第6話 便秘改善のためのメディカルハーブ

「ティプさん。今ちょっと、良いかしら?」


 日課の森探索を終えて宿へ戻ってきたわたしに声をかけてきたのは、おかみさんだった。

 彼女の頭の上にあるウサギ耳が、忙しなく動いている。


 警戒している……のかな。なんだか落ち着きがない。

 呼び止められる理由に思い当たる節はないけれど、ドキッとしてしまう。


「えっと……何でしょうか?」


「ああ、そう身構えなくて大丈夫よ。あなたに問題があるわけではないの。ただその……ちょっと恥ずかしい話で。できればあなたの部屋で話したいのだけれど、良いかしら?」


「ええ、構いませんけれど」


 散らかしているわけでもないし、特に問題はない。

 わたしはおかみさんと一緒に部屋へ戻った。


「ソファをどうぞ」


「ありがとう」


 おかみさんにソファを譲ったので、わたしはベッドに座る。

 二人きりになるとようやく安心したのか、おかみさんがホッと息を吐いた。


「それで、あの……お話とは?」


「ええと……その……あなたは、常備薬とか持っているのかしら?」


 ちらり、とおかみさんの視線がわたしのトランクへ向かう。


「あるにはありますけど」


「おなかの薬は……?」


「持っていないですね」


 無理か、とおかみさんの口から不安そうなつぶやきが漏れる。

 そして、おなかをサスサス。


「ええと。残念ながらわたしはおなかの薬を持っていないのですけれど……もしかしたらアドバイスできることがあるかもしれませんし、お話だけでも聞かせてくれませんか?」


「え、ええ、そうね。その……実は私、便秘に悩んでいて……」


「べんぴ」


 便秘。便秘かぁ。それはつらいよねぇ。

 肌荒れしやすくなるし。おなかが張るし。血行が悪くなると全身に影響が出てくる。


「人には便秘薬という薬があるのでしょう? もし持っていたら、分けてもらえないかと思って、声をかけたの」


 正直なところ、もし持っていたとしても渡したくなかった。

 自分用に取っておきたいという気持ちはなく、彼女に使わせるのはちょっと……という思いから。


 すべての便秘薬がそうというわけではないけれど、リンヌンラタで出回っている便秘薬は効果が強すぎるのだ。

 一錠でスッキリ──といううたい文句通り、確かにスッキリはするのだけれど、クセになって便秘薬を手放せなくなる人もいるのだとか。


 わたしは、便秘薬よりも安心安全なものを知っている。

 そう──メディカルハーブだ!


「なるほど、それでしたらお力になれるかもしれません」


 わたしは立ち上がると、トランクを持ってきて広げた。

 中から、保温機能付き水筒とマグカップ、ローストしたダンディライオンを取り出し、サイドチェストの上に置く。


「実は、わたしは趣味でメディカルハーブをたしなんでおりまして……あ、メディカルハーブというのは、」


「ごめんなさい。私、難しい話はちょっと……」


 いけない。披露できることが嬉しくて、つい語り出しそうになっていた。

 そうだよね。普通の人は、雑草なんかに興味ないもんね。


 ああ、もう。メディカルハーブに興味を示してくれる人、どこかにいないかな──なんて願いつつ、もう一つハーブを取り出してトランクを閉じる。


「簡単に言うと、今から用意するお茶と温湿布で、ケアできるかもしれないって話です」


 便秘は、運動不足、ストレス、消化不良など、原因はさまざまだ。

 ダンディライオンのハーブティーにはいろいろな効果があるけれど、その中の一つに、脂肪消化機能の低下に効果を発揮するというものがある。

 優れた強肝作用と利肝作用が脂肪を消化する胆汁の分泌を促し、腸内の環境を改善してくれるのだ。


 といっても、異邦人がいないペルヘシテートでこんな話をしても通じる人はわずかだろうし、ここは黙っておく。


 マグカップにローストしたダンディライオンを入れ、保温機能付き水筒から熱湯を注ぐ。

 よく混ぜたら、ダンディライオンのお茶の出来上がりだ。


 コーヒーみたいにサイフォンで淹れる人もいるみたいだけれど、気軽に続けるならこの方法で良いと思う。

 まぁ、あくまで「わたしは」だけど。


 ダンディライオンのお茶はコーヒーに似た味わいで、慣れないと飲みにくい人もいる。

 そういう時は、お湯にダンディライオンを入れて抽出し、牛乳を入れて弱火で加熱したミルクティーにすると飲みやすい。


「これ、コーヒー? 私、コーヒーを飲むと眠れなくなっちゃうのよ」


「いえ、これはコーヒーではないので大丈夫ですよ。ダンディライオンというハーブのお茶で、おなかの調子を改善してくれる効果があります。他にも、吹き出物を改善したい時や元気を出したい時なんかにもおすすめなお茶なんです」


「そうなの……」


 ダンディライオンのお茶が入ったカップを手渡すと、おかみさんはしげしげとカップを眺めた。

 それから、覚悟を決めるように深呼吸を一つして──半目になりながら恐る恐る口をつけた。


「あ、意外と……」


 思っていたよりもマシな味だったようだ。

 チビチビとお茶を飲むおかみさんを確認しつつ、わたしは次の作業へと移る。


 おかみさんは接客業従事者だからね。

 きっとストレスも関係していると思うんだ。


 そういう人には、ペパーミントの温湿布もおすすめ。

 お湯にペパーミントを入れて抽出したら、浸剤が冷めないうちに布を浸す。その布を軽く絞って、腹部を温湿布。


 腹部があたたまったら、ゆっくりマッサージすると尚良い。

 手のひらを下腹部に当てて、上→左→左下腹部の順に円を描くようにさするのがコツだ。


 女性同士ということもあって、おかみさんは恥じらいながらもわたしに身を委ねてくれた。

 信頼されている……というより、切羽詰まっていた感じだったけれど。


 それだけ、困っていたのだろう。


「おかみさんの便秘が改善されますように」


 わたしは願いを込めて、丁寧にマッサージを施した。


 パパから教わった知識を生かせる機会があったこと。

 わたしはそれが何よりも、嬉しかった。

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