『』

神木駿

つづられる想い

とある場所にある、とある図書館。


その一角に存在する小さな本棚に表紙も帯も何もない本が存在する。


今日はとある少年がその本を手にした。


その本には手書きで文字がつづられている


「この本を手にした君へ


突然だけど、君には想いを伝えたい人がいますか?家族でも友人でも恋人でも想い人でもなんでもいい。


言葉にして伝えたい思いがありますか?


だとしたらその想いはすぐに伝えてほしい。


僕にはそうできなかったから。いや、できたはずなんだけど僕がしなかった。


だからこの本につづるしかできなくなった。


いつまで経ってもはっきりと言葉を言うことが出来なかった僕は失ってから気付いたんだ。


想いを伝えることがどれほど大事だったのか。想いを伝えられないことがどれほどつらいことなのか。


こんな経験をするのは僕だけで充分なんだ。


こんなにも胸が張り裂けそうになる、こんなにも息が苦しくなる。


この本を読んでいる君にはしてほしくない。


伝えたいことがあるなら、伝えてほしい。


伝えたいことがあるうちに、伝えられる人がいるうちに。


失ってからは、いなくなってからは、死んでしまってからは、もう遅いんだ。


やり直しのきかない一度きりの人生は、君自身を中心には回ってくれない。


君がどれだけ願っても、僕がどれだけ懇願しても時は残酷に進んでいく。


時間は戻ることもできなければ取り残してくれることもしない。ただ前に進むことを強制してくる。


後ろにはもう何もない。ただの闇が広がっていく。


時のなかに姿はないけど、記憶の中には姿が残っている。それがいいのか悪いのか分からない。


だけど僕は記憶の中にある大切な人の姿が分からなくなってしまっている。


僕の想いが乗っていないから。乗せることができなかったから。


だから、どんな手段でもいい。想いを伝えてほしい。


残酷に進む時の中を記憶だけはとどまることを許してくれる。


想いのこもる記憶は失われることのない時を君と一緒に進むだろう。


だから、お願いだから、君の想いは君の大切な人に届けてほしい。


この本につづられるのは僕の言葉だけで十分だ。


作者より」


手書きの文字はそこで途切れ、あとには白紙のページが続いている。


少年は本を閉じて想いを伝えに行く。


どうか届くように


そしてまた、この本は開かれる。君の想いを伝えさせるために

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『』 神木駿 @kamikishun05

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