第10話
信頼。素敵な言葉ですよね。
昨日来た常連さんの夫婦もすごいお互いを信頼しているんだなって感じることが多くて、
この人になら自分のすべてを預けても安心できる。そういうのが信頼だと思うんですよ私。
デキウスさんにとってはもっと簡単なものかもしれませんけどね。
馬鹿にしているわけじゃないですよ?
冒険者っていうのは私みたいな頭を使う仕事じゃなくて、肉体的な仕事なので、そういうところがもっと直感的で
むしろ、そういう命とかがかかってないからかなぁ。
私が考えすぎているのかもしれないですね。
でも、私だって、昔は順風満帆な人生を送っていたんです。
信頼できていたかはわからないですけど、この人なら信じてみてもいいかなーって人とは何人か出会えたりして。
でも、結局それは全部なくなっちゃいました。
アストレアって名前も、その時に捨てたんです。
もうこの際だから言ってしまいましょうか。
私、昔はお姫様だったんですよ。
最初はただの貴族令嬢だったんですけど、
たかが15にもならない小娘がそんな境遇にいるなんて、ちょっと笑っちゃいますよね。
まぁ、そんな一方的に押し付けられた役割は、やっぱり向こうの都合で一方的に取り上げられて、何にもない野原に身一つで投げ出されちゃったんですけど。
家も、名前も、何もかも、今まで持っていたすべてを取り上げられて、残ったのはこの身一つだけ。
ねぇ、そうなったときに、信じられるものって何だと思います?
信頼できるのなんてこの世の中で私自身だけなんです。
私は、それが真実なのだと気づきました。
他人を信頼することはできません。誰かに私を預けることはできないから。
でも、信用することはできます。私の瞳は特別製で、私の『
だからこそ私は、ひとのことを無条件で信用するようになりました。
手順は簡単です。相手が裏切る条件をあらかじめ知っているのだから、それに触れないようにその人とはお付き合いするだけ。
ああ、人付き合いってなんて簡単なのでしょうか!?
信用って素晴らしいですよね。相手は自分が信じてもらえたと勝手に勘違いしてくれるし、私も都合よく動く相手が手に入ってwinwinです。
でもそんな人付き合いしかできなくても仕方ないですよね。
だってそうしないと、世界には敵しかいないことになっちゃう。
誰だって、信じられない他人しかいない場所で心穏やかに生きていくことはできないでしょう?
私には、敵と味方の区別がつかないんです。
味方だと思っていたはずの家族にも、国にも裏切られた女ですから、もう何もわからなくなっちゃいました。
この瞳は、他人のことにはうるさいくせに、自分のことは何も教えてくれません。
だから敵と仲良くなっても私にはわからないし、味方がどこかにいてもそれを知るすべは私にはないんです。
だから、敵なんていない。みんな味方だって言い聞かせて生きています。
言い聞かせていたって、私にはすべてが敵に見えているんですよね。
味方っていうのは、まだ裏切っていないだけの敵。
なぜ裏切らないと証明できると言うのでしょう?
誰も彼もが、私を裏切ろうとしている。
そう考えてしまう、考えないと人を信用できない女など、誰が愛することができるでしょう……。
「デキウスさんも、いずれ私を裏切ります。だから、信頼関係なんていうものは一時の気の迷いですよ」
私の独白を聞いていたデキウスさんの眼はずっと真剣なままだ。
真剣に、私を案じてくれている。
私だって馬鹿じゃないのだ。誰もが誰も裏切りたくて裏切っているわけでもない。
裏切らない人だって、中にはいる。いや、本当は裏切る人の方が少数なんだってわかっている。
でも、それでも私は信じ切れないのだ。
だって、一度すべてを失ったけれど、貞操と命だけは助かったのだ。
じゃあ次に裏切られた時はどうなの? 今度は命まで取られてしまうんじゃないの? 命を取られなくても、女として生きていくことが出来なくされてしまうんじゃないの?
そう考えてしまうのはおかしいことなのだろうか?
「どうしてそう頑なに俺を疑う。お前の過去は分かった。俺には想像もできないような辛酸をなめてきたのだろう、だが」
デキウスさんは一瞬なにか躊躇うようなそぶりを見せた。
だが、すぐにまた私と目を合わせ直す。
「そんな輩と俺を一緒にしてくれるな。俺はお前を裏切らん」
迷いなく断言してくれていたのなら、少しは信じようと思えたかもしれませんね。
だって、信じたいとは思っているのだから、信じさせてくれるのなら、信じるよ。
「口先だけなら何とでも言えますよね。もう期待するのも疲れました」
でも、言いよどんだ。
それだけで、疑り深い私には背信に見えてしまう。
だから、だからこれでさよならだ。
「私とあなたは利害関係だった。なので、そのつながりもここまでです。……ケガの具合、最後まで見れなくてごめんなさいね」
「レテ!」
「私の名を呼ばないでください。その名はもう、忘却の川に流してくれて結構。明日からは、魅惑の踊り子亭にでも行って、もっといい女を探すといいですよ。こんな面倒くさい女ではなくてね」
右手を掲げる。
あの子は賢いから、私が必要なときにはいつも気づいてくれる、ほんっとうにいい子なのだ。
だから今だって、こうやって駆けつけてくれる。
「ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「くっ! 一体何がっ!?」
デキウスさんが吹き飛ばされて扉に叩きつけられる。
ちりんちりんとドアベルが別れの音を鳴らしている。
流石はヒヒイロカネ級の冒険者。派手な音の割にダメージはそんなになさそうね。
真っ白な羽が店中に舞っている。まるで天使が舞い降りた後かのよう。
私にとっては本当に天使みたいなものだ。ふわふわだしもふもふだしほかほかだし、いつだって癒してくれる。
私の隣で、フレスちゃんがその大きな大きな翼を広げ、真の姿をデキウスさんに見せつけていた。
白くて、もこもこで、翼があって、嘴があって、目がまん丸で、それでいて私が3人いても抱えきれない大きさの生き物なーんだ?
