第7話
枕に顔を押し付けて、外の音も聞こえないように布団にくるまって。
気づけばあたりが少しだけ明るくなった気がする。
布団から顔を出せば窓から朝日が射し込んでいて、小鳥たちの
あんまりにも感情が高ぶりすぎて全然寝つけた気がしない。
さっき意識を取り戻したような気はしたからきっと気絶するように寝入ってはいたのだろうけれど、頭もボーっとせずにシャッキリしているし、ずっと起きていたと思った方がしっくりくるくらいだ。
普段は朝に弱すぎてフレスちゃんに散々馬鹿にされるくらいだというのに、こういう時だけ寝起きが良くて嫌になる。
なにせ、朝っぱらから昨晩のことを明瞭に思い出してしまえるからだ。
あの時、デキウスさんは私に対して何を思っていたのだろうか。言葉以上の意味はなかったのだろうか。
人の心を思考を読み取るはずの私の眼は何も言ってくれない。
『
そこには例外はない。
たとえデキウスさんが別の
そういう力だからだ。それは過去、別の
例外があるとするならば、自分の、このレテという女が関わる事柄についてはいつも曖昧にしか教えてくれないというところだろう。
他人のことには詳しいのに、自分のことはいつまでもわからないまま。
デキウスさんも言っていたわね。自分のことよりも他人を優先しているって。
だってそういう力を持っているのだもの。わからないものと向き合ってても辛いだけじゃない。
わかるものから、どうにかできるものから良くしていくのが一番効率が良いでしょう?
……本当は分かっているのだ。
デキウスさんのことを読み取れないということは、その行く末には私が関わっているのだろう。
それも、ちょっと道が交差したくらいではなく、深い付き合いになるくらいに。
それくらい分かってますよ。
じゃなきゃ、あれだけ舞い上がったりするものですか。
ちょっと手が早いにもほどがあるなとは思ったけど、きっと時間の問題なんだろうなと思ったから、だから受け入れようと思ったのに。
『
王太子から婚約破棄された時も、家族から見捨てられた時も、国から追い出された時も、この力は何も教えてくれなかった。
だから私は自分の道は自分で切り開いてきたのだ。
……自分の運命が見えないからこそ、見えてくるものもあるんだって、証明し続けてきたのだ。
「ホーホ?」
止まり木からフレスちゃんがこちらを眺めている。思えばこの店を持ってもう1年近いのか。
フレスちゃんとの出会いもそう。この店との出会いもそう。
私の眼に見通せないものはない。
見通せないものこそがむしろ、人生において一番大事なものになると理解していれば、それでいいのだ。
だから、デキウスさんとの出会いも……運命だとは思う。
「運命だとは思うけど、それはそれとしてあれはないでしょう? フレスちゃんもそう思うわよね? 甲斐性無しの顔だけ男よねぇ?」
「ホ、ホ~~」
「誰が顔だけ男だ、誰が」
「わひゃっ!? ででで、デキウスさん! 聞いていたんですか?」
横あいから急に声が聞こえてきて、びっくりしてしまう。
ベッドの横にもたれかかって座っていたらしいデキウスさんは、顔だけをこちらに向けて大きな、それは大きなあくびをしている。
ちょうど今起き出したところのようだ。
「……くはぁ。甲斐性無しかどうかは、この後判断しろ。まったく、寝床に出来そうなところも用意せずにぐぅぐぅ寝こけて……ケガ人の面倒を見ると言ったのはどこのどいつだったか」
「もしかして、そこで寝ていたんですか!? す、すいません。昨晩はちょっと、気が動転していたというか。ってぐぅぐぅ寝こけていた? そんなに早くに寝ていましたか私?」
「風呂から帰ってきた時にはもうぐっすりだったな。試しに布団をめくってみたが、寝息を立てるばかりでぴくりともしなかったな」
ふとんをめくった。
布団をめくった!?
「なんで布団をめくる必要があったんですか!? 淑女に対してのデリカシーが足りませんよ! 寝顔を見るなんて! ハレンチです!」
「起きていなかったお前の方が悪いだろう。それに大分幸せそうな顔をしていたぞ。寝言も何かつぶやいていたな……そう、確か『誓いのキス』がどうたらこうたらと……」
「わぁあああああああああ! 忘れてください忘れてください! 女の子の夢の内容まで詮索するなんて信じられません! 許されませんよ! 犯罪ですからね!?」
「あ、あぁ。人の夢に文句をつけるほど狭量になったつもりはない。触れられたくないというのなら忘れておこう」
「ええ、そうしてください。忘れられないなら言ってくださいね? いつでも物理的に忘れさせてあげますから!」
不審者撃退用に枕元に置いてある木槌をぶんぶんと振っていると、デキウスさんに鼻で笑われた。
まるで非力なお前に何ができるとでも、と言わんばかりに。
きーーっ! これだから顔と筋肉のいい男は……!
