第11話
私はありったけの準備をしていた。
フレスちゃんにおやつはあげたし、デキウスさんとも……別れた。
だから、私に必要なのはもう誰も信じないという覚悟だけだ。
デキウスさんにはちょっと揺らいじゃったけれど、信じたいなと思ってしまったけれど、あれは例外だったと自分に言い聞かせている。
なぜならこれから踏み込む場所には、そんな甘さが通用しないだろうからだ。
「フレスちゃんは、とりあえずここで待っててね? 必要になったらまた呼ぶから」
「ホー! ホー!」
「大丈夫大丈夫。本当に危なくなったらすぐに呼ぶよ」
「ホー?」
「うん、約束、ね」
フレスちゃんは本当はついてきたいんだろうな。
でも、相手方を刺激するわけにもいかないから。我慢してもらわないと。
そう、私はこれからサンドさんのところに、依頼の報告に行く。
リジル様が、この件の解決のヒントをくれたから。
デキウスさんとの縁を完全に切るためにも、この件に決着をつけなきゃいけない。
「さぁ、行こう」
私の運命を決めるために、正義を為しに行くのだ。
◇
「で、調べた結果がそれ、だと?」
「ええ、私は調べごとが本職ではありませんから、情報は確かな筋からいただいたものです。でも、最終判断は私がしました。なにせ、人を見る目だけが私の取り柄なので」
「その情報は何故確かだと言えるんだ? 君は本職ではないのだろう?」
「不本意ながら、彼が嘘を吐くような人間ではなかったからですね。それこそ、今私の目の前にいる人とは違って」
私はサンドさんと対峙していた。
ドレッドコート子爵家は中で二分されているとは思えないくらいに静まり返っていた。
きっと弟さんの陣営は別邸にでも構えているのだろう。
「そこまで言うからには、責任はとれるんだろうね? 大口を叩いた責任を、その体で払う自信があるのだね?」
「なんだかいやらしい言い方ですね。ただ私は、サンドさんの依頼したい内容が、弟さんを貶めようとして仕掛けた罠だった、と指摘しただけです。真実を知りたいと依頼されたのはサンドさんの方ですよね? 私は望まれた通りに、真実を言っているだけです」
「はぁ、君はその若さで中央通りに店を構えるくらいのやり手だと聞いていたのだけどね……。客の望むものを提示するのが得意だ、と。それが本当に私の望んだ答えだと思うのかね?」
「お客さんが本当に望んでいるものが、口で言っていることと違うことはよくありますね。この場合は正にそうです」
サンドさんが、わかっているよな? とばかりに体を乗り出して睨みつけてくる。
……ここが、ターニングポイントね。
「でも、それがなんだって言うんですか? 悪いのって、サンドさんの方ですよね? 望むものを提示すること以前に、守るべきことがあることくらい、誰だってわかるでしょうが。馬鹿なんですか?」
もちろん、退く気はない。
退くようなら、今更こんなところまで来ていない。
私は、デキウスさんという人の温かさとも、それに縋りそうになる自分の弱さとも、今日ここでおさらばするんだ。
「弟さんが正しいに決まってるじゃないですか。私はサンドさんが不正をしているのかどうかまでは知りません。でも、それをしていてもおかしくないなとは思いましたよ」
「じゃあこういうことをするのもおかしくはないだろう?」
だから、サンドさんの合図に合わせてドアから衛士の人たちが現れても、平静なままでいられた。
立ち向かわないと、だめだから。
「ああ、そういえば私の知り合いがちょうど君みたいな
立ち向かわないと……。
「その
サンドさんの笑みに、もう忘れたはずの、忘れたかった悪辣な笑みが重なる。
レぺザント家とつながりがあるとは聞いていた。
でも、でも、まさかそんな私にまた手を伸ばしてるだなんて、想像もしてなかった。
また私はあそこに連れ戻されてしまうの? 今度はどんな扱いをされるの?
……今度こそ、命も貞操も何もかも好き勝手蹂躙されてしまうの?
喉が
「ひっ、ひっ」
「連れていけ」
サンドさんの冷たい声が脳内に響き渡る。
連れていかれてしまう。リングザール王国に。あの人でなしたちのもとに。
私からはもう、逆らう気が奪われてしまっていた。
ああ、克服したと思ってたのに、結局私は弱いままなんだ……。
衛士の人たちにどこかに連れられていく
◇
ここに閉じ込められてからどれだけの時間が経ったのだろう。
ドレッドコート子爵家邸の地下牢に私は閉じ込められている。
ただ誰かを閉じ込めるためだけの空間。
鉄檻以外は何もない。足枷すらもない空虚な空間だ。
今の私にはかえってお似合いかもしれない。
私は今正常な判断が何も下せていない。
フレスちゃんとの契約パスが何故かうまく機能しないのにも、さっき気づいた。多分何らかの魔法封じの結界か何かが張ってあるんだと思う。
私には魔法とかそういうのはよくわからないけれど、頼みの綱は切れたということだけはわかった。
デキウスさんとは縁を切ってしまったから助けを呼ぶこともできないし、呼ぶ気もない。
だから、もう私はサンドさんが望むままに、その欲望を満たすためだけに存在するのみだ。
客の望むものを、みすみす渡してしまった。私の望まない形で。
自分勝手に振舞った結果がこれだというのならば、自業自得以外の何物でもないだろう。
それもこれも、あの性悪男が店に来てからのことだ。
リジル……これで私が地獄を見ることになったら、あなたのことを一生恨みますからね。
「なんて、誰かを恨むだけの気力が残っていれば、よかったんだけれど」
もう生きていく気力すらも湧いてこない。
またあの国に戻らなければならないというのならば、その前に命を絶ってしまった方が楽になれるんじゃないかな、なんて。
そんなことを考えるくらいに。
確かに国外追放は辛かったけれど、不幸中の幸いでもあったのだ。
だって、あの国にはもう関わりたくない人たちがいたから、そんな人たちの治める国だったから、もう関わらなくていいというのは救いでもあったのだ。
あれだけ人を食い物にするのが好きな人たちでも、ひとかけらの良心はあるんだって、感心したくらいだ。
結局、フレスちゃんと出会わなければ死んでいたとは思うけれど、心自体は追放だけで救われていたのだから皮肉なものだ。
「でも、追放しておいて戻ってきて欲しいだなんて、なんてわがまま……」
「勘違いで関係を断とうとした女が言うと違うな」
そうやって、未来を悲観していた私に、低く雄々しいのに、どこか温かみのある声が届く。
でも、その声の持ち主は、こんなところに来るわけがないはずの人物で……?
「でき、うすさん?」
「ああ、お前が追放したのに戻ってきて欲しいと願った男、デキウスだ」
なんで、ここにいるの?
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