第5話 セントジョンズワートの軟膏とハーブソルト

 アルクの町へ来て、二週間が過ぎた。

 わたしは毎日のように森へ出掛けて行っては、メディカルハーブがないか探し回っている。


 初日に見つけた、七種類のメディカルハーブ。

 それ以外に、十種類のハーブを見つけた。


 どうやらこの森は、メディカルハーブどころかハーブの宝庫だったらしい。

 料理に使えるローズマリーやバジルなども見つけて、食事の不満が解消されそうでホッとしている。


 というのも、ペルヘシテートの料理はわたしには薄味すぎて物足りなかったのだ。

 それはきっと、獣人の味覚に合わせているから。

 彼らの味覚は人よりも繊細で、肉の茹で汁だってごちそうになる。


 シンプル・イズ・ベスト。

 それが、ペルヘシテートの料理。


 幸い、アルクの町は獣人以外の種族も少なくなく、自分で味つけできるように、どこの食堂のテーブルにも塩が置かれている。

 とはいえ、とはいえだ。塩とハーブがあったら、ハーブ塩を作ってみたくなるじゃないですか……!


 そういうわけで、わたしは今、宿のキッチンにお邪魔している。

 宿の料理人ランポさんがソワソワとわたしのことを見ているのは、わたしが女性だからか、ハーブを持ち込んだからか。


 ペルヘシテートでは、料理は男性の仕事とされている。あと、大工も。

 おいしいごはんと、快適な家。それらを提供し続けられる男性こそ、良い恋人、良き夫となるらしい。


「雑草ばかり持ってきて、何をするんだ?」


 ……どうやら後者だったようだ。

 どことなく、おままごとをしている子どもを見守るような、生温かさも感じる。


「雑草じゃないですよ。故郷では、料理にも薬にもなる便利な植物とされています」


 正確には、パパの故郷いせかいだけれど。


「ランポさん。フライパン、借りますね」


「あいよー」


 次の食事の仕込みだろうか。

 ランポさんはチラチラと視線を寄越しながら、途中だった芋の皮剥きに戻っていった。


「さて、作りますか!」


 わたしはグイッと腕まくりをすると、フライパンを火にかけた。


 町で買ってきた塩を、サラサラになるまで乾煎りする。

 塩の粗熱を取っている間に、取ってきたハーブを水洗いして、ふきんで水気を拭き取り、とにかく細かく刻む。


 最後に塩とハーブをよく混ぜて、密封容器に入れたら、フレッシュハーブソルトの完成だ。

 今回はフレッシュハーブを使ったけれど、乾燥させたハーブに置き換えると長期保存ができるから、旅のおともや美容用にはドライハーブソルトの方がおすすめかもしれない。


「ランポさん。パンとオイル、ありますか?」


「ん、ほらよ」


「ありがとうございます!」


 スライスしたパンに、オイルを塗ってハーブソルトを振りかける。

 オイルを塗った面を下にしてフライパンで焼いたら──塩パンの完成です!


 キッチンに、ハーブのいい匂いが漂う。

 おいしい匂いに、クキュルとおなかが──って、わたしのではないな?


 誰のおなか? と見回すと、塩パンに目が釘付けになっているランポさんが視界に入った。

 持っている塩パンを、そろ〜っと動かしてみる。するとランポさんの視線もそろ〜っとついてきた。うん、食欲をそそる匂いだものね。


「ランポさんも味見、してみますか?」


「いいのか⁉︎」


「良いですよ、どうぞ」


 お皿に載せた塩パンを差し出すと、ランポさんは警戒もなくハグッと食いついた。


「んっ!」


 ランポさんは喉を詰まらせたように一度息を止めて──、


「まぁぁぁ!」


 パァァッと目を輝かせた。


 良かった。喉に詰まったかと思って一瞬慌てちゃったよ。

 咄嗟とっさに手に取った水差しを元に戻しながら、わたしはホッと息を吐いた。


 んまいんまいと言いながらパンを食べるランポさんは、ミャーミャー鳴きながらごはんを食べる子猫みたいだ。

 まぁ、あながち遠い種族でもない。


 ランポさんは、淡黄褐色に黒い斑紋がある丸い耳と長くてもふもふした尻尾を持つ獣──ヒョウの獣人だ。

 しなやかでしっかりとした体躯は、いかにも大型肉食獣っぽい。


 長身痩躯な男性が好まれるリンヌンラタでは嫌煙されるタイプだけれど、ペルヘシテートではモテる部類らしい。モテる要素その一である料理のプロなわけだから、当然か。


「すごいな、この塩? 人の調味料は苦手だが、これは好きだ」


「ハーブ塩って言うんですよ。お肉やお魚、サラダにかけるのもおすすめです」


「いろいろ使えるんだな」


「はい」


 さて、キッチンへはハーブ塩を作るためだけに来たわけではない。

 二週間前から仕込んでいたセントジョンズワートの浸出油が完成したので、軟膏なんこうを作るためでもある。

 まだ食べたそうにしているランポさんに残りの塩パンをあげて、その代わりに鍋を借りた。


 水を入れた鍋を火にかける。

 セントジョンズワートの浸出油と蜜蝋みつろうを湯煎用の容器に入れて、沸騰した鍋のお湯で湯煎。ヘラでよくかき混ぜて、蜜蝋を溶かす。


 蜜蝋が溶けたら容器を鍋から引き上げて、さらにヘラでかき混ぜる。

 完全に固まる前に、保存容器へ入れたら──外傷に効くセントジョンズワートの軟膏の完成だ。


 セントジョンズワートのスッキリとした香りを閉じ込めるように、容器のふたをしめる。

 使う時が楽しみだが、その時が来ない方が良さそうでもある。微妙な心境に苦笑いを浮かべながら、わたしは後片付けを始めた。


「なぁ、おまえ……ティプって言ったっけ?」


「へ? ええ、ティプですけど」


「そんなに無防備で、大丈夫か? ハーブ塩、俺に真似されたらどうしようとか、考えないのか?」


「真似……したいなら、どうぞ? どのハーブをどれくらい入れるかは、個人の裁量次第ですし。あ、レモンピールを入れるのもおすすめですよ。その場合はカルシウム……ええと、小魚と一緒に食べると、骨が強くなります」


「……俺の心配、伝わってなさそうだな」


「心配、ですか?」


 ハーブソルトは、ランポさんから心配をされるような大層なものではないのだけれど。

 眉をひそめていぶかしげにランポさんを見ると、彼は「これはわかってないなぁ」と困ったように肩をすくめた。

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