◇
「というわけで、今日は聞き込みはしません。まずは何か他のアプローチが出来ないか考えましょう」
この天然クソボケ男に関わっていると調子が狂うっ!
ので、とりあえずは身支度を済ませて場所も店に移してお仕事モードに入ることで対応することにした。
デキウスさんが昨晩何をしていたかは知らないけれど、ご飯はきちんと食べたのだろう。
昨日の朝のぎこちない動きが嘘のように、今日は普通に体を動かしている。
高位の冒険者というのはみんながみんなこんな化け物ばかりなのだろうか。
大けがを負っても3日もすれば完全に治ってしまうような……。
「他のアプローチ、か。それについては俺に任せておけ。レテはそこに座って紅茶でも飲んでいればいい」
「またそういうことを言う。昨日も似たようなこと言ってましたよね? 私のことを舐めているんですか?」
「そういうわけじゃない。ただ物事には、適材適所というものがあるだけだ」
デキウスさんがそう言い切ったのと店の扉が開いたのはほぼ同時だった。
あーもう! デキウスさんの相手だけで今手一杯なんですけど! 今は依頼を追加で受けられないし、謝るのも手間なんだけど!
そう思って目をやった先にいたのは、これまたデキウスさんに負けず劣らずの美形な男性だった。
「この場合は僕が適任、ということだよね? デキウスに認められるなんて、嬉しいなぁ」
短く整えられた銀髪はふわふわそうで、そのアイスグレーの人懐っこそうなまん丸な瞳と合わせて、フレスちゃんを私に想像させた。
にこにこと甘いフェイスでこちらを見つめながら笑うさまは、まるで愛玩犬のよう。こんな癒し系のイケメン男子、世のお姉さまがたに愛されてやまないだろう。
私にはフレスちゃんがいるからノーサンキューだけれど。
「聞き耳を立てていたのか」
「デキウスが珍しく僕を褒めてくれたんだよ? 嬉しくなってしまっただけさ」
「その胡散臭い笑みと言動を直せば、もう少し素直に評価できると思うがな」
「え、今日はやけに素直だね。昨日会った時はいつも通りだったのに……もしかして、いい感じの一夜を過ごしちゃったり?」
そう言って流し目を送ってくる銀髪の男。
なんだろう? さっきまでは犬みたいだと思っていたけれど、犬は犬でもこの男は狐なのでは……?
デキウスさんの言う通りなんだか胡散臭いし、流石に出会ってすぐの相手に失礼すぎる気がするんだけれど。
「やめろリジル。レテとはそういう関係ではない。彼女に失礼だろうが」
「……へぇ? デキウスが女の子のこと庇うの初めて見たな。よっぽどお気に入りなんだ」
銀髪の男・リジルはデキウスさんと仲がいいみたいだけど、どういう仲なんだろう?
よくわかんないけれど、親しい人から見てもデキウスさんに私は気に入られているらしい。
失礼な人だけど、それを教えてくれたから許してあげよう。ちょっとだけね。ふふ。
「お気に入りかどうかは知らんが、面白い相手だとは思っているな。それこそ少し手を貸してやろうと思うくらいには、な」
「なるほどね。君が受けるにしては妙な依頼だと思ったんだ。彼女が受けた依頼だったんだね」
デキウスさんの話に合わせて、手を振り、身を振り、頭を振り……。手振り身振りで大げさに振舞うところも胡散臭いなこの人。
でも、情報通なことはわかるけれど、単なる情報屋にしては所作が綺麗すぎるな。
一つ一つの腕の振りをとっても気品を感じる。
服も最近流行りのお洒落な一張羅くらいのデザインに合わせているみたいだけれど、生地自体は貴族なんかがよく使う
光沢や糸の通し方が普通の麻や綿とは違うのだ。もちろん見た目や製法だけじゃなくてお値段も軽く100倍以上違う。
それだけで、ただものとは思えないんだけれど……裏社会のボスというには貫禄が足りないしなぁ。
商家に伝手のあるどこかの貴族の跡取りといったところだろうか。
流石に話もせずに見ただけでは、これくらいしかわからない。
まぁマナーを上流階級向けに合わせておけば問題ないだろう。
むこうが家名までは名乗りたくないかもしれないし、なぁなぁでもいい。
デキウスさんの友達だというのだから、それだけで信用できる。
「リジル様、で合っていますでしょうか? 私、この店を営ませていただいております運命鑑定士のレテと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「ありゃ、これはご丁寧にどうも。こんなかわいい女の子に頭を下げられたなら、僕からも自己紹介しなきゃだね」
こいつは立派にやらないと男が廃るぞぉ。と間の抜けた表情でつぶやくリジルさん。
そうね。家名まで含めて胡散臭さを払しょくしてくれると助かるのだけれど……。
「余の名はリジル・フォン・レーベンハルト。レーベンハルトにおいて継承位第一位である」
あら思ったよりもしっかりとした挨拶をくれるのね。ちょっと見直したかも。
でも、余なんて一人称、祖国で聞いたのが最後だわ。王太子が大好きだったのよね。その方が偉く見えるって信じ込んでいたけれど、実力が伴っていなかったから傍から見ていると滑稽だったわ。
それで、へぇ、レーベンハルト家の継承位第一位……。
レーベンハルト?
