捨てられ令嬢は運命鑑定士になりまして。みんなを幸せに導いていたら、運命の相手も見つけちゃったみたいです。

雨後の筍

第1話

「はい。今日一日見させてもらったところ、魔法使いの適性が貴方にはあると思います」


「やっぱりですか! そうじゃないかと思ってたんです! なにせ、小さい頃は『次代の賢者』だと親に言われていましたからね!」


「アハハ。まぁなんにせよ、今のパーティの方とお話してみて、少しの間お試ししてみるというのがいいかもしれませんね」


 私はレテ。ただのレテ。


 自分でつけた名前だ。親から与えられた名は追放された時に捨ててしまった。


 生まれとは隣の国レーベンハルトで、運命鑑定士という、占い師のパチモンみたいな商売をやっている。


 私の唯一の取り柄である『ひとの運命を見通す程度の力』で、相談してきた人の進むべき道を示してやる仕事だ。


「レテさん、ありがとございます! 視界がパーッと開けたような心持ちです! 今日は相談に来てよかった!」


「そう言っていただけると嬉しいですね。それでは、料金の方になりますが……」


 今日の依頼人は、剣士をやっているというミスリル級冒険者。


 幼い頃からの憧れが捨てられず、たくわえもできてきたしそろそろ新しいことにチャレンジしたいので、その進退の是非を教えてほしいとのことだった。


 幸いなことに彼はまだ若いし魔法使いへの適性が並み以上にあったので、役割が変わっても同じ等級くらいで活躍し続けることができるだろう。


 もちろん、パーティメンバーの支えは必要だとは思うが。


 そんな感じのことを、依頼人のご希望に沿っておべっか交じりでおだてながら、いかにもそれっぽく語るのが生業なりわいというわけだ。


 私は昔から、人の得意不得意、好き嫌いを見抜くのが得意だった。


 あの人は何故こんな考え方をするんだろう。どうしてそんな職に就いたんだろう。こう思ったから、その道を歩むことにしたのかな。


 気づけば私は誰か他人と少しおしゃべりするだけで、その人がどういう道を歩いてきたのか、これからどんな道に進みたいのかが分かるようになっていた。


 それをいぶかしがったお父様に連れ出されて神殿で診断を受けてみればあら不思議。


 私の身には、『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』という神からの祝福スキルが生えていたそうだ。


 私の栄光と凋落ちょうらくが始まったのは、確かにこの時だったんだと思う。


 お父様はもう狂喜乱舞して私のことを抱き上げてぐるぐる回り始めるし、神殿の人たちも片っ端から一目見ようと私のもとに駆けこんで人ごみをつくってるし。


 どうにかその歓待をかわして神殿の外に出たら、お触れが出たとかで広場ではもっともっと多くの人たちがうごめいているし。


 華々しく屋敷に凱旋したかと思えば、私の7歳の時の誕生日(生まれの国では7歳の貴族の子女を盛大に祝う風習がある)にすら見たことのないごちそうがそこには用意されているし。


 聞いた話では神の子だなんだと、市井は私の話で持ち切りなのだという。


 しまいには国王様から息子である王太子マルスの婚約者になってくれとお下知げちがくる始末。


 今までは婚約者候補ですらなかったのにね。


 とにかく国中あげての大騒ぎだった。


 神からの祝福スキル持ちなんて100年に1人生まれるかどうかという話らしいので、まぁそれだけ騒ぐのも仕方ないか、と当時の大人びた私は思ったものだ。


 自分以上に喜び驚く人がいると、本人はなんだか冷めてしまっていまいちノリきれないのだ。


 現実感がなかったというか、『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』自体はもう私にとってあって当たり前の物だったから、そんな騒ぐほどのものでもないと思ってたし。


