第5話
「サンドさんが紳士的な人で助かったわ……」
「俺の服も用意するとは、よくよく気の利いた男だったな」
あのあとやってきた貴族の男性・サンドさんをどうにか引きとめて事情を説明したところ、そういうことならばこれも縁だと、依頼を持ってきただけではなくデキウスさんの服まで用意してくれたのだ。
ただでさえ貴族からの大口の依頼でウハウハなのに、男性向けの服を買いに行く手間まで省けちゃったわ。
「でも、デキウスさんはサンドさんと知り合いだったの? なにか二人で話し込んでいたみたいだったけれど」
「まぁ、俺も少しは顔が知れているということだろう。一方的にごまをすられただけだ」
軽く水浴びをしてサンドさんが持ってきた仕立てのいい服を着たデキウスさんは、もう完全無欠のイケメン男性へと変貌を遂げていた。
大して
薄く武骨に一文字に刻まれた唇に、存在感はあるくせにスッと通った鼻梁。無駄を一切そぎ落とした芸術の女神に愛される完璧な造形の
また、何にも寄りかからずに立っていると、首が痛くなるくらいに見上げなければならないくらい背が高い。
デフォルトの視線の冷たさと合わせると見下されているようにも思えてきてしまう。彼自身は別に特段思うところはないのだろうけれど、威圧感のあるオレサマ系オーラがびんびんである。
ちょっとむかついたからすねを蹴っておいた。どうせ私はチビですよ、ええ。
そのご自慢の筋肉にはばまれて非力な私の反逆はまったく意味をなさなかったが、それも頑丈な仕立てのはずのシャツを意図せずぴちぴちと盛り上げているのを見ると当然のようにも思えてくる。
デキウスさんも
ああ、なんて素敵な手根筋……どうしてたくましい男性の身体ってこうも美しいのかしらね。肉体美は本当に見ていて飽きないわねぇ。
「やっぱりデキウスさんって相当高位の冒険者なのよねぇ。貴族から声をかけられるってことは、アダマンタイト級か、『二つ名』持ちかってところでしょう?」
「そんなところだ。だが、他人のつけたランクなど何のあてにもなるまい。俺が俺に満足できるように技を磨き体を鍛えた結果でしかないのだから」
「武人の鑑ね。自分の目標のためにストイックに頑張れる人は他の人からも高く評価されるってコト、もう少し受け入れてもいい気はするけれど」
「評価されたところで依頼がどんどん複雑に面倒になっていくだけだ。ただ剣を振るうだけで解決する難物の討伐依頼。具体的には竜退治だけ回せばいいものを……」
「竜が好きなのか嫌いなのかわからないけれど、あれほど凶暴な生き物を獲物としか思っていないあたり、実力が有り余っていることだけは良く伝わってきたわ」
私たちは今、街へと繰り出している。
サンドさんからもらった以来の調査に出ているのだ。
私自身が外に出て調査をしなければいけないなんて、久しぶりのことだ。
それだけ厄介な依頼だったということでもある。
サンドさんは子爵家の次期当主筆頭らしいのだが、最近何者かに身柄を突け狙われているらしいのだ。
おそらく異母弟の手勢だとは思うのだが、決定的な証拠がないため手をこまねいている。
なので、私に今サンドさんの家で起きている騒動の真相を暴いてほしいということだった。
私の本職はどっちかというと探偵ではなく占い師なのだけれど……。
まぁ情報を集めて人を見るという意味では似たような職業であるのも事実。
この国レーベンハルトでは名探偵と呼べるレベルの人がいない(生まれの国でもマイナーな職業な)のも相まって私に依頼が来たのだと思うが、果たして期待に応えられることやら。
「でも、デキウスさんがいてくれて助かりましたね。病み上がりとはいえ高位冒険者が護衛についてきてくれるなら、ちょっとした荒事を怖れる心配はなさそうです」
そうこの依頼は私のお仕事なのだが、なぜかデキウスさんがついてきている。
ケガの療養にあてた方がいいと思うのだが、私がどんな仕事をしているのか興味が湧いてきたらしい。
私としても貴族のお家騒動に首を突っ込むのだから戦力が欲しかったのもあり、winwinということで同行を許可したけれど。
「とはいっても大したことはできん。俺はお前の仕事ぶりを見るためについてきただけであって、自衛できるならそれに越したことはないぞ」
「んふふ、そこはぬかりなく。大金に目がくらんで無理な依頼に手を出したわけじゃないんですよ? 私がどうやってデキウスさんを家まで運び込んだと思ってるんですか」
「レテの細腕では無理そうだが……どうやったというんだ?」
「秘密です! 隠し札を教えてしまっては意味がないでしょう?」
「……かわいげのない女だ」
今日はテーブルでお客さんとお話をしているいつもの私ではないので、そんなところだけ抜き取って見ても全然どんな仕事なのかわからない気もするけどなぁ。
まぁ、ゆるりと口コミでも集めましょうか。
とりあえずはサンドさんの邸宅まわりから。
◇
「で、一日歩き回って何の成果もなしか」
「お昼をご厚意で譲ってもらえたじゃない! それにただ歩き回ってただけじゃないの。一日中、誰かと喋ってたのよ?」
「屋台のサンドイッチが今回の依頼の解決に意味があるのならば、立派な成果と言っていいだろう。味は良かったが、一日分の労力に見合うとは思えんがな」
デキウスさんってば嫌味ばっかり!
