第8話 実は危険な知識です⁈

 お節介はほどほどに──と戒めたわたしだけれど。

 戒めるべきはわたしではなく、ランポさんの方だったのかもしれない。


 二日酔い改善のためにダンディライオンのお茶を振る舞った、その翌日。

 森へ向かうわたしの後ろには、なぜかランポさんの姿が……。


「ランポさん……何をしてるんですか?」


「お、俺は、その……そうだ、草! 草を取りに来たんだ」


「くさ」


「おう、草だ」


 草って。

 ハーブのことかな。


 もしかして、ハーブ塩の材料を探しに?

 それならどうして、わたしの後ろをついて来るのだろう。


 ローズマリーもバジルも、ランポさんのすぐそばに生えている。

 鼻が利く獣人なら、すぐに見つけられそうなものだけれど。


 もしかして、昨日のダンディライオンのお茶があまりにまずくて、抗議しに来たとか?

 森の奥まで行ったところで、ボコボコにされてしまうのだろうか。


「……いや、さすがにそれはないでしょう」


 ──というわけで、とりあえず森の探索を優先する。


 今から向かうのは、森の外れにある湖のほとりだ。

 湖の中には水棲族──いわゆる人魚たちが暮らす町がある。


 対岸にある町の名は、ラウル。

 陸で暮らす人魚たちが興した町だ。


「ティプはいつも一人で森へ来ているのか?」


「ええ、いつも一人ですね」


 アルクの町へ来て、まもなくひと月が経とうとしている。

 森の探索はあと数区画を残すだけで、ほぼ終わりに近い。


 ウスベニアオイ、エキナセア、エルダーフラワー、ジャーマンカモミール、セントジョンズワート、ダンディライオン、ネトル、ハイビスカス、パッションフラワー、ペパーミント、マテ、マルベリー、ラズベリーリーフ、リンデン、ローズヒップ。


 この森では、たくさんのメディカルハーブを見つけることができた。

 できればもうしばらく、ここにいたいと切望してしまうくらいに。


 幸い、トランク貯金は──わたしは給料の全てを銀行に預けず、トランクにしまい込んでいる──たんまりあるから、もうしばらくここでお世話になっていても問題はない。

 だけれど、せっかく閉鎖的な国リンヌンラタを出たのだから、自由に世界を見て回りたいとも思うわけで。


 調査する足取りがゆっくりになってしまうあたり、答えはもう出ているも同然だと思うけれど、ひと所に落ち着く勇気は、まだ湧いてこなかった。


「ランポさん、はまだ見つからないんですか?」


「……もう、わかってんだろ。俺がどうしてついてきているのか」


 まさか本当に、ボコボコにされてしまうのだろうか。

 とっさに防御の姿勢をとるわたしにランポさんは、


「いや、ちげーって!」


 と言いながら、両手を上げつつ距離を取った。


「心配だから。だから、ついてきたんだよ」


「この森、スライムすら出てこないですよ?」


 きょとんと見上げると、ランポさんはうっと怯んだような顔をして。

 それから、「あーもう!」と言いながら自身の頭をワシャワシャかき混ぜた。


「おまえは気づいていないかもしれないけど。おまえの持っている知識は、とんでもないものなんだぞ。昨日の茶もそうだが、おかみにやってやったマッサージとか、もろもろ!」


 ──ということは、昨日のダンディライオンのお茶は、ランポさんの二日酔い改善に効果があったということだろうか。


 喜びにゆるゆると頬を緩めるわたしに、ランポさんはぶっきらぼうに「昨日は……助かった」と言った。


 嬉しい。ものすごく。

 やりすぎたかもしれないと反省したあとだからか、なおさらに。


「だけどな、その知識は便利だが、すごく危険なものなんだ」


「そう、なんですか?」


 わたしとしては、あくまで趣味の範疇はんちゅうだと思っていたので自覚はない。

 メディカルハーブは、自己治癒力を補助するだけ。当たり前に薬が流通しているリンヌンラタで、メディカルハーブは注目すらされていなかった。


 ここは、獣人の国ペルヘシテート。リンヌンラタと違い、異邦人はいない。

 異邦人の知識は彼らにとって、どれほどの価値があるのだろう。


「悪知恵働くやつに見つかってみろ。すぐに取っ捕まって、良いように使われちまうぞ」


 そういえば、ペルヘシテートで薬を見たことがあっただろうか?

 …………いや、ない。


 薬がない国で、ハーブによって症状が改善されたら──とんでもないという感想にもなるだろう。


「すみません、ありがとうございます。護衛、してくださっていたんですね」


「別に……昨日の礼だ」


 照れくさそうに、そっぽを向くランポさん。

 でも尻尾はゆらゆらと、嬉しそうに揺れているから──まんざらでもないんだろうな、とわたしは思うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る