第3話

 日は明けて、翌昼。


 私は、とある夫婦からの相談を受けていた。


 相談受付用のカフェスペースで、お茶を飲みながら二人の運命について解説をしていく。


 ちょっとした勘違いの指摘だけなので、今日のお仕事は楽な方だ。


 どっちかと言うと愚痴を聞いてあげる方が会話の主題だったかもしれない。


 そういうお話をすることまで含めたサービスだから、全然いいんだけどね。


 お茶を飲んで世間話してそれっぽいことを言っておけばお金がもらえるいいご身分ですわぁ。


「はい。お二方の話を別々に聞かせていただきましたが、ちょっとしたボタンの掛け違いだったということですね」


「よかった! レテさんにそう言ってもらえたなら安心だ。今回は俺の言い方が悪かったみたいだし、今後は気を付けるよ」


「ごめんなさいね。こんな痴話喧嘩ちわげんかに巻き込んでしまって……この人ったら、私がちょっと拗ねただけですぐ大事にするんだから」


「かまいませんよ。すれ違う二人をもう一度くっつきなおせたと考えれば、恋のキューピッドとしてこれ以上のことはありませんから」


「恋だなんて、そんな新婚でもあるまいし、なぁ?」


「あらいいじゃない。もともと子どもについてのことで喧嘩になったんだし。今晩は仲良くしましょうよ」


「うっ、その、今夜は商売仲間と飲みに行く約束が……」


「私よりも優先すべきことがあると?」


「滅相もございません! お相手させていただきます!」


「ふふ、すっかり元通りですね。よかったです。それでは、料金の方になりますが……」


 近くの八百屋のおしどり夫婦なのだが、旦那の方の失言であわや離婚の危機というところまでいった、らしい。絶対に旦那のフカシだが。


 なんにせよ、こりゃまずいと私のところに駆け込んできたので、その勘違いをほぐしてやればあら不思議。


 即かかあ天下に逆戻り。


 旦那さんも尻に敷かれてまんざらでもないんだから、これがこの夫婦の形なのだろう。


 ちょっと奥さんの機嫌を損ねただけで嫁に逃げられる! とか騒ぎ出すくらいだから、まぁ愛情深いのも玉に瑕といったところか。


「またお野菜もってくるからね! レテさん今日はありがとう!」


「あなた方の運命に、幸多からんことを」


 二人を店の扉まで見送りに席を立つ。


 ふふ、調子に乗りやすいけど、いい旦那さんだよなぁ。


 私も結婚するならああいう明るい人がいいなぁ。


 もう犬みたいに全身で好き好き好き! ってアピールしてくれるタイプ。


 そしたら、私と足し引きしてもまだ明るい家庭になると思う。


 どっかに優良物件転がってないかしら。


「お前が、ここの家主か?」


 ご夫婦を見送った扉が閉じるのを待っていたかのように、その声は私に届いた。


 知らない男の人の声。


 心地いい低音で敵愾心てきがいしんは感じなかったけれど、一瞬身構えてしまう。


 声の聞こえてきた方――私が住んでいる住居の方につながるカウンターの奥に視線をやると、そこには半裸の金髪イケメン男性が扉枠にもたれかかって立っていた。


 そのすさまじい筋肉を何でもないことかのように見せつけて、腕組みなんかしている。

 

 自分のことをカッコいいと確信していないとできない自信に満ち溢れたポージングだわ……。


 そして、下半身にはシーツが巻かれていて、きわどいところは危うく隠れている。


 ……もうあのシーツは使えないなぁ。ちょっと、刺激的に過ぎる。


 変なところに思考が行ったおかげで思い出した。


 そういえば男の人を拾ったんだったっけ。


 完全に仕事モードに入っていて、頭からすっぽ抜けていた。


 そもそも、あれだけの傷を負って一晩でそんなに動けるほど回復するなんて、伝説の英雄でもあるまいし。


 そんなの想定出来っこない。


 だから、不用心でも何でもないし、私は悪くないのだ。


「おい、睨みつけていないで答えろ」


「初対面の相手に対してその態度はいかがなものかと思いますが?」


「む、いの一番に俺の態度にケチをつけるのか。他にもっと聞きたいことがあると思ったがな、お互いに」


「確かになんでもう立ち上がれるほどに回復してるのかとか、そのシーツはどうしてくれるのかとか、そもそもなんであんなところで倒れていたのかとか、聞きたいことは山ほどありますがね」


