第4話

「では改めて自己紹介しましょうか。私はレテ、ただのレテ。しがない運命鑑定士です」


「俺はデキウス。冒険者をやっている。先ほどは失礼した」


 テーブルにデキウスさんを座らせ、紅茶を淹れなおしてきた。


 今日の紅茶はいつも贔屓ひいきにしてもらっているお客さんからの貰いもの。舶来はくらいの品だとかなんだとか。


 能書きには詳しくないのだけれど、甘酸っぱい果実の香りが嬉しいフレーバーティーだ。


 さっきの夫婦に出したときにすっかり気に入ってしまって、早くもリピートだ。奥さんも絶賛だったしね。


 この茶葉をくれた人しかり、男性のお客さんは銘柄とか紅茶本来の渋みとか、そういうよくわからないところを評価したがるものだけれど、それってそんなに大事なことかしら?


 私は、美味しくていい気分になれるものなら、なんだっていいと思うのだけれど。


 それこそ紅茶だけじゃなくて珈琲コーヒーも好きよ? この国ではあんまり人気がないみたいだけれど、人の好みは私に関係ないもんね。


 女性のお客さんが来ている時には私のお気に入りのものを。男性のお客さんが来ている時は、メジャーな銘柄なものをミルクと砂糖付きで。


 お客さんに合わせて喋るお仕事なのだから、淹れるお茶くらい私の自由にしても許されるはずだわ。


 細かいところで気晴らししていかないとね!


「さて、そんなデキウスさんは今の状況が知りたいんでしたっけ?」


「ああ、すまないが説明をもらえると助かる。……ついでに、服も用意してもらえたら嬉しいがな。さすがに、女の前でいつまでも半裸とはいくまい。レテの気分も悪いだろう」


 ばつが悪そうにかしこまるデキウスさんをじろじろと見てしまう。


 恥じらう上裸のイケメン男性……アリだな。


 顔もそんじょそこらの男と比べられないくらいに整っているし、美術品鑑賞みたいで紅茶がすすむというものだ。


 私がカップを置くのと入れ替わりに、間が持たなかったのかデキウスさんもおもむろに紅茶を飲み始める。


 一口含み、幽玄な形の眉がもちあがり切れ長の瞳が驚愕に大きく見開いた。


「……美味い」


 ぽつりとつぶやかれたその言葉は彼も意識しなかったものなのだろう。


 こぼした端からハッとした顔になって、こちらの様子をうかがってきた。


 大の男が何を恥ずかしいことを、と言ったところだろうか?


 紅茶は美味しさではなく味の深みと由縁を語るものだ、というのが男性的な社交のマナーではある。


 でも、私としてはやっぱり、美味しいものは美味しいと笑いあえる方がお互い楽しいと思うのだ。


 堅苦しく細かい話をしても、そんなのマウントの取り合い以外に大して意味はないのだから。


 だから、デキウスさんにも美味しいと思ってもらえて、私は今とても嬉しい。


 ……私が飲みたかったから淹れただけで、男の人だし顔をしかめられるかもって思ってただけど、やっぱりわかってくれる人はいるんだな。


 フレーバーティーなんてもの、よっぽどの珍品好きか、こだわりのない私みたいな人間しか触れないものね。


 きっとデキウスさんにとって初めての味だったんだと思う。


 それでも先入観なしに感じ取ってくれて、ふとこぼれたものだったとしても言葉にしてくれた。


 嬉しい。頬が緩む。


 ふふ、私の見る目はやっぱり間違わないのよね。


 素直な人ですもの! きっと、この人は悪い人じゃないわ!


「さてさてさて、デキウスさんは昨夜飲食街の路地裏で倒れてるところを私が見つけて、家まで連れてきて手当てをしました」


「……急にニヤつきはじめてどうした。不気味だぞ」


「おほほほほ、お気になさらず。それで、このお店は帝都の中央通りでやっている私の運命鑑定のお店です。デキウスさんのお宿がどこかはわかりかねますが、そう遠くまで連れてきたわけではありません」


「そうか。あらためて、治療してくれたことに感謝する」


 そう言って頭を下げるデキウスさん。


 最初は横暴そうに思えたけれど、そういうところの礼儀はしっかりしているのよね。


 中位くらいの冒険者だとこういう礼儀を知っている人は少ないし、ここまで堂々と振舞えるのならやっぱり高位の冒険者よねぇ。


 昨日来たミスリル級の男の子が中位冒険者として上々って感じだったし、それ以上の階級となるとダイヤモンド級かはたまたアダマンタイト級か。


 まさか、伝説のヒヒイロカネ級ってことはないだろう。噂でしか存在を聞いたことがないし。


 この国にも一人しかいないみたいだし。そんな人が街中で大けがを負うわけなんてないし? 