あ、小さくなったり風を操ったりもできるし、魔法も得意よ!
種族的な二つ名は、『死の天使』。
「ああ、一つだけ言い忘れていました。信じられるものは私だけと言いましたが、あれは嘘です。フレスちゃんは、私の半身ですから当然信じていますよ? 文字通り、血を分けた仲ですからね」
「ホォオオーー!!」
「……
「傷ついたフレスちゃんと出会ったのは運命だったと思うんです。ちょうど私が捨てられた野原の横に森がありまして、そこで拾ったんですよ。誰かさんとの出会いと似ていますね。結局、捨て置かれてると私と重なっちゃってほうっておけなくなるんだろうなぁ。まぁ魔女は魔女らしく振舞おうかなーって」
扉にもたれかかって立ち上がるデキウスさんへと指を向ける。
フレスちゃんの眼が鋭くなり、その大きなまん丸な体の周りに魔法陣を纏い出す。
あんまりお店を荒らすのもあれだから、いい感じにしてくれることを祈ろう。
フレスちゃんは賢いから大丈夫だよね?
「ホォオオオ……」
フレスちゃんとの契約ラインから困ったような思念が流れ込んでくる。
別に無茶なオーダーは出していないだろうに。
あとで特別なおやつをあげるから、お願い!
「ホォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
よし、やる気を出してくれたみたいだ。
私とフレスちゃんは、血を分け合うことで、もう廃れてしまった
私自身が魔法にあまり明るくないというのと、フレスちゃん自身がそれしか方法を知らなかったからだ。
でもさすがは原初の魔法、効き目はばっちりだった。
おかげでフレスちゃんのけがは全部治ったし、私は女手一人ではどうにもならない旅路を歩む力を得た。
私たちは一蓮托生になることで、危機を脱したのだ。それからずっと、2人で生きている。
「信頼が欲しいというのなら、フレスちゃんみたいに絶対に必要だと私に思わせて、裏切らない証を立ててくださいな。まぁ、ここまでされてなお私を信頼するなんて馬鹿なことをするのならば、ですが」
デキウスさんの真蒼の眼が、鋭く雄々しく私を見つめている。
なんだか、眼から光がぼやけて揺らめているような? 部屋中に散らばる羽のせいでそう見えるのだろうか?
よくわからないけれど、傷を負った背中を強打したのだ。
デキウスさんは今激痛に耐えているはずだ。
ちょっと申し訳ないけれど、ヒヒイロカネ級の冒険者に強制的に言うことを聞かせるためだから、これくらいしないとだめなのだ。
むしろ、普通に立ち上がってくるのだから、これでも優しくしすぎているくらいなのかもしれない。
低く、威嚇するようにデキウスさんが吠える。
「お前は、救いが欲しくはないのか!」
「欲しくないように見えますか?」
「ならばなぜ求めん!?」
「何度も言っているじゃないですか。もう疲れちゃったんですよ。デキウスさんも、もういいですよ。フレスちゃんの準備ができたみたいですから」
「……俺は、受けた依頼を投げだしたことはない。たとえそれが原因で恨まれ夜道で襲われようとも、だ」
「それが最後の言葉でいいんですか? それではさようなら。もう会うことはないでしょう」
抗う力がないと諦めたのか、最後の時は思ったよりも呆気なくやってきた。
やっぱり、デキウスさんもこんなところで私なんかにこだわるのが無駄だと理解できたのだろう。
ほらね? 期待してたって意味ないのよ。私は、これだけしても愛想をつかさないような人としか付き合えない。
私が裏切っても裏切らないような人しか信じられない化け物なの。
だから、人の世に生きる生き物は、こんな化け物には関わらないで、幸せに生きてほしい。
「ばいばい、デキウスさん」
「覚えておけ、俺はお前に……」
「ホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
フレスちゃんの持つ莫大な魔力が解き放たれ、魔法がデキウスさんに直撃した。
最後にまた何か言おうとしてたみたいだけど、フレスちゃんの咆哮にかき消されて、何言ってるか全然わからなかったや。
「あーあ、人に嫌われないために、自分から嫌うのって、馬鹿らしいわよねぇ。……私、なにやってるんだろ」
大丈夫。ただの転移魔法だから、これ以上傷つく心配はないよ。
私のことは忘れて、自由に生きて?
「ホ~ホ~」
「フレスちゃんもありがとうね? ちょっと店のお掃除しなきゃだけど、助かったよ」
「ホー!」
「ふふ、おやつ奮発しなきゃね」
「ホー! ホー?」
「え、なんで涙を流しているのかって? ふふ、なんでだと思う?」
「ホーホ……」
「もちろん嬉しいからに決まってるでしょう? だってデキウスさんはこんな面倒くさい女から解放されたのよ? 命の恩人だからって恩着せがましく護衛をさせたり、口うるさく態度を変えるように命令したり、ヒステリックに怒鳴ったり。うざったいったらなかったと思うわ。だから、そんな彼の門出を祝っているのよ」
「ホー……」
「……そういうことにしておいてちょうだい」
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