第8話

 それからしばらく現実逃避する私を差し置いて、二人は仲よさそうに喋り続けていた。


 おどけてからかい続けるリジル様に、それを面倒くさそうにさばくデキウスさん。


 次期皇帝であろう皇太子様に、世界的に見ても数少ないヒヒイロカネ級の冒険者。しかもどっちも信じられないくらいのイケメン。


 いつからここはハイソな男性が集うサロンになってしまったのかしら。


 私の好きなものだけを詰め込んだ愛らしいお店はいずこに……。


 いや、イケメンも好きなものではあるのだけれど……。それはそれ、これはこれだわ。


「それで、結局リジル様がお越しになったのには何か理由が?」


 いつまでも現実逃避しているわけにもいかない。


 私は依頼を片さなきゃいけないのよ。


 リジル様もさっき依頼が云々って言っていたし、そろそろ話しを進めても許されるに決まっているわ。


 むしろ許してください……。ご歓談は別の折に……。


「ああ。すっかり話し込んじゃったね。ごめんごめん」


「昨日あれだけまくし立てておいてまだ喋ることがあったことに驚きだ」


「かわいい女の子たちの前では口が回るものだろう? デキウス、君が寡黙かもくすぎるだけなのさ。まぁ、彼女たちにとってはそういうツレナイところが素敵なんだろうけどね!」


「毎度思うが、別に女を抱くわけでもないのにあの店を選ぶ理由は何なんだ。お前はいんをばらまくわけにもいくまい。レテも嫌がっていたし、他の酒場ではだめなのか」


「え? そんなの困ってるデキウスを見るのが楽しいからに決まっているだろう? 女の子たちは好きだけど、デキウスと比べたら別にどうでもいいかなぁ」


「ちっ。どうして昔の俺はこんなひねくれた男と友誼ゆうぎを結んだんだ……」


「それでも友情を撤回しないあたりに人の良さが出ているねぇデキウスくん! 僕は君と遊んでいる時が一番楽しいよ!」


「それで、あの……」


 この皇太子はどうしてこうもまぁ口が回るのだろうか。


 私の知っている王族はもっと喋るのもおっくうで、おべっかを言われて鷹揚にうなずいているのが好きな人種というイメージだったのだが。


 あの畜生王家において唯一の良心であった温厚な姫様ですらそこからは逸脱していなかったように思う。


「ああ、デキウスといると僕はいつも口やかましくなってしまうらしい。説明は彼に任せよう」


 やっとリジル様も私が焦れてきたことに気づいたらしい。


 まぁ高貴な方の事情の方が優先されるべきだとは思うのだが、こうあまり敬いづらいというか、あまりに俗っぽすぎるというか……。


 この人、本当に継承権を持ってる皇太子なのよね? にわかには信じがたい話だわ……。


「昨日の昼、レテの依頼の件でこの放蕩ほうとう皇太子なら何かしら情報を持っているだろうと思って、秘密の連絡を寄越したんだ」


「秘密の連絡と言うと……花屋に、屋台?」


「む、鋭いな。いや、流石によく人を見ている。そうだ。それぞれが別ルートでリジルへと連絡を寄越す窓口になっている」


「それで連絡を取れたから、集合場所である魅惑の踊り子亭に……」


「そして、そこで落ち合ってくだらない与太話を小一時間聞かされる羽目になったというわけだ」


 ため息をついてカウンターに寄りかかるデキウスさん。


 今更だけど、皇太子様を立たせっぱなしにしてるのって何か不敬罪とかにあたるのかしら。


 本人が何も言ってこないから、テーブルに案内するタイミングを逃しちゃったんだけれど。


「流石にそこまで言われると傷つくなぁ。不敬だぞー、不敬!」


 でもこの人、あんまり気にしてなさそうだし。まぁいっか!


 デキウスさんも適当にあしらってるし!