「それで、だ」


 デキウスさんの表情が急に険しくなる。


 ぽけぽけと考え事をしていた私の気も引き締まる。


「お前は……レテは何故俺のことを助けた? 帝都の中央通りに店を構えていると言ったな? 普通の大店おおだなの女主人にしては若すぎるし、運命鑑定士とかいう職業も聞いたことがない」


 深海のように蒼いアクアマリンの瞳が、私だけを映し出している。


 まるで獲物を逃さないと言わんばかりに、めつけられている。


「一体、何が目的だ?」


 だが、不信感は隠そうともせずに私に伝えているが、そこに敵愾心はやはりない。


 彫像のごとく丹念に彫りこまれたシャープな顔の造形と、鷹のように鋭いその切れ長の瞳が、本人の思う以上の威圧感を醸し出しているのだ。


 きっと、彼としてはちょっと訝しんでいるだけのつもりなのだと思う。


 普通の人からしたら、力ある荒くれものに凄まれているようにしか思えないだろうけれど。


 このぶっきらぼうな感じとか、助けられたことにすら理由を求めるのって、もしかしてそういうところで勘違いされ続けてこじらせちゃってるだけなんじゃ……?


 そう考えたら、なんだか大きな子どもが精一杯虚勢を張っているだけに見えてきてしまって。


 まるで人々からを畏れられすぎて、仕事以外では誰からも家族からも遠ざけられていた、親しい人のいなくなった昔の私みたいで……。


 放っておけなくなってしまった。


「目的なんてありませんよ」


 目的があるとしたら、それはたった今できたのだ。


「ただそこに傷ついて倒れている人がいて、それを私が見逃せなかっただけです」


 あの時はちょっと見捨てておけないなぁとしか思わなかったし。


「私自身が一番困った時に誰からも手を差し伸べられなかったから、だから、私は誰かが困っている時に手を差し出せる人でありたいんです」


 それは、今の私にとっては利益とかなんだとかそういうものを抜きにして、しなければならないことだったのだ。


 だって、あそこで見捨てたら、私も、と同じだって証明してしまうではないか。


 そんなの絶対に認めることはできない。


 私は、違う。誰かを助けることのできる人間だ。


 自分の利益のためだけに誰かを食い物にする生き物ではない。


 誰かを助けることで、自分も得するのだ。人はそうやって生きていかなければならない。


 ……そうでなければ、人を名乗る資格などない。


「運命鑑定士っていうのもそういうお仕事です。道に迷ってしまった人に、進むべき道を示してあげるお仕事。困っている人が頼ってくれば、一緒に悩んであげられるお仕事です」


 だから私はデキウスさんを助けたし、とりあえず傷が完治するまでは面倒を見てあげようかなぁという気分になっているのである。


「打算があるとしたら、恩を売っておけばデキウスさんが新しいお客さん連れて来てくれるかなーとか、それくらいですかね。でも、それって人付き合いとしては普通ですよね?」


「お前は……なんというか、お人好しなのか」


 そんな私を見て、デキウスさんは拍子抜けしたような、キツネにつままれたような顔をしてつぶやいた。


 そんなにおかしな考え方だろうか?


 市井の人たちの生き方を見て学んだ私なりの処世術でもあるのだが。


「はぁ、警戒していた俺が馬鹿のようだ。よくよく気の抜けた表情をして……嘘をついているようにも見えん。これで騙されたのなら、俺の方が馬鹿だったと納得もいく。馬鹿正直に理由もなく傷ついていたから助けた、と。いや、お前は本当に馬鹿を見るほどのお人好しだな……」


「ええい! 馬鹿馬鹿と何回言えば気が済むのですかこのお馬鹿!? あとお前ではなくレテと呼べと言ったでしょうに!」


 ため息を吐いてジト目でこちらを見やるデキウスさんだが、そんな流し目に屈する私ではないぞ!


 当たり前のことを言って馬鹿にされるのは納得いかない!


 それに気の抜けた表情って、人の顔まで馬鹿にしたな!? 薄顔で悪うござんしたね!


 戦じゃ、戦をせねばならぬ!!


「レテ」


 とりあえず腹ごしらえからだ!


 紅茶と一緒に用意したお茶請けのジンジャークッキーを山ほど頬張っちゃうもんね。


 ばりぼりばりぼり、ちょっとはしたないけれど、うん、美味しい! 今日の私もお料理上手!