 言いながら彼の瞳を覗き込む。


 深い。


 溺れてしまいそうなほどに深い大粒のアクアマリンだ。


 一度踏み込んでしまえば、二度と浮き上がってこられない深海のような蒼さ。


 それが切れ長の瞳に合わせてカットされて、独特の色気を放っている。


 その金髪の生命力に反して、なんと理知深く冷静な色を宿しているのだろうか。


 もっと酷薄な目をしているかと思ったのに、言葉面とは裏腹にその眼に浮かぶ感情は穏やかだ。


 彼が私を害する運命は、直近では見えない。


 『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』が私にそうささやいている。


「そんなことよりも、助けてもらったら最初に言う言葉はありがとう、でしょう? 次に口に出すのは、おはようございます、です。寝て起きたら挨拶! 子どもでも知っていることですよ」


「……は?」


 ならば、この図体だけは大きな子どもをまずはしつけなければならない!


 いい歳なんだから、初対面の人に向かって、礼儀を知らない態度を取っちゃいけません!


 衣食住足りて礼節を知ると言いますがね。


 それだけ髪のお手入れをしていて筋肉がすごい人の、社会的な立ち位置が低いわけがないでしょうが!?


 身体のメンテナンスにどれだけの維持費がかかると思ってるんですか?


 まったく、これだからは……。


 貴族たちが面白がって野卑な態度を推奨するから、彼らに礼儀がつかないんですよ!?


 傲慢にふるまうのは力ある荒くれものの流儀とはお伺いしますがねぇ。


 それが通用するのは狭い世界の中だけで、一般市民は怯えて暮らしているんですからね!


 私みたいなか弱い乙女にくらい、物腰柔らかに接する度量を身に着けてほしいものです。


「ましてや、あなたが理性的なのは眼を見ればわかります。ですから、少し気を遣うだけでコミュニケーションに齟齬そごはなくなるでしょう。運命鑑定士として、あなたの今後のためにもまずはそこを指摘させていただきます!」


「運命……待て、お前は何の話をしている?」


 金髪イケメン男性は半裸で困惑しているが、私からしたら至極当然のことを言っているだけなんだけど。


「俺が聞きたいのは、ここがどこで、お前が誰かということ。そして、何故俺を助けたのかということだけなんだが」


「話し合う前に必要なことがあるという話です。あなたがだろうことは分かりますがね……」


「そう、そこもだ。さっきからお前は俺の素性を知っているかのように話す。お前とは、初対面のはずだ」


「さっきから文句の多い人ですねぇ。あと、私にはレテという立派な名前があるんです。お前お前と、一体何様のつもりですかまったく。せめて自分から名乗るくらいの甲斐性は見せてくださいよね」


「む、それは、その通りだな。お前の、レテの言うことは正しい。そうだな。俺はレテに助けられたのだから、下出に出るべきだった。失礼した」


 金髪イケメン男性がたたずまいを直す。


「助けてもらったというのに礼が遅くなった。俺の名はデキウス。察しの通り冒険者をやっている。今回は不覚を取ったところを助けてもらい、感謝している」


 金髪イケメン男性・デキウスさんは優雅に頭を下げた。


 優雅とは言っても格式ばった作法によるものではなく普通に頭を下げただけだ。生来の器質的にそれが流麗に映ったのだ。


 例え半裸でも、器が大きいと逆にバエるものなんだなぁ。


「よろしい。その感謝を受け入れましょう」


 やっと理知的な会話ができる雰囲気になってきたじゃないの。


 人間やっぱり言葉が通じるのが一番だわ。


 話し合いで解決できるからこそ、人は商売で暮らしていけるのだから。


 信じられるものは、自分自身と、互いの利益が絡んだ取引だけよ。


「さて、ここから先は込み入った話も出てくるでしょう」


「そうだな。ちょうど、お前に興味が出てきたところだ」


「お前とか言わない! 親しくなるまではレテとお呼びなさい!」


「す、すまないレテ」


 まったく……デフォルトの態度がオレサマ系だなんて、損するばかりなのにどうしてこうなっちゃったのかしらねこの人。


 ま、デキウスさんのことはこれから詳しく聞き取りすればいいし。


「時間はたっぷりあります。まずは紅茶でも淹れましょうか」


 恩を売れたら、今以上に業績アップ間違いなしだわっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る