第10話 外傷改善のためのメディカルハーブ

「待て待て待て。おまっ、これ、ポーションじゃねぇか!」


「ええ、ポーションです。毒ではないですよ」


 急に腕をつかまれたから、心臓がドキドキしている。

 降参のポーズをしながら、わたしは恐る恐るランポさんを見上げた。


「ばっ……ああ、いや、馬鹿はねぇか」


 わたしの手からポーションを取り上げたランポさんは、まるでそれが毒薬かのように遠くへ置いた。

 むぅ、失礼な……。


 まだわたしが魔導師だった時に自作したものなので、ポーションであることは間違いない。

 それなのに毒薬扱いをされて、わたしはむくれた。


 そんなわたしに、ランポさんはやれやれといった風にため息を吐く。

 子どもに言い聞かせる時のように目を合わせると、わたしの肩に手を置いて、彼は落ち着いた口調で話しだした。


「あのな、ティプ。おまえにとってポーションは便利な薬かもしれねぇ。だが、俺たち獣人やこいつみたいな人魚にとっては、毒なんだ」


「毒……?」


「俺たちは、人よりも体が丈夫にできている。回復すんのも早い。だからか、人が作る薬は強過ぎて、副作用が強く出ちまうんだよ」


 ペルヘシテートで薬が流通していない、理由わけ

 それを理解した瞬間、わたしはサーッと血の気が引いていくのを感じた。


「わたし、危うく彼を……」


 思い至った可能性に、頭が真っ白になった。

 信じられない気持ちでいっぱいになって、責めてほしい気持ちとすがりたい気持ちから、ランポさんを見つめる。


 人とは違う、獣の瞳孔。

 それを見た瞬間、わたしはハッと思い出した。


「ランポさんは大丈夫なんですか⁉︎」


「あ?」


「ダンディライオンのお茶、飲んだでしょ⁉︎ 体に不調とか、出ていないですか⁈」


 ポーションが毒なら、ハーブはどうなってしまうのだろう。

 必死な顔でにじり寄るわたしに、ランポさんはやや引き気味に苦笑しながら言った。


「いや、助かったって言ったろ? 不調どころか絶好調だ」


「そう、ですか……」


 だから落ち着け、と言いながら、わたしの頭をわしゃわしゃ撫でるランポさん。

 こねくり回すように乱暴な手つきなのに、どこか心地よくて──たぶん、ユラユラ揺らされているせいで寝かしつけられている感じになっている──わたしはだんだんと落ち着きを取り戻していった。


 どうやら、ハーブの効果は薬ほどではないらしい。

 ランポさん曰く、クレソンは野菜だからね。

 考えてみれば、メディカルハーブはペットの日常的なケアにも使われる──粉末にしたペパーミントを毛に振りかけておくと、ノミ除けになるんだよ!──ものだから、それほど心配することはなかったかもしれない。


 気を抜くと、ヘタリと体の力が抜けた。

 地面に座り込んだ瞬間、はずみでカバンから軟膏なんこうが転がり落ちる。


「おいティプ、これ落ちたぞ」


「ああ、ありがとうございます」


 ランポさんは拾い上げた軟膏を差し出しながら、わたしに尋ねた。


「これ、ハーブ塩を作ったあとに作ってたやつだよな?」


「はい。外傷のケア用に作った、セントジョンズワートの軟膏ですね」


「セント……あー……そのセントなんとかって、草か?」


「ええ、ハーブです。小さな傷、ひびわれ、軽度のやけどに使えるんですけど……」


 ふと思い出したことがあって、私は言葉を止める。


「あの、ランポさん。メディカルハーブは、薬ほど効果は見込めないのですが、薬と違って副作用がないんです。それってつまり……」


「人魚にも使えるな」


 そうですよね!

 でもまだ少し恐怖心が残っていたわたしは、人魚の腕を借りてパッチテストをやってみた。


 上腕の内側をハンカチで優しく拭き取り、セントジョンズワートの軟膏を塗る。

 可能であれば一日から二日様子をみたいところだけれど、獣人や人魚は薬が効きやすいということなので、今回は三十分ほど様子を見た。


 森の探索は何時間でもすぐ過ぎてしまうのに、この三十分はとても長く感じる。

 待っている間、わたしはランポさんに獣人や人魚たちは普段、薬なしでどうやって生活しているのかを聞いていたのだけれど──なんとも原始的な答えに絶句してしまった。


「大概は、寝てりゃ治る」


 寝ても治らない時は、「その時はその時だ」と潔く諦めるらしい。

 豪快というか無頓着というか……わたしには理解できない感覚だった。


 三十分後。

 人魚の彼の腕を調べてみたけれど、赤くなることはなかった。


 これなら大丈夫だろうとランポさんの同意を得て、わたしは傷だらけの人魚に軟膏を塗る。

 人魚は今にも消えてしまいそうなくらいはかなそうに見えるのに、体格は男の人だった。


 意識のない男性を転がしたり持ち上げたりするのは、わたしには難しくて。

 ランポさんに手伝ってもらいながら、わたしは何とか全ての傷に軟膏を塗り終えることができた。


 ランポさんがいなかったら、最後まで処置することはできなかったと思う。

 なぜなら──わたしは人魚の生態について知らな過ぎた。


 ペルヘシテートに住む人魚は、陸に上がって皮膚が乾くと、人の姿になっていく。

 魚のひれのような耳は丸くなだらかになり、尾鰭おびれは二本の脚に。


 そう。つまり、全裸になるわけで。


 パパと二人暮らししていたとはいえ、わたしは十六歳のうら若き少女。

 パンツ一丁のおじさんは平気でも、美男子の全裸に耐えうる神経は持ち合わせていなかった。


 あー! はずかしっ!

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