「レテ」


 一人盛り上がっていたのに、冷や水を浴びせるようなしっとりとした声が耳に届く。


 テーブルの対面を見れば、そこには優しげな瞳をしたデキウスさんがそこにいた。


 今まではずっと一文字に結ばれてぶっきらぼうな言葉しか吐かなかった唇は、端が吊り上がって蠱惑的な微笑を浮かべている。


 ここまで全然笑わなかったくせに、人を馬鹿にする時だけ笑うなんて、ひどい性悪だわ。


 悪い人じゃないと思ったのは、私の思い過ごしだったのかしら。


 でもその魅惑の美貌が、甘い響きで私の名前を呼んでいる。


 ……とりあえず申し開きくらいは聞いてあげますか。


 クッキーを紅茶で飲み下した私は、素っ気ない態度を装ってすまし顔の構えだ。


「はい、なんでございましょう?」


「レテ、別にお前を馬鹿にしたかったわけじゃない。ただ、少し驚いていただけだ」


 相変わらず優し気な声音。低いアルトの声はひっかかりもなく耳にすっと入ってくる。


「レテの優しさに、感じ入るところがあっただけだ。俺は誰かにやさしくされたということがあまりなくてな」


「それは、難儀な人生を送ってきましたね」


「そうだな。難儀な人生。そう言ってしまっていいだろう。親からは捨てられ、それからは力がすべての世界で生きてきた。頼れるのはいつも自分の腕っぷしのみ」


「冒険者にはそういう方も多いですよね。盗賊落ちしないためだけに冒険者をやっている方々」


「盗賊落ちか。は、あんなものは紙一重だ。魔物と対峙し続ける度胸のないものは、力ない人から奪うことを生業としていく。力を持っているかどうかではない。強きものと立ち合うだけの心の強さを持っているかどうかだ」


「そういう意味では、デキウスさんは力も心も強かったってことですね」


「ああ、だから誰も俺のことを省みなかった」


 そこまで言って紅茶を一飲みするデキウスさん。


 気づけば、仕事でもないのに人の相談を聞く時の態勢になってしまっている。


 まぁ、聞いてほしい人がいるのならば、私はいつでも聞き手に回るが。


「それは、俺自身すらもだ。自分に厳しくし続けなければ、力を持つことは不可能だった。そうやって過ごしてきたからだろう。俺は魔物を狩るだけの、寄越された依頼に応えるだけの心無い冒険者になっていた。生きるために、他の何かを犠牲にしすぎたのだろう」


「デキウスさん……」


「今回襲われたのも、そんな俺が関わったどれかの依頼の逆恨みが順当なところか」


「心当たりは、ないんですか?」


「二つ前の依頼の内容すら覚えていない。そんな男に依頼によって生まれた利害関係まで追うことができると思うか?」


 嘆息するデキウスさんは、最初に会った時の不遜な印象から大きくかけ離れている。


 ……この人、素は結構感情豊かだよね。


「なんにせよ久方ぶりに、本当に久方ぶりに人から厚意を受け取った。おかげで人らしい心を少しだけ思い出せたような気がする。……この紅茶も美味いしな」


 それが、私が優しくした結果だというのならとても嬉しいことだ。


 私の行動が、一人の凍てついた心を溶かしたということなのだから。


 ぜひ、紅茶もクッキーも心いくまで味わっていってもらえたらと思う。


 ほっこりと心温まり視線まで生暖かくなる私と、恥ずかしい告白をしてしまったと今更赤面し始めたデキウスさんは、のんびりとお茶の時間を過ごして……。


 ちりん、ちりーん。


 いくつもりだったのだが、店の扉が開かれた。


 そういえば看板を『閉店』側にひっくり返すの忘れていたわ。おかげで休憩中なのにお客さんがやってきてしまった。


 仕方ない。午後からまた営業予定だからとお断りをいれなければ。


「すいません。相談をお願いし、たいの、ですが」


「む?」


 そう思ったのだが、お客さんとデキウスさんの目線と目線が、恋が始まりそうなくらい濃密に絡み合っている。


 ……仕立てのいい服を着た貴族の男性と、半裸どころかほぼ全裸のイケメン男性の出会いのシーンね。


 ってそんな場合ではないぞ!?


「きゃー!? 違うんです! これは私の趣味とかそういうのじゃなくて! 事故! そう事故なんです!?」


 やばいやばいやばい!?


 店で美貌の男を全裸にシーツだけの姿にしてお茶を飲ませてる女とか評判が立ったら私の社会的な立場もお店も、何もかもが終わっちゃうよ~~!


 ちょっとちょっと、引き笑いをしながら店を出ていこうとするのをやめてください神様お客様!?

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