自分は私の隣にいたかと思えばふらふらと花屋さんを冷やかしに行ったり、図々しくサンドイッチのお代わりを求めるくらいしかしてなかったくせに! 流石にあの時のデキウスさんには近寄りたくなかったんだけれど!
確かに何の成果も得られなかったけど! 聞いても聞かなくてもよさそうな情報しかなかったかもしれないけど!
でも、何もわからなかったってことがわかったのよ? それって大事なことだわ。
仮にもサンドさんの邸宅まわりから少しずつ聞き込みして、近くの飲食街の広場まで足を延ばしたのだもの。
そこまでの間で誰も不審者や怪しい出来事を見たことがないというのよ? 不可解に大きな音もなし!
それって、何も起こっていないか、よっぽど手練れが関わってないとおかしいじゃない。
サンドさんは軽くしか喋ってはくれなかったけれど実害が出ている以上、何かが起きていることは明白。
十分すぎるほどに危険な事件が裏で進行しているってことがわかったってこと。
それを一日で見定めたんだから、何も無駄足じゃなかった! そういうことよ!
「もう! とりあえず晩御飯がてら酒場で情報収集をするわよ! 今日はそれで終わり!」
「酒場で情報収集か……」
「そう、酒場よ。つまり、今日の晩御飯は三羽烏亭でみぞれチキンステーキ!! 昨日は誰かさんのために食べ損ねちゃったから! 今日こそは、今日こそは私のみぞれチキンステーキちゃんに会いに行くわよ!?」
ついでになにか情報の1つでも得られれば言うことはなしね。
まぁ与太話の中に真実が紛れていることもあるわけだし、お酒で口が緩むからこそ普段は聞けないような話も聞けるというもの。
しかも三羽烏亭は偶然にもサンドさんの邸宅近くの広場から伸びる飲食街通りにある。
そう、これは運命だったのよ。
私と、みぞれチキンステーキちゃんの二人の出会いの運命……。
「虚空を見つめてにまにまと、薄気味悪いな……そこまで思いはせるほどの物か」
「あの美味しさを知ればデキウスさんも納得するわよ! さぁ行きましょう!」
うきうきと足が
「俺は行かん」
「んー? いまなんて?」
ぴたりと足が止まる。
緩みきった私の気分に水を差された気がした。
私の耳が悪くなったのかもしれない。今一度聞いてみるか。
「他の酒場に少し用事が出来た。そこには行けない」
「ななな、それって、みぞれチキンステーキちゃんと会うことよりも大事な用なの?」
「そもそもが情報収集のために酒場に行くのであって、鳥を食うことが目的ではないだろうに」
「それは、まぁ、おっしゃる通りではありますが」
「とにかく、レテはそこで飯を食えばいい。俺はここで離れるから、あまり荒事に首はつっこむな。面倒を見れん」
そう言って
え、私とはご飯を食べたくないってことなのかしら、これ。
は? 一日中歩かされたのに成果がなく見えたから、へそ曲げたってコト?
なんて狭量な!?
「ちょっと、ちょっと! せめてどこの店に行くかくらい言ってからにしてください! そもそも用事が出来たって、デキウスさん今日は私以外とほとんどしゃべってないじゃないですか? いつどのタイミングで用事ができるって言うんですか!? っていうか用事があるなら最初から言ってくださいよ!」
「店は、魅惑の踊り子亭。そんなに遅くはならんだろう。用事がいつできたかとかは、明日説明してやる。お前は鳥でも食ってよく休んでおけばいい」
み、魅惑の踊り子亭!?
えっちな女の子たちがサービスしてくれることが一番のウリだという、あの!?
デキウスさんってば私とご飯食べたくないどころか、他の女の子とにゃんにゃんするために出かけるの!?
うわ、浮気! じゃないけど! 裏切りよ! 命の恩人に対してなんていう態度なの!
「女の子の前で堂々と遊びに行く話をするなんて最低! 見損なったわ! デキウスさんのばか! あほ! 好色男! どうせ朝帰りするんでしょう!? 明日まで顔を見せないでください!」
「おいレテ? 何か勘違いを……」
「勘違い!? この状況で!? どうやって!? デキウスさんはまだケガ人ですからね! 私は優しいから面倒見てあげますけど、普通ならここで縁を切られても文句は言えないってこと、肝に銘じておいてくださいいいですね!」
「レテ……」
デキウスさんはなにか言い募ろうとしてるけれど、聞くだけバカを見ちゃうわ。
男の言い訳ほど見苦しいものはないもの!
あーもう男ってなんでこんなバカばっかりなのかしら!
私を癒してくれるのは結局みぞれチキンステーキちゃんしかいないのよ!
さっさと振り返って、さぁ、駆けだそう。
こんな崩れた顔見られたら、まるで未練があるみたいだって勘違いさせちゃうから。
私は怒っているのよ。悲しんでいるわけじゃないの。
……それくらい、わかってくれてもいいじゃない。ばか。
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