問いかける。
「ノッコスよ、この方はどうだろうな?」
カメのぬいぐるみ・ノッコスは、ゆっくりと首をかしげる。
「長老。その方からは、愛が感じられません」
「そうかの」
とかなんとか、私たちは自由に意見を言う。
結婚のときには、まず相手の親を見ろ。誰かがそう言っていたが、私たちぬいぐるみからすれば、まず相手のぬいぐるみを見ろ、だ。
1時間ほど吟味した結果、あるゾウのぬいぐるみにメッセージを送ることに決めた。
そのゾウのぬいぐるみ――名前はパーオというらしい――の持ち主の男性は、瑠璃子ちゃんの職場からそう遠くない所に住んでいた。
会社員。歳は瑠璃子ちゃんと一緒。性格も収入も悪くはなさそう。
「ということで、この人に決定でよいかな?」
フリードリヒの問いに、私たちは賛同する。
それから一週間が経った。
あれから私たちは、パーオと連絡を取りあい、様々な段取りを決めた。
そしていよいよ今日は作戦決行の日。
パーオの情報に寄れば、相手の男性・マサキさんは、丁度瑠璃子ちゃんの職場付近を通るらしい。
ということで、瑠璃子ちゃんの仕事カバンに常にくっついているネコのキーホルダー・ミニィに作戦を指示する。
で、これは後からミニィから聞いた話なんだけれど。
作戦は成功したみたい。マサキさんが瑠璃子ちゃんとすれ違う際、ミニィは己の身体に接合されたキーホルダーを解除して、道ばたへと転がった。
そして狙い通り、マサキさんは瑠璃子ちゃんの鞄から落ちたミニィに気付いた。マサキさんはミニィを拾って、瑠璃子ちゃんに声をかけて――。
その後のことは、説明するのも野暮だろう。
今、フリードリヒを中心とする私たちぬいぐるみは、新しいメンバー・パーオと共に、新たな住まいで生活している。
ぬいぐるみたちの婚活事情 いおにあ @hantarei
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