第7話 二日酔い改善のためのメディカルハーブ
「ティプさん、ありがとう! あなたに相談して、良かったわ!」
翌日。
朝ごはんを食べるために食堂へ降りて行ったら、待ち構えていたおかみさんに声をかけられた。
ウサギらしくピョンピョンと跳ねるように駆け寄ってきた彼女は、嬉しそうにわたしを抱き上げる──そう、抱き上げた。
自分の小ささを思い知らされるようで、やるせない。
相手は見るからに
虚無顔でされるがままになっていると、ふと視界に何かが映り込んだ。
食堂の隅。一番端っこの席で突っ伏しているのは、ランポさんではなかろうか。
わたしの視線を感じてか、ランポさんが顔を上げる。
死人のような顔で、彼はヒラヒラと力なく手を振った。
そして、力尽きたようにテーブルへ突っ伏す。
その様はまるで、スライムだ。
ドロリ、と今にも溶けてしまいそう。
本当に、どうしたんだろう? ランポさん。
体調が悪いなら、何か力になれないかな。
おかみさんの役に立てたことで少し自信がついたのか、お節介にもそんなことを考える。
わたしは心配になって、おかみさんに尋ねた。
「あの、おかみさん。ランポさん、どうしたんですか?」
持ち上げていたわたしを床へ下ろしながら、おかみさんは言った。
「ランポ? ああ、大丈夫よ。飲みすぎて二日酔いなんですって。久しぶりに弟と会ったから、つい飲みすぎてしまったみたい」
「ああ、なるほど。それであの顔に……」
二日酔い。二日酔い、かぁ。
あいにくわたしは経験したことがないけれど、とっても気持ち悪いらしい。
その他に頭痛、
リンヌンラタでは一般的に、二日酔いは飲酒から時間が経過すればするほど症状は改善していくとされている。
ただ、症状の現れ方がさまざまなのと同じで、人によっては飲酒した日の翌々日まで苦しむこともあるのだとか。
……ダンディライオンのお茶、二日酔いにも有効なんだよね。
肝臓の機能を高めて解毒を促進させる作用があるから、アルコールを早く排出できる。
「ちょうど今、持っているんですよねぇ」
昨日、ローストしておいたダンディライオンを切らしてしまったので、朝食のあとにキッチンを借りるつもりで持ってきていたのだ。
なんというタイミングの良さ!
しかも、おかみさんと相性が良さそうならこのまま飲み続けてもらおうかな〜と考えていたので、結構多めに持ってきている。
「おかみさん、キッチンをお借りしても良いですか?」
「ええ、構わないわよ。ランポも構わないでしょう?」
「うぅ……」
うめき声で応答するランポさんに、おかみさんと苦笑いを浮かべて笑い合い、わたしはキッチンへ向かった。
ランポさんは
前回と同じ場所に置いてあるフライパンを手に取って、火にかける。
ダンディライオンのお茶に使うのは、ダンディライオンの根の部分。
パパは「ダンディライオンルート」と呼んでいた。
採取したダンディライオンの根は、よく洗って、日当たりのいい場所でカラカラになるまで乾かす。
晴天だと一週間くらいで乾くから、今度はそれをすり鉢で細かくする。この時に生乾きだとペースト状になってしまうので、心配なら細かくする前に乾煎りすると良いかもしれない。
今回はここまで済ませてあるから、今からやるのは
ポイントは、弱火でじっくり。
フライパンにダンディライオンを入れ、焙煎スタート。
時々ヘラでかき混ぜながら、焦がさないように注意する。
量やロースト具合にもよるけれど、今回は一時間半くらいかかった。
その時々で香りや風味が変わるのも、自分でローストする楽しみでもある。
わたしの理想は、チョコレートのような甘い香りなんだけど……うん。今回も上手にできたみたい。
おかみさんと自分用にはミルクを入れて作り、ランポさんにはストレートで、水分補給も兼ねて多めに作る。
三つのカップを持って食堂へ戻ると、二日酔いで再起不能になっているランポさんと、そんな彼を呆れた顔で眺めるおかみさんがいた。
「キッチン、ありがとうございました。お礼にこちらを二人へ」
ミルクティーをおかみさんへ、大きめのカップに入れたストレートティーはランポさんへ手渡す。
ランポさんのカップを見たおかみさんは、
「もしかしてこれ、昨日の?」
と聞いて、それから受け取ったカップを見た。
「ええ。ランポさんのはストレート、おかみさんのはミルクティーにしてみました」
「まぁ。こういう飲み方もあるのね。ほら、ランポ。起きなさい! ティプさんが、お茶を入れてくれたわよ」
「んん〜ぅ」
おかみさんが、ランポさんの頬にグイグイとマグカップを押し付ける。
半目を開けたランポさんは、ジトリとおかみさんをにらむと、ムスッとした顔でカップに口をつけた。
苦いのか、あるは独特の土臭さが嫌だったのか。
彼の端正な顔が、少しだけ
「なに、その顔は! ティプさんが一生懸命入れてくれたのよ? もっと嬉しそうにしなさい」
ムイムイと頬をつねるおかみさんに、わたしの方がハラハラしてしまう。
ランポさんはといえば、相変わらず美味しくなさそうな顔をしてお茶を
「ランポさん。そのお茶、二日酔いにも効くので、その……」
全部飲んでください、とは言えなかった。
おかみさんの症状は改善したけれど、彼にも効果があると断言できなかったから。
なんとなく、
少しだけついた自信が、あっという間にぺしゃんこになる。
しょんぼりと肩を落としたわたしを見たおかみさんが、物言いたげにランポさんをにらんだ。
「ランポ」
「あー、その、なんだ……ありがとうな、ティプ」
ヨロヨロと持ち上げられた手が、わたしの頭を撫でる。
パパとは違う、ゴツゴツした手。体重をかけるような重みがあるナデナデに、顎が下がった。
そろりと視線を上げると、わたしの目の前で、ランポさんはお茶を飲み干した。
みるみる間に、彼の顔色が良くなっていく──なんてことはなかったけれど、その日の夕ごはんはいつもより一品おかずが多かったので……。
効果はあったんじゃないかな、とおかみさんは言う。
でもやっぱり、趣味は趣味のままにしておくべきかもしれない。
「お節介はほどほどにしよう」
そう戒める、わたしなのだった。
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