 なんにせよ、真っ当に貴族令嬢として愛されて育ってはいたけれど、それからは今までの扱いが不当だったのかと疑うくらいの好待遇ばかりを受けることになった。


 万が一誰かに狙われてはまずいと居を王城に移すことになったし、そこでは王太子マルス様や妹姫様と同じくらいの扱いを受けることになった。


 ごはんの質がグレードアップしたのも良かったけど、いつお風呂に入っても怒られなくて、ベッドが信じられないくらいにふかふかだったのが一番嬉しかったなぁ。


 お風呂には何十人と入れそうな大きさの湯舟があって、美容にいいという乳白色のお湯がいつでも張ってあるのだ。


 しかも床や天井には模様や絵画がイヤミなく描かれ、湯舟の縁や飾り物にはすべて精緻な彫刻が施されていて、美術品のコレクタールームに迷い込んだよう。


 もううっとりしてしまうくらいに素敵な場所だったのだ。


 鏡のピカピカさも実家の屋敷にあるものとは全然違ったし、石鹸も特注のとても良い香りのする見目の透明さにもこだわった神秘的で美しいものだった。


 侍女の人たちは私のことをくしけずりたがったけれど、お風呂でまで誰かに見られているのは嫌だったから、助力を断っていつも1人で入っていた。


 令嬢としては間違っているかなとは思っていたけれど、祭事の身繕みづくろいでは身を任せていたのだし、普段の多少の狼藉ろうぜきは大目に見てもらいたい。


 寝る時ですら警備の人が扉の外に立っているという緊張が毎日あったし、1人になれる時間が欲しかったというのもお風呂にハマった理由の1つだろう。


 ああ、麗しき我がお風呂タイム……すべてを失った今でも、あの時間だけは取り戻したいくらいに愛おしい……。


 まぁそんなこんなで悠々自適な生活を送る私だったが、代わりにお役目を果たす必要はあった。


 その人の運命を見通す目を買われて、貴族という貴族から、騎士という騎士まで、その運命を見る羽目になったのだ。


 これがまた本当に大変だった。


 来る日も来る日も面談面談面談談。


 最初のうちは力に疑いがあったからか下級貴族の人が多かったのに、そのうち私の『ひとの運命を見通す程度の力ブラフマータ』がどうやら本物らしいと悟った国王様によって、最上級の貴族とばかり会わされるようになったのだ。


 もうみんな国の重要人物とかその親族とかばかりで、プレッシャーがやばいのなんの。


 だって、宰相様の運命を見てみろって、それ国の行く末を舵取りしろって言われてるのと一緒じゃん!?


 たかが12の小娘に背負わせるものじゃないでしょ!?


 そしてどうにかそんな無茶ぶりにも耐えてうまく立ち回り数年たち、15になった時のこと。


 私は異母妹の策略によって、婚約破棄され断罪され追放された。




 リーンゴーン! ゴーンゴーン……。


 宵の鐘が鳴る。


 気づけば、店の窓の外では日が暮れようとしている。


「……あなたの運命に、幸多からんことを」


 お金を払った冒険者の青年はとっくに店を出て行った。


「冒険者ってのも、自由でよかったかもねぇ。まぁ私、体動かすのはからっきしだけど!」


 いつまでも物思いに耽っていないで、私もそろそろ晩ごはんのことを考えなければならない。


 もしもを考えたって、一銭の得にもならないのだから。


「なんだか気分が落ち込んじゃってるし、こういう時は美味しいものを食べるに限るわね! 今日は豪勢に三羽烏亭のみぞれチキンステーキにしちゃおうかしらっ♪」


 あそこのチキンステーキは、もう本当に絶品なのだ。


 滴る鳥油の香ばしさもさることながら、それがくどくなりすぎないように支えるさっぱりあっさりしたソース。


 秘伝だというそのソースを吸ったシソの葉と大根おろしがお口の中を癒してくれて、鳥本来の滲みだす旨味を何度でも、何口だって食べられてしまうのっ!


 毎回食べ過ぎちゃうから美容のためにも1月に1回くらいしか通えないけれど、今行かなくていつ行くと言うのかしら。


 ごはんは心のオアシス!


 お風呂にベッドに、ごはんにフレスちゃん!


 私の4大癒しサムシングによって、沈んだ心をテンアゲしていくぅ!


 待っててね、私のみぞれチキンステーキちゃんっっっ。


 私は意気揚々と店の扉をくぐると、ふくろうを象った看板をパタリと『閉店』にひっくり返して夜の街に繰り出した!


「それがこれほどの厄介事につながるとは……このレテの目をもってしても読めなかった……」


 意気揚々と繰り出した、はずだったんだけどなぁ。


 途方に暮れる私の目の前では、暗い路地裏に真っ赤な血の池が広がっている。


 その中心では、深く傷ついた男の人がうつ伏せに斃れているのであった。

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