第2話

「みぞれチキンステーキはおあずけかぁ」

 

 結局私は、倒れ伏す男の人をそのまま捨て置くことはできなかった。


 かといって警邏けいらに届けて今以上の厄介事になるのも嫌だったので、とりあえず秘密裏に家まで運び込むことにした。


 いくら私が非力とは言っても、こういう時の隠し玉くらい持っているわけで。


 じゃなきゃ女一人で夜の街を歩くなんて危ないことできるわけがない!


 いくら近道とはいえ私が人気の少ない路地裏を通っても大丈夫なのは、『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』のおかげで危機が降りかかるかどうかなんとなくわかるからだし。


 ついでに言えば、危機が降りかかってもある程度ならば対処できるからなのだ。


 その割には死にかけの人に出会うことになるとは教えてくれないから、この神からの祝福スキルも適当なもんだと思うけど。


「国から追い出されるくらいの力なんだから、もうちょっと役に立ってくれてもいいのになぁ」


 まぁ日々の糧を得るのには困ってないし、これ以上を求めたところで持て余しそうだから冗談の域は越えないのだけれど。


 とにもかくにも男の人を家に運び込むことに成功した私は、彼の手当てに奔走することになる。


 何分、人の治療なんてのは門外漢なもんでして。


 体中の血や汚れを清潔な布でぬぐってやって、傷薬をかけて包帯を巻いてやることしかできない。


 流石にちょっとお高めの薬を使ったし、運ぶ前の路地裏に転がっていた時から息は整っていたし、命に別状はないってやつだとは思う。


 私の不手際のせいで命が一つ奪われました! なんてなったら、悔やんでも悔やみきれないからね。


 背中を肩から腰までバッサリ斬られてるのに少しの手当てで無事だなんてすごいよねぇ。


 男の人って頑丈すぎるなぁとは思うけど、ちょっと安心した。


「ホ~! ホ~!」


「ん、フレスちゃんも傍にいてくれてありがとうね」


 私が慌ただしく駆けずり回るのを横で見ていたペットのフレスちゃんが、翼をはためかせねぎらいの言葉をかけてくれる。


 あ~ん、癒される~~。


 この子はふわふわだしもふもふだしほかほかだし、私が必要なときにはいつも気づいてくれるし、ほんっとうにいい子なのだ。


 今だって声をかけてくれただけじゃなくて、撫でる? 撫でる? と頭を差し出している。


「もちろん撫でちゃうからね~。ほれほれここがええのんか~~? んん~~?」


「ホォ~~~」


 目を細めて好き勝手撫で繰り回されているフレスちゃん。


 このもふもふとした生きた毛玉がいれば、世の中のこと全部がどうでもよく思えてくるわね。


 フレスちゃん自身も撫でてほしいのかもしれないけど、そのタイミングを私が甘えたい時に合わせてくれるの本当お利口さんだわぁ。


 賢い賢い私のフレスちゃん……。フレスちゃんがいないと、私なにもできないからなぁ。


 さ、アニマルセラピーはここまで。


 この男の人のお世話に戻らなきゃ。と言っても、後は起きるまで待つかそれくらいしかやることない気がするけれど。


 着ていた服は全部脱がしたけれど、あまりに汚れてぐちゃぐちゃだったから、洗ってもう一度というわけにもいかないし。


 身体もあまり拭けていないところがあるけれど、その、下半身の方は、あの、あまり触れなかったというか、そもそも見るのも恥ずかしかったというか……。


「ホォォォ……」


 フレスちゃんにまで呆れられてるけど仕方ないでしょ! 男の人なんて、お父様と王太子くらいしか近くでふれあったことないんだから!


 お父様は昔は家族だったし、マルス様は……あんまり私には興味なかったしね。


 興味なかったというか、むしろ憎まれていたというか……。


 最終的には私の異母妹であるアーテのことが好きだったみたいだし、婚約者とは言っても形式上だけのもの。


 私が国の舵取りに参加してるのが気に食わなかったみたいだし、あの人と気が合う運命はなかったんじゃないかなぁ。


 王族の嫡子である自分よりも有能な女ってのが許せなかったんでしょ?


 私が望んでそんなことしていたわけじゃないとも理解しないボンクラのくせに、わがままだけはお達者なこと。


 ゲフンゲフン。お隣の国の次期国王様ですからね。敬い崇め奉りませんと、オホホホホ。


 そうだ! この男の人を甲斐甲斐しく世話をしている中でわかったことがある。


 それは、この男の人が、近年稀に見るほどのイケメンだったということだ!


 まぶたは閉じてしまっていて瞳が覗けないのが残念だが、顔立ちはまさに芸術の神様が彫り出したとしか思えない黄金美だし、まつげなんて長すぎて女の子かと思っちゃうくらいだ。


 それに肩にかかる長さの金色の髪はもうさらっさらな上に色艶も見事で、路地裏に転がって血にくすんで汚れていたとしても輝きを失っていない。


 まるで豊穣の神様が宿ってるんじゃないかってくらい、たわわに実った麦畑を彷彿ほうふつとさせる健康的な生命の輝きだ。


 そこそこのお金をかけて整えている私の髪質と遜色そんしょくがないのは笑ってしまった。

 

 身体の方もなんともご立派で……ご立派で!


 身長は多分180セルチとちょっとかしら? 横に寝っ転がってみたら、にぎりこぶし4つ分くらいは私より大きかったし。


 ここまでの偉丈夫はなかなか見ないわよねぇ。


 それに筋肉とかものすごいの! こんな腕で抱きしめられたら、町娘なんてイチコロよイチコロ。


 私も身体を拭きながら感触を確かめるのに夢中になってしまったもの。


 腹筋とか軽く触ると堅そうなのに、押し込んでみるとしなやかだったりして、きっとそういうギャップで女を落とすんだわ。


 なんていけない筋肉なのかしら。


 その、はしたないとは思うのだけれど、これだけたくましい男の人を、しかも裸の状態で触れるなんてちょっと役得よね。


 はしたないのだけれど!!!


「ホッホッホ」


 一人興奮していると、フレスちゃんにわらわれてしまった。


 もう! そこで笑われたら私がバカみたいでしょ! 裸の男の人と関わるなんて、もう二度とないかもしれないんだし、少しくらい盛り上がってもいいじゃない!


 大きな声で怒りたかったけれど、もう夜も更けてしまっている。


 我慢、我慢するのよレテ~。あなたは冷静な女よ~。


 よし! これ以上起きていても変なことしか考えないだろうし、今日はもう寝ちゃおう。


 男の人にベッドは貸しちゃってるし、今日はソファでご就寝~~。


 初めての経験でちょっとドキドキするかも。


 それじゃあおやすみなさい!


 明日はその閉じた瞼の奥が見られるとよいのだけれど……。

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