「あの、つかぬ事をお伺いするのですが……」
「ん? なんだい? レテちゃんかわいいから何でも答えちゃうよ? 何が聞きたいの? 彼女がいるかどうかとか? かーっ! モテる男はつらいなぁ」
「この国の名前って、私の知る限り、レーベンハルトだったかと思うのですが……」
「うん、間違ってないと思うよ? レテちゃんは真面目だねぇ。もっとはっきりと言ってくれてもいいのに。今なら何を言っても許すって言ってるんだよ? 言葉を飾らなくていい」
この店には防音加工をしっかりしてあるから、近所迷惑にもならない。
機密の
……すぅ。深呼吸しよう。
そして、叫ぶのだ。
「ななな、なんで皇太子様がこんなところにいるんですかぁ!? しかもめちゃめちゃ気安いし! 皇太子なら皇太子らしくもっと格式高く振舞ってくれないとわからないでしょうが!!!」
「はぁ……だそうだぞリジル。俺もまったくもって同じ感想だ」
「あっはっはっは! ウケる! ぼろくそに言うじゃん! 無礼講とは言ったけれど、そこまで踏み込んでくれるとこっちとしても胸がすく思いだねぇ。いやぁここまで明け透けなのはデキウス以来だよ。誰も彼も遠慮しちゃってつまらないからなぁ。デキウスが気に入るのもわかるね。これは面白い女の子だ」
レーベンハルト帝国の継承位第一位???
それってもろ次期皇帝陛下じゃない!?
いくら帝都の中央通りにある店とはいえ、こんな街中でふらふらしていていい人じゃないんだけれど!?
護衛もつけずになに馬鹿みたいに笑ってるのこの人!?
そこまで頭の中で文句を言い募って、ふと恐ろしいことに気づいてしまった。
「……待ってください。そんな人と仲がいいデキウスさんは何者なんですか? 貴族と冒険者が知り合うならまだわかります。でも、次期皇帝陛下であるリジル様とお知り合いって、まさか」
この国には、伝説であるヒヒイロカネ級の冒険者が1人いるという。
万夫無双。
猛る獅子の如き活躍で、帝国の周りの害獣という害獣を蹴散らし、竜という竜を根絶やしにしたという……。
獅子のような金髪で、竜を倒してる方が楽だとかのたまうどっかの誰かみたいな人が。
「まぁこの国で一番強いってことになっているな。肩書きには大して興味はないが」
「ヒヒイロカネ級になる時も、僕がさんざんごり押しするまで、うんとは言わなかったんだよ? ストイックというかなんというか。これだけ頑固で愛想がないのも珍しいよ」
「愛想がなくて悪かったな。愛想が欲しければ、他のやつとつるめばいいだろう。いくらでもおべっかを言ってもらえるぞ」
「それが嫌で君と一緒にいるんじゃないか! まぁ今日やっと二人目と出会えたところだ。やっぱりデキウスといると飽きなくていいねぇ」
「俺もレテもお前のおもちゃじゃないんだ。面白がるのはいいが、精々迷惑はかけるなよ」
「んふ、デキウスが誰かの肩もってるのめっちゃレアで面白い……正直今日はこれを見れただけでおつりとしては十分すぎるかな」
めのまえで、でんせつのぼうけんしゃとこうたいしさまがきゃっきゃうふふとかんだんしていらっしゃるわ。
きゃーすごーい。
こころにかかるふたんもすごーい。
フレスちゃん……フレスちゃん……私を慰めにきて……ちょっと私、今目の前で起きていることが受け入れられないの……。
「レテには命を救ってもらった恩もある。それに、これから長い付き合いになる。何となくそんな予感がする。それだけだ」
「それってもしかして君なりの愛の告白だったりするのかい? デキウス、熱がないか測った方がいい。今の君は、過去一番情熱的だ」
助けて……たすけて。
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