「本題にたどり着くまでに酒瓶2本開けさせられたんだぞ俺は……どうしてあそこの店員はあんなに酒を飲ませたがるんだ……」


「あ、昨晩のデキウスさんやっぱり酔っぱらってたんですか? ですよね。そうですよね! じゃなきゃおかしいですもんね!? 私納得しました」


「2本程度で酔うほど柔じゃないが?」


「いや、昨日君が飲んでたのはドワーフの火酒だよ? 1口でぶっ倒れるやつもいるようなのを2本も飲んで意識がある方がおかしいからね」


「俺は酒になんか負けないが?」


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」


「ドワーフの火酒を2本飲み干せたなら負けてないと言い張ってもいいとは思いますが……そんなことはいいんです!」


「どうでもよくないが?」


「なんでそこだけ妙にこだわりが強いんですか!? そんなことよりも依頼のことを話してください!」


「むぅ、仕方あるまい。俺は本当に酒には強い。それだけは覚えておけ」


 そう意味不明な前置きをしてからデキウスさんが語ってくれたところによると。


 サンドさんの家、ドレッドコート子爵家は現在お家騒動中。


 先日亡くなった当主の後釜で骨肉の争いの最中とのこと。これはサンドさんから聞いた話とも一致する。


 今回の依頼は、その争いにおいて弟である次男サイドが行っているだろう裏工作を見破ることなのだから。


 とりあえず状況を整理しよう。


 第一夫人の子である長男・サンドさんが家督継承で有利だが、それに第二夫人の子である次男が反対意見をぶつけているらしい。


 なんでも、兄は裏で不正を働いていて、そんな人間がドレッドコート家を継ぐというのは到底容認できない、と。


 サンドさんはそんなのまったくの言いがかりで、むしろ自分を引きずり下ろすために弟から暗殺者を仕向けられていると主張している、と。


 リジル様は次期皇帝として、配下の家が荒れるようであればそこに介入する必要があるとお考えらしい。


 仕事自体はきちんとできる人なのね。


 なので、とりあえず長男サイド、次男サイドの言い分を精査してどちらに肩入れするかを考えていたらしい。


 そして、そこにちょうど『盟友であり竹馬の友であるデキウス』がそれにまつわる依頼を受けたと連絡してきた、と。


 嬉しくなってしまったリジル様は、夜を徹して今回の騒動について調べてくださったようだ。


 次期皇帝にそこまでしてもらっては、まったく頭が上がらない。


 でも表立って感謝を伝えるのはしゃくだな。


 そう思わせるリジル様の人となりが凄まじいのかなんなのか……。もちろん社会人として格式張ってきちんとお礼は言いましたけれど。


 硬いねぇと苦笑されたけれど、心の底から敬ってほしければもっと胡散臭くない振舞をしてくださいませ……。


「それにしても、本当に女の人と遊ぶために出かけたわけじゃなかったんですね。朝帰りもしなかったし。香水はぷんぷん匂わせてましたけど」


「他の女性の匂いを家に持ち込むとは、デキウスくーん。配慮が足りていないんじゃないかーい?」


「レテは香水の匂いが苦手らしいからな。それを聞いてからはきちんと消臭したぞ」


「ああ、これ理解してないやつだね。レテちゃんも苦労するよ~~。こんな偏屈な男捕まえちゃって……」


「つつつ、捕まえてとかいませんけど? ただ拾っただけですけど?」


「俺は野生の獣か何かなのか?」


「傷ついたところを解放してもらって惚れちゃったんだろう? 手負いの獣と可愛らしい姫のラブストーリー! 市井でも流行っている絵物語の鉄板じゃあないか」


「ラブかどうかは、ちょっとまだわかりませんけどね」


「脈があるだけいいと僕は思うがね。何事もすべては勘違いから始まるものさ! 恋も! 友情も!」


 確かに、デキウスさんに男の人としてドキドキしたのは昨晩の勘違いからだけど……。


 でも、勘違いは勘違いだと思うのだけれど。


 恋ってもっと、ドラマチックでロマンティックなものでしょう?


「ふ、勘違いで首を切り落とされかけた男が言うと違うな」


「僕ぁまだ根に持っているんだよデキウス?」


「俺も間違って不敬罪でギロチンに首をねられるところだったんだ。おあいこという事にしておけ」


 ……前言撤回するわ。


 勘違いでも全然ドラマチックなことって現実にあり得るのねぇ。


 だから、今の二人の会話は聞かなかったことにするわ。どう考えても私程度が聞いちゃダメなやつでしょそれ……なんでこんなとこで喋っちゃうのよ~~!?


「いや、なに、これからも仲良くしてもらえるのならそれでいいけどね。とりあえず伝えるべきことは伝えたし、僕はここらでお暇させてもらうよ。若い二人の邪魔をして馬に蹴られたくはないからねぇ」


 それでは、またの機会を!


 そうとだけ言い残して、リジル様は颯爽さっそうと扉に向かって歩き出した。


 なんて、なんて嵐のような人だったんだ……。


 そうよね、デキウスさんとタメを張れるような人なんだから、変わってるに決まってるわよね……。


 多分立派な人だとは思うのだけれど、もうちょっと威厳のある振舞をしている時だけ話をしたいわ。切実に。


 扉を開いて外に出ようとするリジル様の背中を見送る。


 でもリジル様はふと何かに気づいたかのように足を止めた。


 瞬間、悪寒が走った。


 『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』が、聞くなと、私に語りかけてきた。


「そうだ。すっかり忘れてた。レテちゃんが聞きたいかはわからないけど、これも伝えておくね。ドレッドコート子爵家の嫡子サンドが最近裏で隠れて取引している隣国の貴族の名前」


 やめて。言わないで。きっと、それを聞いたら私はまた関わらなきゃいけなくなる。


 とは、もう縁を切ったはずなのに。


 縁を、切られたはずなのに。


。そこらにいくらでも転がっている伯爵家だったのに、なぜか王妃を輩出し一躍成り上がった貴族だね」


 ああ、神様。


 どうしてあなたは私をいつまでも自由にしていてはくれないのですか?

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